②「永遠の愛、というものを」


 恋人岬には、そこまで多くの人はいなかった。


 野次馬連中も飽きたのか、それとも変に空気を読んだのか、ついてきたのは少数だ。


 恭弥曰く、「独り身で、しかもよそのカップルを見るために来るのはきついだろー」ということらしい。

 なるほどな。


 まあ、それでももちろん人気な観光地ではあるので、それなりに賑わっていた。


「おぉーっ!」


「超キレー! すごっ!」


 恋人岬は当然ながら、岬だった。


 階段で展望台に上がると、視界一面が完全に海のパノラマになる。

 何度見ても慣れないのが、グアムの海のすごいところだ。


 騒ぐ恭弥たちの横で、俺と理華は黙って、静かに景色を眺めた。


 話によれば、理華はジンクスとかではなく、この景色の方が目当てらしかった。

 珍しいと思ったが、まあ、そりゃそうか。


「……ん」


 ふと、柵に置いていた俺の手に、理華が自分の手のひらを重ねた。

 隣を見ても、理華はまっすぐに海の方を向いている。


「なんだか……いろいろありましたね」


「……だな」


 いろいろ。そう、それはもう、いろいろだ。


 いいことも悪いことも、楽しいこともつらいこともあった。

 長かったようで、短かった気もする。


 だがいずれにせよ、終わってみればどれもいい思い出、なのかもしれない。


 少なくとも、来る前よりは今の方が、俺と理華の関係は……。


「廉さん」


「ん」


「……私、廉さんが恋人でよかったです」


「ふぐっ……」


「あ、照れていますね」


「……照れるだろ、そりゃ」


 見ると、理華は今度はこっちを見て、得意げに笑っていた。

 ただ、理華の顔だってしっかりと、赤い。


「でも、本当ですよ」


「……おう」


「……むぅ。廉さんはどうなんですか」


 いつの間にか握り合っていた手を、理華はねだるように揺すった。


 すぐそばに恭弥たちがいるのに、なんてことを……。


 と、思ったが、いつのまにかあのふたりはいなくなっていた。

 どうやら、理華もそれを確認してから、こんなことを言ってきたらしい。


「……俺も、理華でよかったよ。当たり前だろ」


「ふふっ、そうですか。んふふ」


「こ、こらっ、あんまりニヤニヤするなよ……」


「いいじゃないですか。嬉しいんですから」


 くそぅ……恥ずかしくないのか、理華のやつ……。


 昨日から、ちょっと変になってるんじゃいないか……?


「……あっ」


 そのとき、俺はとあることを思い出して、つい声を上げてしまった。


「どうしたんですか?」


「いや……ちょっと」


「? 様子が変ですね……」


 場所、タイミング、空気、全部が図らずもいい感じだ……。


 ただ、こんなにぎこちなくなる予定じゃなかったんだが……。


 俺は胸に手を当てて、何度か深呼吸をした。

 理華もなにかを察したのか、俺のそんなダサい準備を、ちゃんと待ってくれていた。


「理華、あの……」


「は……はいっ」


「……し、写真を、撮ろう」


「えっ」


 ああ、なんか、大したことじゃないのにやたらともったいぶってしまった……。


「まあ、ほら、理華とツーショットの写真とか、今まで撮ってないだろ……? ここなら、景色もいいし……」


「……」


 理華はふぅっと息を吐いて、呆れたように目を細めた。

 けれど、すぐにまた柔らかく笑って、俺の脇にぴとっと身体をくっつけた。


「はい、じゃあお願いします」


「お、おう……。インカメだよな?」


「当たり前じゃないですか」


「ふ、普段自撮りなんてしないから、慣れてないんだよ」


「あ、もう少し上から。その方が海が綺麗に写ります」


「おお、たしかに」


「いいですね。では、シャッターを」


「え、斜めじゃないか? あと、暗い気もするな」


「どちらも後で修正できますよ。ほら、早く。体勢に疲れてきました」


「ほ、ほお。そんな機能が……」


 もたもたしている俺と、意外にもテキパキしている理華。

 ふたりでわーわー言い合ってから、俺たちはやっとのことで写真を撮った。


 ぎこちなく笑う俺と、めちゃくちゃ可愛い理華。

 アンバランスだけど、でもなんとなく、ちゃんと恋人に見えるような気もする、ツーショット。


 俺のスマホのスカスカなフォルダに収まったそれは、写真アプリを開くと、堂々とアルバムのサムネイルになっていた。


 これは……マズいな。

 とりあえず、後で適当な写真を撮って、上書きしておこう。


「私にも送っておいてくださいね」


「ああ。でも、詳しいんだな、理華。写真とか、撮ってるイメージないのに」


「冴月が好きで、覚えてしまいました。自分では、あまり撮りませんよ」


「なるほど……」


「ところで、写真なら冴月や千歳が、たくさん撮ってくれていますよ。ツーショットもあったはずです」


「ええっ」


 そ、そんな……いつのまに。


 なら、なにもこんなに頑張って撮らなくてもよかったのか……。


「ですが、これは私たちだけの写真です。ほかには誰も持っていない、ふたりだけの。だから、いいんですよ」


「まあ、たしかに……」


「それに、写真をお願いする廉さんが可愛かったですし」


「なっ……」


 そんなことを言って、理華はふふんと満足そうに笑った。


 なんだか、今回は全部、理華にしてやられたような気がする。

 まあ、いいんだけどな、べつに……。


「おぉーい! 廉、橘さーん!」


 突然後ろから声がして、俺と理華は揃って振り返った。

 何かを手に持った恭弥が、展望台の下から手を振っている。


「これやろうぜ! ハートの鍵!」


「鍵?」


 合流するや否や、恭弥は売店で買ったという、赤い南京錠を見せてきた。

 たしかに、ハートの形をしている。


「これにふたりで名前書いて、向こうの壁につけるのよ」


「そうすると、どうなるんですか?」


「永遠の愛で結ばれるんだって。まあ、よくあるおまじないね」


 そう言った雛田は、思いのほかドライな口調だった。

 まあ、こういうのを信じてそうなタイプではないな、たしかに。


「ああ、向こうにあったカラフルな壁は、それだったんですね」


「せっかく来たんだし、理華たちもやれば? おまじないはともかくとしても」


「だよなー。記念記念」


 言いながら、恭弥たちはさっそくその壁の方に歩いていった。

 だが口で言っていたよりは、ふたりともはしゃいでいるように見える。

 珍しく、雛田が恭弥の腕に抱きついていた。


「……やりたいか?」


「……いえ。実は、あまり」


「そうか。まあ、俺もだな」


 あっさり意見が一致して、俺たちは近くの柵にもたれて、恭弥たちが帰ってくるのを待つことにした。

 まあ、向こうは逆に、俺たちが行くのを待ってるのかもしれないが。


「永遠の愛、というものを……」


「ん?」


「……それを、簡単に結びたくないんです。まだ廉さんとは、お付き合いを始めたばかりですし」


「……だな」


 一見すると冷たい、そのセリフ。

 でも俺は、理華の考えていることが、わかるような気がしていた。

 俺がこのまじないに興味がなかったのも、同じ理由だったからだ。


「ちゃんと、自分で決めたいんです。たくさんお話しして、自分のことも、廉さんのことも、ちゃんと理解して」


「ああ」


「それで、本当に永遠に、廉さんを愛していけるのか。廉さんに、愛してもらえるのか。自分で、しっかり考えたいんです」


「……そうだな」


 そこまで言うと、理華は視線を少し上に向けて、青い空を見つめた。


 お俺も同じようにして、ふたりで、じっと黙っていた。


 ジンクスに頼るのは、きっと俺たちらしくない。


 自分たちで話し合って、何度も不器用にぶつかって、そうやって歩いて行くしか、俺たちにはできないのだ。


「あ」


「ん、どうしました?」


「いや、帰り、また飛行機だな、と思って」


「はっ……そ、そうでした……」


「気絶するなよ? いや、むしろ気絶しとけばいいのか」


「む、無茶なこと言わないでくださいっ。それに、二度目なんですから、平気です。……たぶん」


「ふぅん。じゃあ後で、須佐美に聞いてみよう」


「だ、だめですよぉ……」


 途端に弱気になって、理華は涙目で俺を睨んだ。


 ふふん、さっきからかった仕返しだよ。


 ……まあたぶん、俺もまたビビるんだろうけど。

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