③「ホント厄介ね、あいつ」


 廉さんが一足先にプールを出てすぐ、「みんなで買い物行きたい!」と冴月が言いました。

 近くに有名なショッピングモールがあり、そこがお目当てのようです。


 委員会の集まりの後で廉さんと千歳をすぐに捕まえるため、私たちもラウンジに向かうことにしました。

 着替えて、髪を乾かして、三人でホテルに戻ります。


 ラウンジに着くと、二十人ほどの方が集まって、なにかを話している様子でした。

 生徒会の方や、廉さんの姿もあります。


 私たちは少し離れたところのソファで、会議が終わるのを待つことにしました。


「そういえば夏休み、五人で遠出しよって冴月と話してたんだけどさ」


 売店から戻ってきた夏目さんが、テーブルにペットボトルを置きながら言いました。


「橘さん、行きたいとことかある?」


「遠出ですか。そうですね……うぅん」


 思わず、唸ってしまいました。

 というのも、予定を決めるにあたって、ひとつ無視できない問題があったのです。


「っていっても、半分くらいは廉次第なんだけど」


「……はい」


 そう、つまりはそういうことでした。


「あの人は出不精ですから。廉さんが乗り気になる場所でないと、連れ出すのは難しいかもしれません」


「ホント厄介ね、あいつ」


「まあ、あれでもかなりアクティブになった方だけどなぁ」


 夏目さんは、どこか感慨深そうに言いました。

 付き合いが長い廉さんに対して、親心のようなものがあるのかもしれません。

 少しだけ、羨ましい気持ちになります。


 改めて感じますが、夏目さんは本当にすごい人です。

 普通の男の子のようにはしゃいでいることもあれば、廉さんに付き合ってのんびりしていることもあります。


 けれどたまにすごく大人っぽくも見えて、しっかりとした自分を持っている。

 あの冴月が好きになるのも、納得できる人だと思えました。


 なにより、趣味が全然違うのにあの廉さんと仲よしなのはすごすぎます。

 今後のためにも、私も彼から学ばなければ……。


「あら。どうしたの、みんな」


 いつのまにか会議が終わっていたらしく、千歳が私たちのところに歩いてきました。

 柔らかい笑顔で髪を揺らしている姿が、今日も綺麗で素敵でした。


「みんなで買い物行こうと思って、待ってたのよ。一応、楠葉もね」


「ああ、そういうこと。いいわね」


「あれ? 廉は?」


 みんなで、ラウンジ内を見渡します。

 彼のことなので、私たちに気づかず帰ってしまったのかもしれません。


「あ、いた」


 冴月は、先ほどまで会議が行われていたあたりを指差しました。

 どうやら廉さんは、まだソファから立ち上がっていなかったようです。


「……あ」


 よく見ると、廉さんは隣にいる女の子と、なにかを話しているようでした。

 あれはたしか、同じ修学旅行委員の……紗矢野さん。


「楠葉、なにしてんの?」


「たぶん、伝達の分担を考えてるんじゃないかしら。みんな散らばってて、連絡が回しにくいって話が出てたから」


「まあ、自由時間だしなぁ」


 千歳の言う通り、廉さん達以外にもいくつかのクラスが、まだ二人ずつ話し合いを続けているようでした。


 ただ、少しすればそれも終わるだろうということで、私たちは千歳を交え、遠出の行き先について話して待つことにしました。


「海はグアムで満喫したし、今度は山かなぁ。いや、絶対嫌がるな、廉のやつ」


「えー。キャンプとか楽しそうなのに」


「私も山は嫌です」


「私は構わないけれど、理華と楠葉くんがダメならダメね」


「じゃあ花火は? どっかの花火大会! 浴衣も着れるし!」


「俺はアリだけど、たぶんあいつ、人混みを嫌がるんだよなぁ」


「私も人混みは嫌です」


「理華、あんたそればっかりじゃない」


「そういえば、理華も好き嫌いははっきりしてたわね」


「まあでも、ふたりとも好み似てるし、セーフだろ」


「それもそっか」


 なんだか、あっさり納得されてしまいました。

 とはいえ、反論の余地もなさそうです。


 そのとき、夏目さんの肩越しに、残っていた修学旅行委員の方々が、解散し始めるのが見えました。


 ですが、廉さんと紗矢野さんは、依然座ったままでした。


「廉、まだかなー」


「っていうか、楠葉が私たち以外の女の子と一緒なんて、初めて見たわ。生意気ね」


 冴月のその言葉で、私は自分の中にまた、覚えのある悪いものが生まれるのがわかりました。


 いえ、これはきっと、しばらく封じ込めていた気持ちが、再び顔を出したということなのでしょう。

 ただその気持ちは、なんだか以前よりもずっと、大きくなっているような気がしていました。


「同じ委員会なんだから、一緒に話したりもするわよ」


「まっ、そうだけどねー」


「でも、廉があんなふうに女の子と話せるなんて、すごい進歩だ。うんうん」


「……」


 廉さんは肘掛けに頬杖を突いて、眠そうにあくびをしていました。

 その横で、紗矢野さんは楽しそうに笑っています。


 こころなしか彼女の頬が赤いように見えて、私は胸を締め付けられるような、窮屈な苦しみを感じました。


 ……いや、ダメです。

 余計なことは、考えてはいけません。

 委員会のお仕事なんですから、当然です。

 それ以上のことは、なにもありません。


 私は意識的に、廉さんの姿を視界からはずしました。


「じゃあ遊園地! 絶叫マシン乗りたい!」


「お、いいじゃん冴月!」


「でしょー! 私天才?」


「理華は平気なの?」


「ぜ、絶叫マシン……」


 正直あまり経験がありませんが、ダメなような気がします……。

 飛行機もアレでしたし……。


 ただ、遊園地という場所自体は、条件的に見ても悪くないような気がしました。


「まあ、乗り物はいろいろあるし、大丈夫でしょー!」


「いぇーい! じゃあ第一候補ってことで」


「あとは楠葉ねー」


「三つくらい案が欲しいわね。それなら楠葉くんも、さすがに全部は却下しにくいでしょうし」


「おぉー。さすが須佐美さん、作戦がえげつない」


「あら、なにか言った? 夏目くん」


「ひっ……な、なんでもないです……」


 そんなやりとりで、みんなが笑いました。


 予想よりもスムーズに決まるのでは。

 そう、思い始めたとき。


「ねーえっ。いいでしょ? 楠葉くん」


 夏目さんの背後。

 廉さんがいるはずのところから聞こえてきた、その甘えるような声。


 その声で、私の意識と耳はまるで吸いつけられたかのように、そちらに釘付けになってしまったのでした。

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