②「……仕返しです」


「次はそっちのカップルね! はいはいここ座ってー」


 派手なアロハシャツを来た外国人スタッフに促されて、俺と理華は待機席に移動した。

 陽気な日本語で注意事項を説明される間にも、緊張感がだんだん高まっていく。


 昼食を済ませた後、俺たちは順番に、予約していたマリンスポーツを回った。


 全員でバナナボートに乗ってから、俺は理華とジェットスキーを、恭弥たちは水上バイクに引っ張られながらサーフィンをする、ウォータースキーをやった。


 そして、次はこれまた船に引っ張られてパラシュートで空を飛ぶ、パラセーリングというやつに来たのだが。


「だ、大丈夫でしょうか……? 落ちたりとか……」


「だ、大丈夫だろ……たぶん」


 頼りない会話をしながら、先に飛んでいる恭弥と雛田を、船から見上げる。

 カラフルなパラシュートの下に座ったふたりが、足をぶらぶらさせて手を振っていた。


 遠くね……?

 思ってたのの倍ぐらい高いんだが……。


 経験があるという須佐美に「けっこう平気よ」なんて言われて申し込んでみたが、もしかして騙されたんじゃないか……?


 ちなみに、その須佐美は今、陸でひとりで休憩中だ。

 あいつめ……。


 そうこうしているうちに、恭弥たちがゆっくり船に降りてきた。

 ついに俺たちの番か……。


「サイコー! めっちゃ高いぞ!」


「眺めも風もよかったわよ!」


 わかったわかった。

 お前らが強いのは充分伝わったから、もうなにも言わないでくれ。


「死ぬなよー、廉」


「保証しかねる……」


「落ちたりしないから平気よ。揺れるけど」


「や、やっぱり揺れるんですか!」


 更なる追撃を食らいながら、俺と理華はあっさりとパラシュートに繋がれた。

 そのまま無慈悲なカウントダウンが始まり、「ゴー!」という声とともに、足が甲板から離れる。


「うおおっ……」


 左右にゆらゆら漂いながら、俺たちはどんどん空へ上がっていった。

 恐怖感はある。

 が、たしかに想像よりは平気……かもしれない。


「ふわぁぁ! 廉さん!」


 と思ったのも束の間、左隣にいる理華が、怯えた声を上げながら俺の手を掴んだ。

 普段手を繋ぐときのそれとは違い、強い力でぎゅっと握りしめてくる。


 どうやら怖いらしい。

 ただ、それでも徐々に落ち着いてきたようで、揺れが収まるのに合わせて、握る力も緩くなっていった。


 ちなみに、『普段』っていっても、べつによく手を繋いでるってわけじゃない。

 ホントだぞ。いやマジで。


「……おお」


「……はぁ」


 最高地点に到達したのだろうか。

 パラシュートはすっかり安定して、俺たちは落ち着きを取り戻していた。


 船にいる恭弥たちに、恨みの念を込めながら手を振ってみる。

 すると、恭弥と雛田が手を握り合って、俺たちに見せてきた。


「あっ……!」


 迂闊だった……。

 手を繋いだことがあるのは、まだあいつらには知られてなかったのに……。


 横を見ると、理華もハッとした表情で固まっていた。

 が、それでも手を放すことはなく、俺たちはかなり恥ずかしい状態で、空を飛んでいた。


 ……まあ、もういいか。


「見られてしまいましたね……」


「だな。まあ、しょうがないだろ」


「……そうですね」


 そう言った理華は、恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに、かすかに笑っていた。


「見てください、廉さん。街がすごく小さいです」


「おお……。遠くからだと、ずいぶん印象が変わるな」


 グアムの街は綺麗だった。

 それから、眼下の海も、空も、海岸も、全部やたら綺麗で。


「こういう景色を一緒に見られるというのは……素敵ですね」


「……そうだな」


 そのとき、恭弥と雛田がなにかを叫んでいるのが聞こえた。

 たぶん、茶化されているんだろう。

 だがこれだけ遠ければ、なにを言ってるかなんてわからなかった。


「……廉さん」


「ん?」


「……好きですよ、廉さん」


「うぐっ」


 な、なんという不意打ち……!


「なっ……なんだよ、急に」


「いいじゃないですかっ。私たちにしか聞こえませんよ。それに、ビーチで水着を見たとき、廉さんだって……」


「あーあー! その話はもう終わりました!」


 せっかく忘れかけてたのに……!


「……私、自分が心配です」


「……なんで?」


「だって……」


 理華はこちらを見なかった。

 ただ顔を伏せて、頼りなく揺れる自分の足の先に、視線を落としていた。


「……なんだか、廉さんのことばかり考えている気がして」


「…………ふぐぅ」


 もうダメだ……。


「あっ! ま、また変になってます! 下の名前で呼んだときと同じですよ!」


「し、仕方ないだろ……! 理華が悪いんだぞ! これに関しては!」


 俺に責任はない!

 反省しろ!

 でも、嬉しくないと言えばそれは大きな嘘になります。


「……仕返しです。私だって、さっきはホントに……」


 そう言った理華のセリフを遮るように、またパラシュートが揺れた。

 短い悲鳴を上げながら、俺たちはゆっくりと、船の方に降下していった。

 どうやら、もう時間が来たらしい。


 それから船に着くまで、俺と理華はもう、なにも言わなかった。


 このどうしようもない名残惜しさは、空が気持ちよかったせいではないのだろう。

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