第7話 美少女の昔話

①「あんたがあの子の、最初の彼氏」


 二日目の夜も、夕食後は自由時間だった。


 けれど日中の海で疲れたのか、今日は昨日と比べて、明らかに全体がおとなしい。

 まあ、ホテルに慣れたというのもあるとは思うが。


 それでも、恭弥はさっさと部活仲間たちの集まりに出かけていった。

 今日はいつものメンバーも、それぞれ別で予定があるらしい。


 忙しいやつらだ、と言いたいところだが、実は俺にも、これから人と会う約束があった。

 財布を持って部屋を出て、待ち合わせ場所のロビーへ向かう。


「来たわね」


「……おう」


 ロビーには、明るい髪を触りながら腕を組む、雛田冴月が立っていた。

 俺を見つけると、すぐにこちらへ駆け寄ってくる。


「悪い。助かる」


「いいって言ったでしょ」


 お互いに短い言葉を交わして、俺と雛田はホテルを出た。

 あらかじめ目星をつけていた売店のある方角へ、ふたりで並んで歩く。

 この自由時間は、決められた区域までなら外出も許されているのだ。


 雛田は昨日よりも、若干外向きの格好をしていた。

 こうしてしっかり服装に気を使うところはさすがといえる。

 ちなみに、俺は完全に部屋着だ。


「理華はどうだ?」


「まだ落ち込んでるわ。よっぽど楽しみだったみたい、シーウォーカー」


「……そうか」


 結局、例のスコールは数十分で止んでしまった。

 が、もちろんシーウォーカーには間に合わず、恭弥たちと合流した後も、理華はしょんぼりしたままだった。


 そしてどうやら、今もそれは変わらないらしい。


「落ち込んでる理華を、プレゼントで元気付ける。まっ、あんたにしてはまあまあのアイデアね」


「……うるさいな」


 そのセリフのわりに、雛田の声音にはいつものトゲがない気がした。

 それに、選ぶのを手伝って欲しい、と頼んだときも、あっさり引き受けてくれた。


 もっと渋られると思ったのに。

 まあ、理華が絡んでるせいなんだろうけれど。


「でも、なんで私なの? あんたなら、千歳に頼みそうなのに」


「いや……最初は須佐美に頼んだんだが、予定があるらしくて」


「なんだ、そういうこと。っていうか、それはそれでムカつくわね。私は第二希望ってわけ?」


 言って、雛田はジト目で俺を睨む。

 けれどすぐに肩を竦めて、やれやれと首を振った。


「恭弥には言っといたから。これで変な噂でも立ったら最悪だし」


「ああ……ニヤニヤしてたのはそのせいか」


 やけに鬱陶しい顔でこっちを見てくると思ったら……。


「それにしても、あんた理華の水着にデレデレしすぎ。視線がキモかったわよ」


「なっ! …………マジ?」


「うん。千歳も言ってたもん」


「うぐっ……」


「まっ、それは嘘だけど」


「嘘かよ!」


 一瞬、本気で凹んだのに……。


「キモかったのはホントよ」


「それは……まあ、否定できないな」


「うわ~、やだやだ」


 言いながらも、雛田は思いのほか不機嫌そうでもなかった。

 むしろ、俺をからかえたことに満足したのか、ふふんと笑っている。


 思えば、最近の雛田はずいぶん、俺への当たりが柔らかくなったような気がする。

 普段は理華が一緒にいるせいだと思っていたが、どうやらそういうわけでもないのかもしれない。


「で? どうなのよ、理華とは」


「な、なんだよ。どうって……」


 横目でこちらを見ながら、雛田が聞いてくる。

 俺がまごついていると、大きな吊り目がまたジトッと細まった。


「仲よく! してるの?」


「……まあ、それなりに」


「たとえば?」


「べ、べつにいいだろ、そんなの」


「よくないわよ。親友なんだから、心配だもん」


 そう言った雛田の口調は、意外にも真面目だった。

 顔も笑っていない。


 少し、背筋が伸びるような気分だった。


「……初めてなのよ、付き合うの」


「えっ……」


「理華。あんたがあの子の、最初の彼氏」


「……お、おう」


 実は、それ自体は理華から聞かされて、俺ももう知っていた。

 だがこうして改めて言われると、重みというか、プレッシャーを感じざるを得ない。


「だから、絶対、嫌な思い出になってほしくないのよ」


「……ああ」


「ちょっと。ホントにわかってるわけ?」


「わかってる……つもりだ」


「……はぁ」


 大きめのため息に、不満げな声が混ざる。

 今度はなにを言われるのか、と思ったが、次の雛田の言葉は、俺の予想とはずいぶん違うものだった。


「……まあ、あんたも初めてだもんね。それに、私も偉そうなこと言えないか」


 独り言のようなそのセリフは、周囲の雑音や話し声に、すぅっとかき消された。


 よく見れば、俺たち以外にも出歩いているやつらはそれなりにいるようだった。

 まあ、当然か。


「……前から気になってたんだが」


「なによ」


「お前らは……まあ、お前と須佐美だけど。どうして、理華と仲よくなったんだ?」


 俺が尋ねると、雛田は少しだけ、暗い夜の空を見上げた。

 それから、すぐにまたこちらを向いて、不服そうに言う。


「なんで私に聞くのよ。理華に聞けばいいでしょ」


「それだと、どうしてもあいつ目線になるだろ。俺は、お前の話が聞きたいんだ」


「……なにそれ。楠葉のくせに、生意気ね」


 そんなふうに悪態をつきながらも、雛田は拒絶の意志を見せなかった。


 雛田の気が変わらないように、黙って待つことにする。


「……千歳のことは、わからないけど」


 そう前置きをして、雛田はゆっくり話し始めた。

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