星間貨物船チキンライダー号

ゆーき

第一話 魚運送

 ハイパースペースからワープアウトすると、目的地である青い惑星はもう目の前だった。

 惑星グリゼフォウは、地表の九割以上を水で覆われた“海の惑星”だ。気候は温暖で穏やか。豊富な水産資源を活かした輸出業も盛んだが、なにより高級リゾート地として有名だ。グリゼフォウと言って普通の宇宙人が真っ先に思いつくのは、青い海と白い砂浜、常夏の海でのバカンス。あいにく僕は、仕事でしか立ち寄ったことがないけれど。

 僕は端末の画面に自動表示された目標惑星の解説を消すと、他に誰の姿もないコックピットではっきりと声を出した。

「きわどいジャンプはやめろ、と前に言っただろ。港近くは新しいゴミが浮いていることもあるし、管制官に怒られるのは僕なんだぞ」

 返事はスピーカーからした。

『やだなぁ、前に叱られた時よりはずっと遠いですヨ。相手のステーションが大きいから、近く見えるだけですってば』

 悪びれた様子もなくそう答える、どこか子供っぽい響きの電子音声に、僕はため息をつく。

 声の主、カイトは、正式な宇宙用航法コンピューターではない。それまで使っていたベテラン中古の航法コンピューターが、酷使に耐えかねついに機能停止したのは、ケイロンからロシュへの航路を大幅短縮できる暗黒宙域でのことだった。それまで邪魔な居候ロボットでしかなかったカイトが、危うく宇宙で迷子、というか宇宙のゴミになるところだった僕を救ってくれたのは間違いないし、その点については本当に感謝している。だけど、できるだけ早く本物の航法コンピューターが欲しかった。航宙法をインプットされた専用のマシンと違い、カイトのヤツは気分で船を飛ばしやがるのだ。

 しかし、あいにく、金がない。航法コンピューターを買う資金が貯まるまでは、こいつに頼るしかなかった。

 怒りに満ちた管制官からの通信に平謝りし、僕の乗った星間貨物船チキンライダー号は、グリゼフォウ1番エレベーター静止軌道宇宙港へのアプローチに入る。

 大量の海産資源と、お金持ちのリゾート客を運ぶため、グリゼフォウには三機の軌道エレベーターが設置されていた。僕が誘導されたのはその中で最も古く大きい、主に貨物の輸送に利用されている静止軌道ステーションだった。

 指定されたドッキングベイに接続。ここのように設備が充実している港だと、この後の仕事は非常に楽だ。入港許可を取る段階で、寄港目的――荷物の運送であることも連絡される。貨物は差出人から受け取り、出発地を発進する時点でそのサイズ、重量、受取人等の各種情報が到着地の港に通知されている。だから港の方は船がドッキングした段階で、適した設定の荷降ろし用のドローンを寄越してくれる。一応、ドローンのヤツが船や荷物に傷を付けないか監視はするが、まあ見てるだけだ。

 一連の作業は滞りなく終了。仕事なら、まあこんなもんだ。

「出港手配、しとけよ」

『推進剤、各種燃料、携行糧食の補給、手配済んでマス』

 仕事するのは早いのだ、こいつは。生意気な口調は我慢することにする。

「仕事の依頼は?」

『ありませんねぇ。やっぱ真っ当なとこはダメっすよ。個人向けのサイトにも書いときましょ』

「ちっ……仕方ねぇか」

 カイトが言う「真っ当なとこ」というのは、運送屋ギルドと呼ばれる、公的な互助組織のことだ。真っ当なお客の真っ当な荷物を無理なく斡旋してくれるのでトラブルには巻き込まれにくいが、マージンを取られるから実入りは少なくなるし、荷主に最も都合のいい業者に仕事を割り振るので、僕のように船をひとつしか持たない弱小企業には仕事が回りにくくなってしまう。それ以上に僕は、過去の“功績”を理由に、運送屋ギルドには非常に評判が悪くて、おそらく普通に優先順位が低くされている……

 “個人向けのサイト”というのは、簡単に言えば「あなたの荷物運びます、連絡ください」と、運送屋を探している人が見られる電子掲示板BBSに書き込むことだ。

『どこ行くんです?』

 エアロックに向かおうとした僕の背中に、カイトの声がかかる。

「長いこと狭い船に缶詰だったんだ。息抜きぐらいさせろ」

『人間は面倒ですね』


「息抜き、か」

 僕は呟くと、足元にはめ込まれた窓から、遥か下方に見える惑星に目をやる。

 下は高級リゾート地だ。息抜きするには最高の場所だろう。だけどあいにく、僕にはそこで遊ぶような金銭的余裕はない。下へのリニア代だけならともかく、観光客向けの飲食物は震えが来るほど高額なのだ。

 できることはせいぜい、宇宙港内の、僕のような労働者向けの安酒場で飲むぐらいだ。

 電話が鳴ったのは、僕が以前に来た時に立ち寄った、感じのいい小料理屋への道順を思い出そうとしていたときだった。

「もしもし?」

『あ、良かった繋がった! ユウキさんですよね? 運送屋の』

「そうですけど?」

『私、以前お世話になったノーマンです。 ……タオバ星からしたときの』

 すぐに思い出した。僕がこの仕事に“情”を持ち込まないようにしようと決意した時の客だ。あまりにも不憫だったので、かなりの格安で飛んでしまったのだ。

「ああ、はい、覚えてますよ」

『あの時はどうもありがとうございました。おかげでいまは、真っ当に働けてます』

「それは良かった」

 僕は社交辞令的に答えたが、本音を言うと早くこの電話を切りたかった。同じ値段で飛べと言われても絶対にしたくなかった。あの頃の僕は、まだこの仕事を始めたばかりで慣れてなかったのだ。仕事だけじゃない、宇宙での生活やりかたにも。

 だが、僕の気持ちを知ってか知らずか、電話の相手、ノーマンなるタオバ星人は、途切れなく話し続けた。

『掲示板であなたの名前を見た時は驚きましたよ。いえいえ、ずっとお礼をしたかったんです。それにちょうど運送屋さんを探してて。この仕事はうまく行けば、ちょうどあなたに、あの時の借りを返せるようなものになるんじゃないかって』

 やはり仕事の話か。

「ノーマンさん、あの時はほら、僕もあなたの置かれた状況が気に食わなかったから、結構無理しましたけどね。真っ当に働いてるんですよね? 僕も……いや正直、僕はいま料金をディスカウントできるような状況じゃなくて――」

『違うんですよユウキさん!』

 電話の相手は僕の言葉を遮って言った。

『安く飛んで欲しいんじゃありません! お礼だ、と言ったじゃないですか。通常料金……いえ上乗せ、うまく行けばボーナスだって出るかもしれません! あの時の借りを返したいんですよ! とにかく、会ってお話できませんか!?』


 ノーマン氏の“引っ越し”を請け負ったこと自体は、後悔していない。あのままでは彼はタオバ星で遠からず死ぬことになっていただろうし、その彼の元気な声を聞けたことは素直に嬉しい。その仕事での稼ぎがほとんどなかったことと、僕がタオバ星のいくつかの法律を犯すことになったせいで、あの星系に立ち寄れなくなったことを除いては。

 警戒はしていた。だけど、ボーナスという言葉には、抗えない魔力があった。だいたいよく考えたら、あの旅で稼ぎが少なかったのは、それでヨシとした僕のせいだ。ノーマン氏自身は真っ当で、タオバ星人には珍しい、誠実な男だった。

 だから僕は、彼と会うことにした。運送屋のいいところは、荷物を乗せる前ならいつでも逃げられるところだ。

 待ち合わせ場所に現れたノーマン氏には、連れがいた。だが彼は友人を紹介する前に、僕に近づくと抱きついてきた。

「ああユウキさん! また会えて本当に嬉しい!」

 彼の親愛表現に僕は大いに戸惑いながらも、なんとかその背中を控えめにポンポン、と叩いた。

「――元気そうでなによりです」

「おかげさまで! すべてあなたのおかげですよ! すべて!」

 僕はノーマン氏の“連れ”が、僕を驚いた顔で見ているのに気がついた。

 再会の感動に震えていたノーマン氏がようやく僕から離れ、彼は連れを紹介した。

「こちらが話した“運送屋”さんです。ユウキさん、こちら、僕のビジネスパートナーのマイロー氏」

 ビジネスパートナーという胡散臭い響きに僕は緊張しつつも、連れの方が思い出したように差し出した手を握り返した。

「はじめまして」

「どうも……ああすいません、ちょっとビックリしたもので。いえ、トサカにではありません、まさかルースター星人とは思わなかったので」

 と言ったマイロー氏の視線は、僕の頭頂部付近を見ていたようだったけど。

「僕は雄鶏ルースター星人ではありませんよ、地球人です」

 そう聞くと、彼はまた驚いたようだった。

「地球? ――聞いたことがない星です」

「銀河の端の、ど田舎の星ですよ」

 この場合の“ど田舎”は、銀河連盟に加盟していない、文明レベルが低い惑星であることを意味する。

 だけど、彼が僕を雄鶏ルースター星人だと思ったのも無理はない。黄色いくちばし、赤く立派なトサカ、彼の差し出した手を握り返した、指先まで真っ白の羽毛で覆われた手……地球風に表現すれば「鶏人間」と言えばしっくりくる僕の身体ボディは、間違いなく雄鶏ルースター星人のものだ。その点で、彼は間違っちゃいない。

 たけど僕は間違いなく地球出身の、地球人だ。ただ今は、この雄鶏ルースター星人の身体ボディを借りている、というだけ。

 僕がどうして地球人ながら、そんな身体ボディで生活しているのか。そのあたりについては、いずれ詳しく話す機会があるだろう。

「地球人は雄鶏ルースター星人そっくりなんだな?」

 彼の勘違いを、僕は放っとくことにした。

「立ち話もなんですから」

 僕等は手近な居酒屋に入る。


 半個室になっているテーブル席に腰掛け、飲み物を注文するが早いか、ノーマン氏が口を開いた。

「おかげさまで、うまいこと仕事を見つけましてね。魚の卸問屋をやっています。漁師から魚を買って、店やホテルに売るんですね。そっちの方は順調なんですけど、今度、思い切ってこの星の海産物を、他所の星に売ろうと考えてるんですよ」

 僕は腕組みをした。

「なるほど。そのための運送業者を探してるんですね。だけどノーマンさん、そうなると定期的に出荷するようになるでしょ? 僕みたいな個人の運送業者じゃなくて、定期的に大型船を飛ばしてる大手に頼まなきゃ」

 僕が運ばれてきたビールを一口飲むのを待って、今度はマイロー氏が口を開いた。

「ユウキさん、ルカイってご存知です?」

「え? いえ、知りません」

「この星では有名な、高級食材です。ある魚のタマゴなんですけど。これがね、最高に美味いんですよ。だけど残念なことに、今はこの星、それも地表でしか食べられません」

 彼はそこで言葉を切り、僕は聞いた。

「どうして?」

「振動に弱いんです。魚のお腹の中にあるあいだは大丈夫なんですが、食べられる形に加工してから運ぶと、ちょっとした振動で崩れてしまう。そうなると、食感は台無しですよ。宇宙船のイオンエンジンの振動なんてもってのほか。それにものすごく柔らかくて、軌道エレベーターの加速Gでだって傷んでしまうんです」

「冷凍とかは?」

「そう、冷凍なら運べます。だけど冷凍ではね、決定的に風味が落ちる。もう最悪ですよ。ルカイが美味しいのは、親魚から取り出した直後、完全に新鮮なときだけなんです。そういう事情もあって、ルカイはこのグリゼフォウでしか食べられない美味、ゆえに高級食材となっているわけです」

「なるほど」

 僕は魚のタマゴと聞いて、まずはイクラを思い出した。次にキャビア。キャビアなんて食べたことないけど、イクラは……ああ懐かしいイクラの寿司。

「美味しそうですね。一度食べてみたいな」

「ははは、よければごちそうしますよ。なあに、我々は卸業者ですから、安く手に入りますからね」

 さて。

「えーっとそれで、それと仕事と、どういう関係が?」

 マイロー氏は頷いた。

「ずばり、このルカイの輸送に、お手をお貸し願いたいのです」

 意味がわからなかった。

 今の話を聞く限り、ルカイは宇宙船では運べない。それ以前に、この衛星軌道まで持ってくることすらできない。この惑星が備えている軌道エレベーターは、宇宙空間へ物資を輸送する最も静穏な手段だが、それでも風味を損なうというのは、たったいま聞いた話だ。ゆえにこの星、地表でのみ食べられる特産物となっているのではないか。

 僕の疑問が顔に出ていたのか――彼らがこのニワトリ顔の表情を読めれば、だが――マイロー氏は言った。

「そう、先ほど申し上げた通り、ルカイは星間輸送には適さない。だけど、ひとつだけ抜け道がある。それは、ルカイをお腹に入れた親魚を、生きたまま運ぶことです。あなたにお願いしたいのは、この親魚、アラパクーの輸送です」


「よくわかりませんね」

 温くなったビールを飲み干し、僕はジョッキを置くと言った。

「いえ、お話はわかりました。魚を生きたまま輸送。確かに難しいですけど、でもじゃない。大手に頼んでも受けてくれない話ではないでしょう?」

 むしろ今までに誰もやってなかった、というのが驚きだ。

 だが、僕の疑問は彼らの予測の範疇だったらしい。マイロー氏は言った。

「大手には断られました。理由は簡単です。アラパクーは大きいんです」

「大きい? どのぐらい?」

 僕の問いに、ノーマン氏は両手を大きく広げた。それを見て僕は2mぐらいか? 確かにでかいな、と思った。

 ノーマン氏は言った。

「タマゴを作るアラパクーは、5m以上になります」

 なんでその両手を広げたんだあんたは。


「そもそもこのアラパクーという魚、生きたまま捕らえるのが難しいんですよ」

 ちょっとお酒が入ったのか、マイロー氏は饒舌になっていた。

「なにせ大きいですからね! 大抵は捕まえると、船の上で腹を捌きます。取れたルカイはその日の内にお客様の前に並びます。取ってから卸すまでの時間が勝負なので、漁船から港まで振動の少ない専用のマルチコプターで運びます。私の会社の仕事は、そのマルチコプターを飛ばすのがメインでした」

「生きたまま捕らえるのが難しいって、運ぶ以前の問題じゃないですか」

「そう。でもその点は、クリアできたのです」

「どうやって?」

 マイロー氏は声を潜めた。今更だと思ったが、僕も耳を近づけた。

「養殖に成功したんです」

「ほう」

 僕は素直に感心した。

「そりゃすごい」

「いやもう、本当にスゴイことなんですよ」

 マイロー氏は言った。

「いままで誰も成功したことなかったんです。ものすごく気難しい魚で……まあそういうわけで、捕獲については心配いらないわけです。航宙コンテナ規格の生け簀も用意しました。当然、生命維持装置付き」

「普通に行けそうじゃないですか。そんだけやって、断られたんすか?」

 二人は頷いた。

「そんなデリケートなものは運べない、っていうんですよ。まあ確かに、コンテナサイズの割に三匹とかしか入れられませんし、途中で死んだりしたらルカイどころじゃないですからね。観賞魚ならサイズが小さいから、死ぬのを見越して注文数より多く入れることができるし。そもそも食材用の魚を生きたまま運ぶなんて、普通はしないですから」

 それもそうだ。星間輸送は効率が重視される。いくら新鮮な方が美味しいと言っても、どうせ食べるものを生かして運ぶことはほとんどしないはずだ。加工していれば、生命維持装置分、多く積めるのだから。

「あいつら、責任問題になるからって、前例のないことしたがらないんですよ!」

 ノーマン氏は絡み酒っぽくなってきていて、ちょっとウザい。

「まあとにかくそういうわけで、あとは運ぶだけ、なんです。請け負ってもらえませんか?」

「え、でもなあ」

 僕は言った。

「行けそうは行けそうですけど、でも僕ほら、船小さいし、そういうコンテナなら最大で三つしか運べませんよ。いくら高級食材って言ったって、どう考えたって足が出るでしょ」

「いや、その点はユウキさんは気にしてもらわなくて大丈夫なんです。コンテナひとつ、一回だけ運んで貰えればオーケーなんです」

「一回だけ? なぜ?」

 マイロー氏は続けた。

「実は、買い手とはすでに話が付いてましてね。パローン星のオフスってホテルチェーンなんですけど」

「高級ホテルの?」

「そうそこ。鮮度を落とさず届けられるなら、是非とも取り扱いたいって。契約に達したら、それ専用の輸送船を飛ばしても充分に儲けが出るほどの額を提示されているんです。だから本当に一回こっきり、コンテナひとつ分のアラパクーをパローンまで運んで貰えればいいんですよ」

 僕は考えるふりをして天井を見た。

「しかし、デリケートな仕事になるってのは、確かなことです。通常料金では――」

「もちろん! もちろん割増でお支払いしますよ!」

「それだけじゃない」

 僕はマイロー氏の勢いを制しようと手の平を向ける。

「あくまでも僕は運送業なんで、配達料金は前払いでもらわないといけません。そうしないと燃料代が払えませんからね。それに現地に着いてもし魚が死んでいても、返金はできません。もちろん、こちらに過失があれば話は別ですけど……星間輸送ってのは、思っているほど平穏なものじゃないんですよ」

「わかっています、わかっています」

 マイロー氏は何度も頷いた。

「できるだけ平穏に飛ばそうと努力していただく、そのための割増料金です。もしも生きたまま……向こうに辿り着いて、先方へのプレゼンが成功し契約出来たら、あなたにもボーナスをお支払いします!」

 ノーマン氏は酔っ払って寝てしまっていた。


『で、請け負うんですか?』

 通信機から聞こえてくる声は電子音声のくせに不満そうだった。

 居酒屋の個室には僕一人。マイロー氏は生簀コンテナ輸送の手配に電話をかけにいき、ノーマン氏はトイレだった。

「うまく行けば前に値引きした額なんて問題にならないぐらいに稼げる。このチャンスは、善行を重ねたおかげだと思わないか?」

『善行?』

 カイト――ロボットの声は鼻で笑ったように聞こえた。人工知能AIのくせに器用なヤツ。

『三桁近い地方法を犯してるのに?』

「それとこれとは関係ないだろ。だいたい違法っつったって、その法が倫理的におかしいんだから……そんなことロボットのお前と議論しても仕方ない。とにかく、お前は掲示板の書き込みは消して、出港準備を整えておけ」

『パローン行き、ハイパードライブなし、乗組員は三人?』

 受話器から聞こえてきた言葉に、僕は二人の異星人の姿を思い出す。言われるまで思いつかなかったが、そうなりそうな気がする。

「そうだな、それで頼む」

 通信を切る。

 てっきり二人のどちらかが戻ってきたのだと思って、反応が遅れた。しまったと思った時には、向かいの席に滑り込んだ男に、銃を向けられていた。

ユウキ・ザ・チキン雄鶏星人のユウキだな?」

 僕は、男が持っている大振りの片手持ちレーザー・ブラスター・ガンを、目だけを動かし確認した。

「人違いでは?」

 銃口はこちらを向いたまま動かない。

 男は、オレンジの肌に愛嬌あるつぶらな瞳、顔面に突起物のない宇宙人だった。知り合いではない。

雄鶏ルースター星人の運び屋など、銀河中を探しても他にいるものか」

「僕は雄鶏ルースター星人じゃない」

 思わず言ってしまったいつもの決まり文句に、宇宙人は銃口を動かさずに笑った。

「そのトサカで、よく言う」

 このあたり、ここで言い合っても仕方ない、と僕は諦めた。そっちの方より重要な問題があった。

「あんたに殺される覚えがない」

 あんたのことを知らない、などと言ったら、怒って撃たれるかもしれない、と思ったので、慎重な物言いになったのだが。

「殺しはしない。生かして連れて行った方が、賞金が多いからな」

 なるほど、賞金稼ぎバウンティハンターか。知らないわけだ。

「なんだって? 僕に賞金が? 僕はただの運送業者だぞ?」

「ブリュー・カルテルのドンをずいぶん怒らせたようじゃないか」

「ブリュー……サリス星系の?」

「そうだ」

「ちょっと待て。あれは僕が悪いんじゃない。積荷が違法な薬物だって知らされてたらもっと慎重に航路を選んでいたし、そうしたら積荷を処分する必要だって――」

「そういう申し開きは、俺にするのはお門違いだな。俺はおまえをブリューのところに連れて行く、そして金をもらう。それだけだ」

 そうだろうとも。でも僕がやりたかったのは、命乞いではない。

「見逃してくれるつもりは、ないんだね」

 僕の質問に、賞金稼ぎバウンティハンターは首を傾げた。

「なにかそうする理由が?」

「ないよね」

 それが聞ければ十分だ。

 賞金稼ぎバウンティハンターには、何が起こったのかわからなかったかもしれない。彼はまず一番最初に、僕の両手をテーブルの上に出させるべきだった。それとも、僕が雄鶏ルースター星人の姿だったから、そのようなものを持っているはずがない、と思いこんでいたのかも。僕は雄鶏ルースター星人ではないと、ちゃんと断ったつもりだったけど。

 テーブルの下で、僕はL字状の、金属の固まりを構えていた。豊富な羽毛のおかげで隠し持っていることを完全にカモフラージュできていた、それは小型のレーザー・ブラスター・ガン――地球風に表現するならレーザーピストルだ。この仕事をはじめたときに、友人がくれたものだ。「非合法な仕事をしている証明書みたいなものだ」と彼は笑って言っていた。

 引き金を引くのに、躊躇はなかった。ブリュー・カルテル犯罪組織の仕事を請け負ってるような賞金稼ぎバウンティハンターだ。イコール、犯罪者と考えて間違いない。それにそうしなければ、困ることになるのは僕の方だった。サリス星系でヤツは金をもらって終わりだろうが、僕の方はそこで命が終わってしまう。

 狙いは付けられなかったが、テーブルを挟んですぐ目の前にいる相手に当てるだけなら、その必要はなかった。殺害モードエリミネーターのブラスター・ガンが胴体部に命中すれば、相手は確実に死ぬ。事実、そうなった。

 音はほとんどしなかった。ただ、賞金稼ぎバウンティハンターがテーブルに倒れ込んだ時、グラスがガチャッと音を立てただけだった。

 僕はテーブルに突っ伏した賞金稼ぎバウンティハンターが死んでいることを確認してから、席を立った。

 非合法な仕事――僕は自分のことを“運送業者”と呼ぶが、人に言わせれば、そう、僕は密輸業者だ。運ぶべきでないものを運ぶ、もしくは、運べないところに運ぶ。それが僕のしてきた仕事。

 地球を遠く離れて、文明がひたすら進んだ銀河のまっただ中に放り出された僕には、非合法な仕事だって請け負うしか、なかったのだ。

 そういう意味では――僕は個室を出る間際、哀れな賞金稼ぎバウンティハンターを振り返って思った――今回の仕事は、合法的な仕事になりそうだ。それどころかまだ誰も成し得ていない、チャレンジングな、いい仕事だ。

 ちょうどトイレから戻ってきたノーマン氏を捕まえて、僕は言った。

「飲みすぎました。店を出ましょう」


 星間貨物船チキンライダー号は、前部の操縦席/居住ブロックと、後部の機関ブロックを細長い胴体で繋いだ、いわゆる魚の骨形状をしている、エッカード社製EC2706貨物船の改造機――生産終了して久しい、とうの昔に旧式化したオンボロ船だ。元々はその細長い胴体部周囲に合わせて四つ、航宙規格コンテナを搭載できる構造だが、現在は改造され、その上部(宇宙空間に上下などないが、操縦室機長席を基準にしての表現だ)は、規格コンテナを改造した貨物庫兼倉庫が常時装着されていて、残りの下左右に計三つのコンテナを搭載して運行できるようになっている。

 今、その下部コンテナ接続装置に、特製生簀コンテナがドッキングされようとしているところだった。作業を担当するドローンは、壊れ物を扱う際の超デリケート設定だったが、それでも心配なようで、ノーマン氏とマイロー氏は、操縦室後方の窓から、作業の様子をじっと見つめていた。

 船が微かに揺れ、直後にスピーカーからカイトの声が流れる。

『コンテナの接続完了』

「ちょっと乱暴じゃなかったか?」

「このぐらいの振動でダメだったら、星間航行なんて無理ですよ」

 マイロー氏の言葉は心配から来る独り言だったようだが、それでも僕はそのように言った。そもそも、親魚なら輸送に耐える、という話なのだ。卵の状態と同一視してしまって、航行中に何度も文句を言われたりしたらたまらない。

「水の中を泳いでるんだから、多少の振動は平気でしょ」

「大きく揺れると、壁にぶつかって怪我をするかもしれません。できるだけ――」

「中で暴れて壁にぶつかることもあるでしょ」

「魚達は事前に狭い生簀に入れて、慣れていますから」

「無駄に揺らさないようにはしますけどね」

 まあ不測の事態さえなければ、宇宙旅行にそのような大きい揺れなどない。何事もなければ、加速と減速のGだけだ。まあ、それがキツイんだけど。

「揺らすなっていうんで、船が装備しているハイパードライブは使えません。事前に説明した通り、超空間ハイパースペースゲートを利用して、パローン星系へ向かいます」

 僕は二人を座席に座らせてから機長席へ。頭上の、全員が見られるディスプレイに航路予定図を表示させる。最寄りの超空間ハイパースペースゲートは第六惑星グリゼシックスの軌道上。最大加速ならすぐだが、そんなに船体を揺らしたら絶対に文句言われるし、急ぐ旅でもないので、なるべくゆっくり加速する。そのために描かれたラインは、緩やかな円を描いてかなり遠回りをし、超空間ハイパースペースゲートを目指す軌道だった。

『離港許可、出ましたよ』

「やってくれ」

 航路はプログラミング済みだし、というかカイトが作ったものだし、その通り飛ばすとなると当然プログラムである彼がやった方がいいのでいつものようにそう指示したのだが、なぜか彼は返事をせず、僕は首を傾げる。

「どうした?」

『こういうトロい航路つまらないんで、やる気出ないんで、ユウキさんの方でどうぞ』

「えっ、嫌だよ。なに言ってるの? つまらないとかそういう問題じゃないでしょ。やる気とか関係ないでしょAIなんだから」

 人間の手動操縦でそのような操作ができるわけが――いやできないことはないが、甚だ非効率だ。時計で時間を測ってエンジンの噴射をコントロールするのか? そんなもの、航法コンピューターがやるのがあたりまえだし、それがないからずっとカイトにやらせてきたのだ。

『だってこの仕事終わったら、ボクお払い箱なんでしょ? やる気も出ませんよ』

 僕は溜め息をついた。

「お払い箱じゃない。仕事には適材適所というものがある。おまえにはおまえに向いた仕事があるだろ。そっちに集中してもらうってだけだ」

『追い出したりしません?』

「しないよ」

 したくなりつつあるけど。

『たまには船を飛ばしてもいい?』

 勘弁して欲しい。

「……わかった、たまにはやらせてやる」

『そういうことなら』

 数秒後、船はドッキングアウト。低出力スラスターで、軌道エレベーターステーションからゆっくりと離れる。この間、カイトは港の管理コンピューターと管制データーのやりとりをしていて、それを示すディスプレイ表示を眺めながら、どうやら機嫌はなおしてくれたようだ、とホッとする。

「あの……大丈夫なんですか? 本当に?」

 心配そうな声を出したのはマイロー氏だが、今のやり取りを聞けば無理もなかろう。僕は彼の方を振り返りもせず、できるだけ“さも当然”と言わんばかりの声を出そうとした。

「問題ありません。ちょっとした冗談、コミュニケーションですよ」

「――ずいぶんユーモア溢れる航法コンピューターですね」

『ボクは航法コンピューターではありませんよ』

 頼むから黙っていて欲しい。

「仕事はできるヤツですよ。ほら、ほとんど揺れなかったでしょ?」

 窓の外を見れば、いつの間にか軌道エレベーターステーションが早くも遠く、離れ始めていた。

 このあとはグリゼフォウでスイングバイして軌道を変更し、超空間ハイパースペースゲートへと向かう。スイングバイは必ずしも必要ないが、わずかだが燃料の節約になるだろう。そのための軌道修正も終了して、ここまでまったく順調。かなり平穏な旅になりそうだった。

 いつもこうならいいのに。

「順調ですか?」

 超空間ハイパースペースゲートまで、三分の二ほどの行程を消化したころ、マイロー氏が相変わらず心配そうな声で聞いた。

「何の問題もありませんよ。逆に、どうしてこれを他の誰も引き受けなかったのか疑問に――」

 僕は自分で言った言葉に、何かの引っ掛かりを感じ、口をつぐんだ。

 どうして他の誰も引き受けなかったのか。

 最初に説明を受けた時に、普通に行けそうだと思った、確かに。大手には断られたと言ったが、高い報酬が約束されていれば、個人の船なら引き受けただろう。僕のように――

「話したじゃないですか、ユウキさんは凄腕のパイロットだって。わたしを助けてくれたときだって、そりゃあすごいもんでしたよ。小惑星ギリギリまで降下して」

「同じことをもう一度やれと言われてもできませんけど」

 ビジネスパートナーを諭す口調がなぜか自慢げなノーマン氏の言葉に、僕は付け加えた。

 謙遜ではなくマジで。もうあんな無茶は――

 えーっと、なにを考えていたんだっけ?

「とにかく、ここまで来たら問題が起きようがありませんからね。このままゲート経由で超空間ハイパースペースに入ります。入ってしまえば、もう目的地には到着したようなものです」

『えっと、ユウキさん、たいへんその、申し上げにくいのですが』

 スピーカーから、普段と違う調子でカイトの声がした。

「なんだその口調、気持ち悪いな。どうした」

『いまおっしゃってた、その、問題が起きたようです』

「は? え? ……なにやらかした?」

『ボクが悪いんじゃないですよ。超空間ハイパースペースゲートを閉鎖するって、管制から通知が』

「え? 閉鎖? ゲートを? ……なんで?」

『ボクに聞いてもわかりませんよ』

「通知に理由とかないのか?」

『運営上の理由、とだけ』

「利用予約は、ちゃんとしてたんだろうな?」

『もちろんですよ』

 超空間ハイパースペースゲートは、利用する場合は事前に予約する。行き先によって超空間ハイパースペース接続の再設定が必要なので、同じ出口ゲートを利用する船の利用時間を揃えたり、利用可能時間を通知したりして、運行の混雑、混乱がないようにコントロールするためだ。行き先があまりに利用者の少ない辺境だったりすると、利用までちょっと待たされたりはするが、ゲート自体は年中無休が基本だ。不具合やメンテナンスで一時的に閉鎖するということはあるが、それだったら通知があるはず。公共インフラなのだ。説明無しでまったく使わせない、などということは、よほど特殊な状況を除けばありえない。

 よほど特殊な状況――以前、ゲートがテロリストに占拠されて利用不能になった、というケースに出くわしたことがあるが、もしやその手のトラブルでは、などという想像が頭をよぎる。もしそういう不測の事態なら、解決は本当にいつになるかわからない。生簀の生命維持装置自体は運行スケジュールに対し余裕のある性能だが、搭載しているエサはそこまでではない。状況次第ではUターンしてステーションに帰港もやむなしかも……などと考えたところで、ノーマン氏が言った。

「まさか、組合の連中がここまでやるなんて……」

 僕が驚いてそちらを振り返ると、焦った様子のノーマン氏と、咎めるような顔をするマイロー氏が目に入った。マイロー氏は僕の視線に気づき、ばつの悪い顔をする。

「なにか、僕に隠していたことがあるようですね」

 しまった、とばかりにはっとした様子を見せたノーマン氏と、慌てて首を横に振ろうとするマイロー氏だが、僕は冷たく言い放った。

「納得行くよう説明してください――さもなくば、生簀にくくりつけて放出しますよ!」


「今回のルカイ輸出は、商工組合には反対されているんです」

 マイロー氏は諦めた様子で話し始めた。

「ルカイはグリゼフォウの名物です。観光客を呼び込む材料の一つとされています。それが輸出できる、他の星でも食べられる、となれば、グリゼフォウの観光客は減ってしまうと、組合の、主にリゾート関係業者から指摘を受けたんです」

「グリゼフォウは観光が最大の収入源で、だからリゾート関係者は組合でも強い発言力を持つんですよ」

 ノーマン氏の補足に、マイロー氏は頷く。

「大手や、他の真っ当な運送業者が、この仕事を請け負ってくれなかったのは、組合からの圧力があったからです。あいつら、運送屋ギルドにまで圧力をかけて」

 なるほど。それが僕のような弱小業者を頼った本当の理由か。すでに運送屋ギルドに干されている僕なら、組合の圧力は及ばないと考えたのだ。そういえば出発前に運送屋ギルドから、グリゼフォウでギルドを経由しない仕事を受けないようにという通知があったが、そんなものに従ってて仕事回してくれるはずがないしとスルーしていたのだ。まさか名指しで「これこれこういう仕事は受けないように」なんて言えるはずがないので婉曲に表現したのだろうが。なにせ、仕事自体は、法に触れていないのだ。ギルドが表立って特定の業者の仕事を請け負わないように強制するなど、できるはずがない。

 二人の目論見は成功して、僕はまんまと生簀を抱え、出港してしまったというわけだ。

「じゃあ、ゲートの閉鎖は、組合が?」

 状況を理解した僕の言葉に、マイロー氏は頷いた。

「おそらく。組合の、星系内での影響力は強いので、ゲートを一時的に閉鎖するぐらいのことは、できるでしょう」

「しかし、ずっとは無理でしょ。超空間ハイパースペースゲートは交通インフラだ。長時間止めれば、それこそ、観光客の出入りにも影響が出る。船一台を停めるためにそれほどのことを――」

『ユウキさん、ボク、連中の狙い、わかりましたよ』

 スピーカーからかぶせ気味に聞こえてきたカイトの声に、僕は顔をしかめた。

「は? ……どういうことだ」

『たった今、グリゼ星系警備隊から通告がありました。この船を臨検するそうです』

 僕がカイトの言葉を咀嚼しようとしているあいだに、カイトは勝手に、頭上のディスプレイに航路図を表示させた。こちらの現在位置と予想進路の他、こちらに向かって軌道遷移しようとしている二つのアイコンが映し出される。星系警備隊の警備艇だ。

「何の容疑だと?」

『先方は、慣行的なものであって、時間は取らせないから協力して欲しい、と言ってきてますね』

「いけません!」

 と、やりとりに口を挟んだのはマイロー氏。

「おそらく組合の仕業です! なんやかんや言いがかりを付けて、長く足止めするつもりです!」

『その意見にボクも同意します』

 なるほど、ゲート閉鎖と警備隊の二段構え、ということか。警備隊が足止めしてしまえば、ゲートはすぐに開放できる。連中の目的は積荷、魚を星系外に持ち出させないことで、事故を装って生簀の機能を停止させるとか、そこまで強攻でなくても、エサがなくなるまで時間稼ぎができればいいのだ。

 公的機関である警備隊が、商工組合などの意を組んでそのようなことまでするだろうか、という点は、やはりありえる。この星系のように収入を特定の業種に頼っていれば、政府はその業界の影響を強く受ける。当然、金が動くし、国家元首や軍の責任者が組合の幹部だったりすることだってあるだろう。

 僕は航路図に示された二つのアイコンを見た。あの警備艇に乗っている隊員の方は、自分がそのような陰謀に加担しているなどとは、夢にも思っていない、ということだって当然、ある。彼らはまさに、命令に従ってただ慣行的な臨検をしようとしている、それだけなのかもしれないのだ。

 さて、どうしよう。僕には二つの選択肢があった。

 一つは、通告通り臨検を受け入れること。

 彼らがマイロー氏のいう通り、組合の意向を受けて行動していれば、臨検を受け入れることそれはつまり、この仕事の失敗を意味するだろう。彼の言う“なんやかんや言いがかり”を付けられて、運行継続を断念せざるを得なくなる可能性が高い。

 ではその二、指示を突っぱねて強行突破すると?

 彼らは公的には、グリゼ星系の正式な警備部隊だ。その指示に従わなかったとなると、普通に法令違反になるだろうし、彼らが強硬手段に出る可能性もある。航宙封鎖の突破を試みたとなれば、撃沈されても文句は言えない。仮に逃げられたとしても、船の素性はバレているので、指名手配は避けられないだろう。指名手配そのものは、まあ今に始まったことではないともいえるが、また立ち寄ることのできない星系が増えてしまうのは、ありがたくはない。

 それに、この二隻を突破できても、超空間ハイパースペースゲートは閉鎖されているのだ。こちらがゲートを利用できる宙域にいるあいだに、閉鎖が解かれることはないだろう。違法船舶の逃亡の防止となれば、多少の長期閉鎖をする大義名分として、十分だろう。

 もちろん、逃げるだけならもう一つ方法はあるが、自分にとって損はないのはどちらだろうか。僕はもう一度、前者、つまり臨検を受け入れるケースについて再検討する。今回の仕事は失敗するが、星系立入禁止になることと、どちらが損害が大きいだろうか。ノーマン氏とマイロー氏は僕を信頼して仕事を依頼してくれて、それを裏切るのは悪いなとは思うが、そもそも信頼じゃなくて僕をうまく利用しようとしただけとも言えるし、であれば裏切って投降しても……

 などと考えていて、思い出したことがあった。

 ノーマン氏とマイロー氏、二人とはじめて会合を持ったあの時、僕は盛大にやらかしていた。

 だ。相手の賞金稼ぎバウンティハンターは(多分)極悪非道な犯罪者で、その末路に同情の余地はないし、僕からしてみれば正当防衛だとも言えるが、傍から見れば立派な殺人行為だ。もし警備隊の臨検が時間稼ぎ目的で、徹底的に粗探しをされた結果、居酒屋での殺人と僕の関係を結び付けられたら? 星系立入禁止どころじゃない。永遠にこの星系から出られないかもしれない。

「お願いします、ユウキさん!」

 僕の事情など知る由もないはずだが。マイロー氏は言った。

「黙っていたことは謝ります! しかし、我々には、この仕事を成功させるしかない。すでに組合には嫌われていて、失敗すれば我々には先はないんです! どうか……どうか!」

 このタイミングでの彼の発言は、結果的に、僕にとって助け舟になったわけで。

 僕は精一杯、難しい顔を作って言った。

「しかし、警備艇を振り切ったとしても、超空間ハイパースペースゲートは使えません。この状況を切り抜けるには、ハイパードライブを使うほかない」

 マイロー氏は苦渋に満ちた顔を見せたが、しかし、頷いた。彼らにとっても、もはやそれしかないのだ。

「わかりました。やってください。生簀の設定を変えて、なるべく魚に負担の無いようにします」

「できるだけ揺らさないようにしますよ」

 言うだけで、そういうことができるわけじゃないんだけど。

 マイロー氏は頷いて自席に戻ると、生簀と接続しているコンソールに入力を始めた。

「よしカイト、ハイパージャンプだ。すぐにやれ」

『あー、それ、すぐにはちょっと無理ですね』

 カイトからそのような返事をされるとは思わず、僕は慌てる。

「えっ、なに言ってるの? きわどいジャンプ得意だろ? 頼むよ、おまえだけが頼りなんだ」

『やりたいのは山々ですがね、超空間ハイパースペースゲートに近すぎるんですよね』

 僕は驚いて航路図を見た。物理的には十分に距離が離れているように見えるが、大きく空間を歪める超空間ハイパースペースゲートの目に見えない影響範囲は、結構広い。そのようなものに近いところで別の超空間ハイパースペースを開けば、互いに干渉して予期せぬ結果を招くというのは、ハイパードライブの基本的留意事項でもある。だからハイパードライブを搭載した宇宙船は、超空間ハイパースペースゲートの側でハイパージャンプできないのだ。大質量を低コストで輸送できる超空間ハイパースペースゲートだが、主惑星から離れて設置してあるのは、そのような事情からだ。

『ハイパージャンプするには、もう少し移動する必要がありますね』

 航路図に理想離脱航路が表示される。その行き先は、前方に遷移しつつある警備艇を通り過ぎた向こうだった。

「加速して間を抜けられるか?」

『最大加速でも無理ですね。一隻は振り切れますが、もう一隻の方は全然近いんで』

 最大加速時の進行予想図が表示される。アイコンの色が暗くなった方が、振り切れる方だろう。もう一隻は十分に頭を抑えられる位置にいる。こちらが加速した瞬間に、突破の意図有りと判断されるだろうし、そうなれば躊躇なく攻撃してくるだろう。

「どうしたってあいつが邪魔、ってわけか」

『そうですね』

 僕は腕を組んだ。こういう時に使える手は――

『それで、提案なんですけど』

 AIであるカイトに、頭の回転は敵わない。

「言ってみろ」

『以前の仕事で手に入れた、高質量散弾なんですが。危ないから処分しろって言ってたヤツ』

「……ああ」

『こういうこともあろうかと、二発だけ残しておいたんです』

 誰かこいつにロボット三原則を教えてやって欲しい。

『でも、二発はいりません。一発で沈められます』

 カイトの提案はすなわち、この星系の警備部隊所属の警備艇を、先制攻撃で撃沈する、ということだ。

『得意でしょ? ヤられる前にヤる』

 カイトとの付き合いはまあまあ長いので、僕がそれなりに修羅場をくぐって来たのを知っている。やるべき時には躊躇なくやることも。

 僕は少し考えて、それから言った。

「光子魚雷が残ってたな?」

『えっ? ありますけど。一発だけ』

「それを使う」

 それまで黙って聞いていたマイロー氏とノーマン氏が、さすがにどよめく。

 光子魚雷は、対消滅反応を利用した超強力な兵器だ。命中すればあのような小型警備艇は当然、付近にいる船舶もまとめて消し去る能力を持つ。高質量散弾など比べ物にならないその破壊力から、普通は軍やそれに相当する組織でないと入手すらできない代物だ。

「警備艇の予想進路をこちらに出してくれ。設定の入力はこちらでやる。発射準備を」

「ちょっと……ユウキさん、本気ですか?」

 マイロー氏が口を開く。

「そんなものを本当に持って――いや、そんなものを使ったら、大変なことに」

 僕は彼の方を振り返って、笑みを浮かべた。

「もう僕はこの星系には来られなくなっちゃうんで、帰りの足は自分で見つけてください」

「えっ、いやそのぐらいは当然……」

 僕はディスプレイに向き直ると、発射速度、タイミングその他諸々を計算、光子魚雷に設定を送信した。

『あっ、そういう……』

「タイミング、気をつけろよ」

『ボクはミスりませんよ』

 本来貨物船であるこの船に、そのような武器を扱う能力はない。だが元々軍事用のロボットだったカイトには、高度な火器管制システムが備わっていた。そういうものがあったから、偶然に手に入れた軍事用の武器や装備を、利用できるかもと思って、蓄えてあったのだ。

『光子魚雷、発射します』

「ああっ、神様」

 カイトのアナウンスに続いて聞こえたマイロー氏の祈りに、彼が信じてる神様ってどんな神なんだろうな、と思った。


 結論から言うと、光子魚雷は外れた。

 光子魚雷はその反物質反応のため、敵に感知されやすい、という性質を持つ。それでも実戦兵器として役に立つのは、その速度がとても速く、回避が困難だからだ。

 だが、今回発射した光子魚雷は、その速度を遅く、設定してあった。光子魚雷を検知した警備艇は慌てた様子で早々に離脱加速を行い、弾頭はそのはるか後方を通過した。こういう場合の常套手段である時限爆発を警戒したのだろう、もう一隻も軌道を変えている。

 二隻が当初の予定航路から完全に離脱し、計算通りの時間が経過するのを待って、光子魚雷は事前のプログラム通り、反物質反応を停止させた。このあとは回収して再始動させるまで、無害な宇宙ゴミデブリとして漂うことになる。

「これが……警備艇を加速させて、位置を変えさせるのが目的だったんですね」

 マイロー氏がホッとした様子で言う。

 先ほども少し考えたことだったが、警備艇の乗組員は、いまの自分が、商工組合の意図で動いていることすら知らず、ただ上の指示で、慣行的な臨検を実施しようとしているだけ、何の危険もなく、終わればいつものように自宅に帰るだけだと、そう思っていた可能性があった。

 いわば何の罪もない、星系のために働く善良な警備部隊員を、むやみに殺傷するわけにはいかなかった。

 だから警備艇を撃沈する選択は、僕には最初からなかったのだ。光子魚雷を使ったのは、無数の金属球を超高速で打ち出す高質量散弾では、レーダーに映りはするが、薄い雲のように見えるので、戦時体制でなければ見落とすかもしれない、と心配したからだ。その点、自分の居場所を宣伝しているような光子魚雷であれば、見落とす心配などないし、その破壊力を思えば、過剰なぐらい一生懸命に逃げてくれるかもと考えたのだ。

 目論見はうまくいって、航路図に表示された二隻の予想進路は完全に変わっていた。どちらも、こちらの進路を今から邪魔するようなことはできない。光子魚雷の発射は警備部隊をパニックに陥らせていた。発射直後からひっきりなしに通信が入っていたし、即応部隊の出動もあったかもしれないが、もうそういうのは無視していいだろう。別部隊が到着する前に、ハイパージャンプでこの星系からは永遠におさらばだ。

(永遠に、か……)

 僕はだいぶ遠くに離れた青い星グリゼフォウをチラリと振り返った。一度ぐらい、あそこのリゾートでのんびり過ごしてみたいと思っていたのに。

 元の身体を取り戻し、身分をロンダリングしたら、きっとまた来よう。

『安全圏到達。ハイパードライブ臨界。超空間ハイパースペースへ移行します』

 僕たちを乗せた船は、超空間ハイパースペースへとワープした。


 パローン星を端的に表現するなら、都会惑星だ。たくさんの企業がここにオフィスを持ち、また星間交通の要所としても機能していて、星系内に巨大な宇宙港ステーションがたくさんある。そういうわけで訪れる人も数多く、金も大きく動く。金持ちがたくさんいて、それにふさわしい巨大建築も無数にあるが、その一方で下層には貧困が蔓延っていたりと、まあそういうところも都会っぽい。

 もっとも、この星系を訪れる宇宙人は、パローン星の地表まで降りることはほとんどない。静止軌道を一周するリング状の超巨大宇宙ステーションに、人口の大半と政治中枢があるためだ。星系内の多くの企業もここに拠点がある。僕の船も例にもれず、このリングに無数にある港の一つに停泊していた。

 三匹の魚は、無事だった。星間輸送に耐えることが現実に証明され、マイロー氏とノーマン氏は肩を抱き合って喜んだあと、握手を求めてきた。複雑な気持ちではあったが、応じた。

 今頃は、やはり同じステーション内にある高級ホテルの幹部にプレゼンしているころだろう。捌いた時に味見させてもらったが、確かに美味だった。売り込みはきっと成功するだろう。

『しかし、高く付きましたね。ボーナスを入れても、光子魚雷一発の闇取引額に達しませんよ』

「――安全に換金できたと考えれば、そう悪くないだろ」

 皮肉っぽく言うカイトに、僕はなんとかそう言ってのける。光子魚雷は買ったものではなかったし、今後も買う予定はない。厳しく規制されているものだから簡単に売ることもできない。処分に困ったから持っていただけのものだ。僕の船はあくまでも貨物船で、戦闘艦ではないのだ。

『ま、ユウキさんがそれでいいなら、いいですけど』

「いいんだよ。それで、そいつを計算に入れなければ、黒字だろ?」

『そりゃまあ、法外な報酬でしたからね』

 これこそが、因果応報というヤツだろう。ノーマン氏への善行が、今回返ってきたのだ。まあ、案の定グリゼ星系では僕は船もろとも手配されていて、僕に掛けられた犯罪容疑は地方法も含めればついに三桁の大台を突破してしまったようだが。

 幸いにも、宇宙は広い。手配されていると言っても、連行コストを考えれば、はるか遠い場所で逮捕されることはまずない。当該星系に近づかない限りは実害はない。近づけないのが実害、とも言えるが。

「よし、じゃあこれで新しい航法コンピューターを――」

『その前に、ハイパードライブのオーバーホールを手配していいですか? 今回のジャンプでメーカー推奨のメンテナンスサイクルを三倍、超過してます。超空間ハイパースペースで迷子になりたくないでしょ?』

「――わかった、やってくれ」

『あと、先日のメインエンジン修理の代金請求、督促が来てます。三度目です。この会社はだいぶ割り引いて仕事を請け負ってくれてますし、ここじゃなきゃこのモデルの整備はできません。いい加減払っとかないとマズイっす』

「お前が軍用のエンジンなんか入れるから、整備コストがかかるんじゃないか」

『そのおかげで何度も命拾いしたじゃないですか。ここで払っとかないと、まとまったお金なんかありませんから、払っときますよ』

「うん……ねえ、それ、お金残る?」

『残りませんよ。航法コンピューターは諦めてください』

 僕は脱力して、操縦席にもたれこんだ。

 宇宙船を修理してる場合じゃない、本当の目的のための貯金は、全然貯まっていないのだ。

 これじゃあ、地球に帰れる日は、いつになるかわからない。

『大丈夫ですよ、ボクがいるじゃないですか。船も飛ばせるし射撃もできるし支払いもできる。これほど便利なAIは、そうそういませんよ』

 どうやらカイトの言う通り……もう少し、彼に頼らなければならないようだ。

「わかったよ。じゃあせめて、航宙法を学んで、それに従って飛んでくれ」

『考えておきます。航法コンピューターを諦めるなら、他に細々した借金も払っておきますね。今回の報酬で、借金の方はだいぶ減らせそうですよ。よかったですね』

「貯金にも少し回して」

『仕方ないですね』

 認めるのは癪だが、カイトは確かに、優秀で超高性能なAIだ。だが宇宙船の操船は、あくまでも緊急的措置でやってもらっていたのだ。彼にとっても操船は本職ではなく、おまけ、趣味でやってるようなものだ。それに、ただの貨物船であるこの船を、軍事用ロボットである彼に操縦させたくもなかった。

 貨物船の操船は、貨物船用の航法コンピューターにさせるべきだと、思っていたのだ。

 だけど、彼がそう望むのであれば、もう諦めて、ずっと彼に頼んでもいいかもしれない。実際、彼は仕事ができるし、船を彼に任せるようになってから、明らかに僕の仕事は減っている。秘書のようなことまでやってくれるのだから。

「ちょっとぐらいは残るよね? 少しぐらいは飲みに行っても。ほら、緊迫したフライトだったし、息抜きに」

『んー、まあ、ちょっとぐらいはいいですけど。でも次の仕事、入ってますよ』

「マジで?」

『ステーションファイブからイーデン星系まで。速達希望で割増運賃がとれます。足自慢の当船にはピッタリの仕事です』

「いつから足自慢になったんだ」

『荷受け希望は一時間後。受けますよ』

「出港急げ」

 僕は操縦席に座り直し、ディスプレイに表示されたステータスを確認する。

 数分後、チキンライダー号はドッキングアウト、宇宙ステーションを離れる。



終わり

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