④「寂しそうだったから、来てあげたの」


 午後の予定は修学旅行らしく、現地の大学生との交流会だった。


 むしろ勉強要素はこれくらいなのだが、英語でディベートがあったり、英語の講義を聞いたりと、それなりにハードだ。


 良くも悪くも何事もなく時間がすぎ、すぐに夜になった。

 まあ、こんな日もあって然るべきだろう。


「肉肉肉ぅーーーっ!」


 少し離れたところから、恭弥の声が聞こえる。

 飛行機といい海といい、毎回叫んでる気がするな、あいつ。


 夕飯には大学の敷地を使って、大規模なバーベキューが行われた。

 クラスごとに分かれ、大学生主導で肉を焼きまくる。


 恭弥をはじめとしたリア充どもがメインで動くなか、俺はちゃっかり自分の食料を確保し、人混みから抜け出した。

 ちょうどいい段差に腰掛けて、パチパチという火の音を聞きながら、のんびりと腹を満たす。


 ふと感じた胸元の石の冷たさに、俺は今朝のことを思い出していた。


「……ふぅ」


 どうやら、プレゼント作戦はうまくいったらしかった。


 少し前にちらりと姿が見えた理華は、もう暗い顔をしていなかった。

 いつもの凛々しい表情で、須佐美と雛田に挟まれていた。


 よかった。手伝ってくれた雛田には、本当に感謝しかない。


 でも理華のやつ……まさかあんなに抱きついてくるとはな……。


「……」


 正直、あのときは心臓がやばかった。

 むしろ、よく冷静さを保てたもんだ。

 まあ、なんの度胸もなかったとも言えるけれど。


 理華にはもっと、自分の可愛さを自覚してもらわないといけない。

 いや、あいつはそれなりにわかってるはずなんだけどな……うぅん。


「楠葉くーん」


「ん?」


 突然の声に顔を上げると、紙皿に何本かの串を載せた紗矢野さやのが、笑顔で立っていた。

 辺りが暗いせいか、なんとなくいつもと、雰囲気が違う気がする。


「なにか用か」


「べつにー。楠葉くんがひとりで寂しそうだったから、来てあげたの」


 紗矢野は的外れなことを言いながら、俺の隣に腰を下ろした。

 まあ、今さら訂正する気もないけれど。


「あ、いいなーエビ! 私、一匹もないのに」


「狙って串を取ったからな」


「ずるーい! 一匹ちょうだい! お肉と交換でもいいから!」


「えぇ……まあ、いいけど」


「やった!」


 紗矢野は弾んだ声でそう言うと、あろうことか「あーん」と口を開けた。

 八重歯と舌が見えて、変にドギマギしてしまう。


「ば、バカ! 自分で食え!」


「むぅ。はーい」


 紗矢野と串を交換して、お互いに目当てのものを食べる。


 まったく、心臓に悪いぞ……。

 これだからリア充は……。


「おいしーっ」


「……お前はいつも楽しそうだな」


「えぇー。そんなことないもん。これでも悩んでるし」


「……そうか」


 紗矢野は不満そうに頬を膨らませて、ふいっと顔を伏せた。

 髪が流れて、横顔が隠れる。


 そこで、気がついた。

 そういえば、今日の紗矢野は髪を横でまとめていない。

 ちょうど、一日目の夜に会ったときのように、ストレートに下ろしている。


 どうやら、印象が違ったのはそのせいらしい。


「髪、括ってないのか」


「えっ! あ、う、うん! 気分でね、気分で!」


「ふぅん」


 髪型を気分で変えるというのは、たしかにリア充っぽいな。

 まあ、三人娘はいつも同じだけども。


 そうこうしているうちに、俺と紗矢野の串がなくなった。

 もう一本、という気にもならず、俺は自分のそばに紙皿と串を置いた。

 紗矢野もそれにならった。


「今日はいつもより大人しいな」


「へっ? そ、そんなこと……ないもん、べつに!」


「そうか?」


 そのわりには、静かに食べてたな。

 まあ、特に話題もなければそんなもんか。


「……楠葉くん、さ」


「ん?」


「……ホントに覚えてない? 去年、同じクラスだったこと」


「うっ……」


 また答えにくいことを……。


 だが、覚えてないものは仕方がない。

 というか、本当に俺は、去年のクラスの記憶がほとんどないのだ。

 事実、隠岐がいたということにもピンときていない。


「……そっかー」


「なんか……すまん」


「んーん。その方が楠葉くんらしいし」


 フォローされてしまった。

 これでも俺基準では改善されつつあるので、許して欲しい。


「……実は、私も掲示委員だったんだよ? 去年」


「えっ……」


 マジか。

 あの仕事のめんどくささだけは、比較的よく覚えてるぞ、俺も。


「しかも、ちゃんと喋ったよ、楠葉くんと私」


「そ、そうですか……」


「うん。でも……」


 そこで、紗矢野は一度言葉を切った。

 それから、なぜか気まずそうに地面の芝をいじる。


「……いいや。もう、全部話しちゃうね」


 紗矢野はそう言って、普段よりも少し固い口調で、ゆっくり語り出した。


 それを聞くうちに、俺は自分の記憶が、だんだん蘇ってくるのを感じていた。

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