第9話 美少女が立ち上がる

①「気になって仕方ないんです」


 困ったことになっていました。


「理華ー。今日どうする?」


 修学旅行四日目。

 朝食から戻ると、同部屋の冴月が声をかけてきました。


 今日は、日中はほぼずっと自由時間になっていました。

 当日の気分で行動しよう、ということで、みんなあえて予定も作っていないようでした。


「アレ行かない? ホテルのプール」


「プール、ですか……」


 正直、少し気は乗りませんでした。

 この三日間は外での行動が続いていたのもあり、今日はのんびりしてもいいかな、と思っていたからです。


 それに、きっと彼も……。


「やめとく? まあ、あんた水着好きじゃないもんね。お昼には戻ってくるから、待っててもいいけど」


「すみません。では、そうします」


「おっけー。じゃあ行ってくるわ」


「はい。カードキー、なくさないでくださいね」


「だいじょぶだいじょぶ。まっ、最悪理華が中から開けてくれるし」


「あっ……えっと、それは」


 図らずも言い淀んでしまって、私は慌てて口を押さえました。

 冴月が、不思議そうに首を傾げます。


 これは……失敗しました。


「なに? あんた、どこか行くの?」


「い、いえ……その」


「……ああ、楠葉のとこ?」


「ふゎっ」


 自分の顔が、ぽっと赤くなるのがわかりました。


 一度で言い当てられてしまっては、なす術がありません……。


「変だと思ってたのよねぇ。昨日の夜も、やけにべったりだったし」


「べべべ、べったりなんてしていません……っ! 隣に座っていただけじゃないですかっ!」


「だけじゃないでしょ。いつもより近かったし、こっそり楠葉の服掴んでたの、みんな気づいてたわよ」


「ふぇっ⁉︎」


 そ、そんな……っ!


「当たり前でしょ。楠葉の様子も変だったし」


「ど、どうして黙っていたんですか……っ! てっきり……バレていないのかと……」


「悪いことじゃないんだから、わざわざ言わないわよ」


「う、うぅっ……」


 あまりの恥ずかしさに、私は枕に顔を埋めてしまいました。


 あんなこと、するんじゃありませんでした……。


「『好き好き期』でも来たの?」


「な、なんですかそれは……」


「『ラブラブ期』の片想い版、みたいな?」


「ど、どっちも知りませんっ!」


「なんとなくわかるでしょー」


 言いながら、冴月は私の近くに来て、ぽすんとベッドに座ったようでした。


 実際のところ、冴月の言っていることは、ほとんど図星でした。

 そしてそれが、昨日から私を悩ませている、『困ったこと』なのです。


「プレゼント貰ったのがきっかけ?」


「……わかりません。ですが……昨日から廉さんのことが、気になって仕方ないんです。変なんです、恋人なのに……」


「べつに、変じゃないと思うけど」


 冴月は、ため息とも笑い声ともつかない息を漏らしました。


 変じゃない……のでしょうか?


「『好き』にも程度があるでしょ。付き合ってる間に気持ちが強くなるのなんて、普通よ。今までが好きじゃなかったとか、そういうことじゃなくてね」


「……」


「はぁ。やれやれ」


 また、同じような息。

 ですが、今度はさっきよりも少し、ため息に近かったような気がしました。


 冴月の言うことが本当なのかは、私にはわかりません。

 ただ確かなのは、今の私は少し、廉さんに夢中すぎる、ということでした。

 それこそ、時間の使い方や予定の立て方を、廉さん中心に考えてしまうくらいには。


 できるだけ会いたい、一緒にいたい。

 そんな気持ちが溢れてきて、自分の行動に大きく影響を与えてしまう。

 はたから見ればくだらないのかもしれませんが、私は本当に、困っていました。


「つまり、あんたは私の誘いを断って、楠葉のとこに行こうとしてたのね」


「うっ……そ、そういう……わけでは」


「そういうわけでしょ。あーあー、悲し」


「さ、冴月ぃ……」


「冗談よ。私だって恭弥優先のときあるんだから。ただ、親としては寂しいじゃない?」


「お、親じゃありませんっ」


「ああ、私の可愛い娘が~」


 冴月はわざとらしい声で、嘆くように言いました。


 まったく、この人は……。


「あ、でも残念、理華」


「えっ?」


「プール、恭弥と楠葉も来るわよ」


「えぇっ」


 れ、廉さんが……!


「まあでも、理華は乗り気じゃないんだもんねー。断られちゃったし、諦めて行ってくるわ」


「……」


「……」


「……支度します」


「はいはい。待ってるわよ」


 やっぱり、困りものです。


 それから、今日の冴月は千歳と同じくらい、意地悪です。

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