③「もう、ホントに、好き」


 できるだけ人目のないタイミングを見てノックをすると、廉さんはすぐに私を部屋に入れてくれました。


 夏目さんはおらず、部屋には私と廉さんのふたりだけでした。

 嬉しいと思ってしまったのは秘密です。


「ごめんな、呼びつけて」


「いえ……私も」


 会いたかったです、と続けようとしたのに、できませんでした。

 恥ずかしさと、なにより自分への後ろめたさが、そうさせたのかもしれません。


 廉さんは部屋着ではありませんでした。

 由時間の後はすぐに出かけることになるので、早めに着替えているのだと思います。

 私もそうしていました。


「ですが、どうしたんですか? なにか用が」


「あ、ああ……。まあ、そんなとこだ」


 廉さんは歯切れ悪く、そう答えました。

 あらかじめ要件を言わずに会いたがるというのは、廉さんにとってはとても珍しいことでした。


 ……私は用がなくたって、会いたくなるときもあるのですが。


 廉さんはしばらく、気まずそうに黙っていました。

 廉さんが立っているので、私も座らずに向かい合っていました。


 廉さんの緊張したような表情のせいで、私は彼に告白されたときのことを、自然と思い出してしまっていました。


「……元気、出たか?」


「えっ……」


「ほら……あれから凹んでたろ? それで、まあ、心配というか……」


 廉さんは頭を掻きながら、控えめにそう言いました。


 私は、ギュッと心が締め付けられるような気持ちになっていました。


「落ち込んでる理華を見るのは、俺もちょっと……いや、かなりつらかったからさ……」


 罪悪感と喜びとが、ない混ぜになって。

 私は情けないことに、今にも泣き出してしまいそうでした。


 ですがそれで、廉さんはどうして、私をここへ呼んだのでしょうか。


「だから……まあ、これを」


 言って、廉さんはポケットの中から、なにかを取り出しました。


 こちらに差し出されたそれは、緑色に透き通る石がついた、ネックレスのようでした。


「……あの、これは」


「な、なんだ……。プレゼント、というか……理華に、渡そうと思って」


「……ふぇっ⁉︎」


 ……ああ、廉さん。


「……昨日みたいになにか、偶然嫌なことがあったときにさ。それを、なかったことにはできないだろ? だから、べつのいいことを作ってやりたくて……」


「……」


「嫌なことがあった代わりにいいことがあって、結果的にはよかったなって、そう思ってもらえたら、いいなって……」


 廉さん。


「バカな考え方かもしれないけど、そう思うんだよ……理華が相手だと」


 廉さん。


「こんなので元気出るか……わからないけど。まあ、受け取ってくれると――


「廉さんっ」


 ああ、もう。


 どうしてこの人は、こんなに。


「ちょっ! なんだ! こら! 抱きつくなよ!」


「廉さんっ。好き。大好きです。もう、ホントに、好き」


「わわ、わかった! わかったから! やめろ!」


 私と廉さんはくっついたまま、ベッドに倒れ込みました。

 目の前に、廉さんの真っ赤な顔がありました。


「お、落ち着けって……。こんなとこ、恭弥にでも見られたらマズいだろ……」


 廉さんは困ったような表情と声でそう言ってから、私の頬に少しだけ触れてくれました。

 ですが、すぐにその手を離して、立ち上がってしまいました。


「と、とにかく……よかったら、受け取ってくれ。それで、ちょっとでも立ち直ってくれたら、俺はそれで満足だから」


「は、はい。あの……すごく、嬉しいです」


「お……おう」


 再び差し出されたそのネックレスを、私はゆっくりと、大切に受け取りました。


 銀色のビーズに控えめな石がついた、シンプルなネックレスでした。


「ありがとうございます……本当に」


「……ああ。で、その……実は」


「……あっ」


 廉さんは恥ずかしそうに、シャツの首元を引っ張りました。

 すると、廉さんの首に、私が貰ったのと同じようなネックレスがあるのがわかりました。

 ただ、ついている石は青で、どうやら色違いのもののようでした。


 これは……。


「せ、せっかくだから、揃えて買ったんだよ……。も、もし嫌だったら、こっちのも理華にやるから」


「嫌じゃありません! お揃いがいいです! 廉さんが持っていてください!」


「……そうか」


 廉さんは安心したように、深くため息をつきました。

 その様子がどうしようもなく可愛くて、愛しくて。

 私はまた抱きついてしまいそうになるのを、グッとこらえました。


「……幸せです、私」


「……ならよかったよ」


 気がつけば、私の中にあった暗い気持ちは、もうすっかり消えてしまっていました。


 私は、単純です。

 まるで子供みたいです。


 でも、今だけはそんな自分を、大目に見てあげてもいいんじゃないかって、そんなふうにも思うのでした。


「……それから、まあ」


「えっ」


「……俺も、好きだよ」


「ほあっ」


 ……なんだか、本当に馬鹿みたいです。


 シーウォーカー、できなくなってよかった、なんて、思ってしまっているんですから。

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