②「友達だと思ってるよ」


「うーん。秘密?」


「……秘密か」


「うん。秘密」


 今度は、須佐美は柔らかく笑っていた。


 答えないというのだって、立派な返答だ。だから、答えてしまった方がいいときだってある。


 だが、それが生むのはあくまで「疑い」であって、「確信」じゃない。そしてきっと、須佐美だってそれをわかっている。


 疑いを与えてでも、確信はされたくなかった。


 そう考えるのは、俺の邪推だろうか。


 けれど、それ以上追及する度胸も、資格も、俺にはないのだと思う。


「……隠岐が」


「へっ?」


 話題を変えようとした俺の言葉を、須佐美は跳ねるような声で遮った。


 こいつにしては珍しい、というか、見たことないような反応だった。


「な、なんだ?」


「……ううん。隠岐くんが、どうかしたの?」


「いや……次は隠岐のやつが、生徒会長になるのかな、と思って」


「あ、ああ……」


 須佐美がゆっくりと、息を吐く。自然で、けれどやっぱり、ほんのわずかにぎこちない笑顔で、俺を見る。


 本当に、珍しい。


「生徒会も代替わりだろ、夏休みが終わったら」


「そうね。文化祭までは、選挙と引き継ぎの準備よ」


「そういえば、選挙があるのか」


「一応ね。よっぽどのことがなければ、今の私たちがそのまま繰り上がりよ。隠岐くんが会長で、私と陽茉梨はそのまま、書記と広報」


「なるほど」


「ええ。だけど新しい一年生はちゃんと選挙で決まるから、楠葉くんも投票してあげてね。それに、投票率が低いと、先生たちからの印象もよくないから」


「ふぅん。大変だな、いろいろと」


 まあ、須佐美と隠岐がいる時点で、大抵の問題ごとはあっさり解決してしまうんだろうけども。ああ、あと那智もか。


「だけど、意外ね」


「なにが?」


「楠葉くんが、自分から生徒会のことに興味持ってくれるなんて」


 須佐美のそんな言葉で、俺は自分の顔がほんのり熱くなるのを感じた。


 わざわざ恥ずかしい言い方をしやがって……。


「き、きまぐれで聞いただけだよ……」


「あら、それは残念」


「……ただ、まあちょっと」


「?」


「俺基準では……それなりに、仲いいんじゃないかと思ってるから。那智と隠岐は」


 たぶん、まだ友達というには、全然遠いのだと思う。だがきっと俺は、次に学校であいつらに会えば、挨拶くらいはするのだろう。もしかしたら、多少の世間話でもするのかもしれない。


 そしてそういう関係というのは、俺にとっては充分、特別なのだ。


「ふふっ」


「な、なんだよ……」


「楠葉くん、やっぱり変わったわよね。ちゃんと、いい方に」


「……まあ、理華のおかげだろ」


 俺が言うと、須佐美は今度はニヤニヤと、少し意地悪く口元を引っ張り上げた。


 多少変わったところで、こいつへの苦手意識は全然なくならないらしいな……。


「ところで、私の名前が出なかったわね」


「うっ……」


 また痛いところを的確に……。


「あら、私とは仲よくないのかしら。けっこういろいろ、助けてあげたと思うのに」


 須佐美は拗ねたような声音と表情を作って、俺の顔を下から覗き込んできた。

 わざとらしさを隠していないあたり、からかっているのだろう。


 どこまでわかっているのか知らないが、そこを突っ込まれると、俺にはもう、言えることがひとつしかなくなってしまう。


 ……いや、もういいか、今日は。


「お前は……友達だろ」


「えっ……」


「……友達だと思ってるよ。……けっこう前から、勝手に。だから仲いいとか、あえて今言わなくてもいいかな……って」


「……ふふ」


 途端、ふわりとこぼれるような声で、須佐美は笑った。


 今度はそれまでの笑みとは少し違う、ただの女子高生みたいな笑顔だった。


「楠葉くん、あなた、かわいいわ。理華ほどじゃないけど」


「……うるさいな」


「嬉しいから、理華に報告しなきゃ」


「や、やめろって……。なんか恥ずかしいだろ」


「いいじゃない。楠葉くんが友達と思ってくれてたわよ、って。ふふっ」


「……わかってただろ、俺がそう思ってることくらい」


「あら、そんなことないわよ。理華と友達になるのだって、ずいぶん大変だったみたいだし」


「……だから、あのときとは違うんだよ、もう」


 ただ、まだまだこういうのは恥ずかしいんだからな……くそっ。


 その後、俺たちはしばらくなにも言わず、別々に部屋を見渡していた。


 いつのまにか騒ぎは概ね収まって、小さなグループがそれぞれのんびり話している様子だった。


 教卓の方に、隠岐の姿があった。

 そばにいた那智が俺に気づき、バタバタと大袈裟に手を振る。

 隠岐は少しだけ目を閉じてから、俺の隣をぼおっと見ているようだった。


「……友達だからさ」


「ん」


 須佐美はこちらを向かない。

 俺も、なんとなく天井を見ていた。


「……お前だって、困ったら相談してきてくれていいんだぞ」


 そこまで言って、俺はコップに残っていたジュースを一気に飲み干した。

 一瞬だけ顔が冷える。

 が、すぐにまた熱が戻って、余計に恥ずかしくなってしまった。


「……うん。そのときは、お願いね」


 須佐美が、どんな顔でそれを言ったのか。

 わからないし、わからなくてもいいような気がしていた。


「おう」

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