②「人使いが荒いんだから」


 実際に来てみると、備え付けのプールはかなりの広さがありました。


 流れるプールや種類豊富なウォータースライダーが揃い、大勢の生徒で賑わっています。

 遊ぶ、という目的なら、海よりもこっちの方が合っているようにさえ思えました。


「……あ」


 少し離れたところに、廉さんと夏目さんがいました。

 水着姿で会うのはまだ少し恥ずかしいですが、今さら後戻りはできません。


「恭弥ー」


「お、来たか」


 冴月の声で、ふたりがこちらを向きました。

 廉さんと目が合って、心臓が少しだけキュッと苦しくなります。

 けれど嫌な感じではなく、むしろ心地よくて、愛しさが募るようでした。


 ところで、廉さんと夏目さんは、ふたりしてサングラスを頭に載せていました。


 夏目さんはともかく、廉さんがサングラスというのは、なんだかアンバランスな感じです。

 たしかに日差しは強いですが……。


「あれやろうぜ、あれ!」


「いいわね! って、超並んでるじゃない……」


 夏目さんが指さしたのは、一番大きなウォータースライダーでした。

 コースは直線ですが、長さも高さもあって、順番待ちの行列ができていました。


「廉と橘さんは?」


「いや、俺はパス。下から見とくよ」


「で、では、私も」


「なんだよー。でもたしかに、ふたり乗りだしやめといた方がいいのか?」


「そう? 下でふたりでいても目立つんじゃない?」


「それもそうか」


「べつに、平気だろ」


 廉さんがそう言ったのを最後に、夏目さんと冴月は一緒に列の方へ歩いていきました。


 人前でふたりきりになることに、廉さんはもうあまり抵抗を感じていないようでした。

 私も気にしていないので、関係が広まるのも時間の問題なのかもしれません。


 ただ……。


「……理華?」


 ぼんやり顔を見つめてしまっていたせいで、廉さんは怪訝そうに眉根を寄せました。


「どうした?」


「あっ、い、いえっ。なんでも……」 


「……そうか」


 ……はぁ。


 違う意味で、ふたりきりになるのは少し、緊張してしまいますね……。


「おっ! 珍しいものを見たぞーっ!」


「ふわっ!」


 突然、私と廉さんの間に人影が飛び込んできました。

 ただ、思わずのけ反ってしまった私に反して、廉さんは既に呆れ顔でした。


「那智……」


「そうです、那智陽茉梨ちゃんです!」


 那智さんは腰に両手を当てて、ズイッと胸を張って言いました。

 相変わらず元気な人です。


「なにしてんの、おふたりさん!」


 丸い頬についた水滴も拭わず、那智さんは満面の笑みで私たちを見比べました。

 ワンピース型の水着がよく似合っていて、可愛らしいです。


 そして、この人は……。


「もしかして、もう隠さないことにしたの?」


「いや……そういうわけじゃ」


 そう、那智さんは私と廉さんの関係を、知っています。

 廉さんの話では、生徒会の副会長、隠岐さんにも伝えてある、ということでした。


 ただ、おふたりとも口外はしないと言ってくれているようです。

 だからこそ、こうしてひそひそ声で確認をしてくれるのだと思います。


「……っていうかそもそも、自然に知られるぶんにはいいって言ったろ」


「そうはいってもですなぁ。こうやってみんなの前でふたりでいるのは、初めて見たし」


「べつに……偶然だろ」


「ほーーーん。左様ですか」


 廉さんの考えていることが、私にはよくわかりました。


 いい加減バレてしまった方がいいんじゃないかという気持ちと、だからって決定的なことをするのには抵抗があるという気持ち。

 これらが混ざり合って、こんな中途半端な行動と、セリフになってしまうのでしょう。


 なかなか簡単にはいかないものですね……。


「まあいっか。ところで、十一時半に一回、修学旅行委員と生徒会はラウンジ集合になったから、よろしくね」


「あ、ああ。臨時の伝達事項か?」


「うん。ちょっと大事なやつね。昨日、盗難被害が出たみたいで、それ関係」


 那智さんの口調はいつになく真剣でした。

 内容が内容だけに、当然なのかもしれませんが。


 それにしても、盗難とは……。

 あるんだろうな、とは思っていましたが、実際に起こるとやっぱり少し怖いですね……。


「さっき急に決まったからさ。メッセージ見れなさそうなプール組には、こうして直接伝えてるってわけ」


「なるほど」


「まったく、おっきーも人使いが荒いんだから」


 那智さんはやれやれというように、呆れた表情で手を広げました。

 そのわりには、水着まで着てノリノリに見えなくもないですが。


 そして、『おっきー』というのは、おそらく隠岐さんのことなのでしょう。


「じゃっ、たしかに伝えたぞよ」


 那智さんはそう言って、ヒラヒラと手を振りながら走り去っていきました。

 そのまま流れるプールに飛び込み、大きな水飛沫を上げています。


 もしかして、本当に遊びに来ただけなんじゃないでしょうか。

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