第6話 美少女と空を飛ぶ

①「……似合ってるよ」


「波だ!」


「……」


「ビーチだ!」


「……」


「海だぁーーー‼︎」


 ……うるさ。


「やっふぅーーーい!」


 蛮族みたいな声を上げながら、恭弥は波打ち際に駆けていく。

 嘆かわしいことに、他にも同じようなやつが何人もいた。


 修学旅行二日目は、海での自由時間とマリンスポーツにあてられていた。

 あらかじめ種類と時間を決めて申し込んでおいた、あれだ。


 派手な海パン姿の恭弥は、早速ゴーグルを着けて浅瀬に寝そべっていた。

 一方、俺は地味なスイムパンツとパーカー系のラッシュガード。

 ちなみに、あんまり水に入る気はない。


 いや、俺たちの格好はどうでもいいのだ。

 そう、問題は……。


「うわっ、恭弥もう入ってるじゃない! ずるっ!」


 俺の背後から、そんな張りのある声が飛ぶ。


 振り返っていいのか、よくないのか。

 迷った末、俺は意を決して身体の向きを変えた。

 どうせ他に選択肢はないのだ。


「楠葉くん、お待たせ」


「水着姿もショボいわねー、楠葉」


「……」


 雛田と須佐美は、完全にビキニ姿だった。

 パーカーこそ羽織っているが、当然足は太ももまで出ているし、へそも肩も胸元も丸見えだ。


 思わず、黙ってしまう。

 不自然かと思ってまだサングラスを温存していたのが間違いだった。

 目のやり場に困る。

 いや、目がいってしまう。


「どう? 楠葉くん」


「……聞くな」


「見惚れてるのよねー。あーあー、やだやだ」


「……くそぅ」


 それに関しては、肯定も否定もできない。

 っていうか察しろ。

 察してください、お願いします。


「ん? そういえば、理華はどうした」


「ああ、理華なら」


「あ、いた! こらー! 早く来なさいよー!」


 近くのヤシの木に向かって、雛田が手を振る。

 見ると、細い幹に隠れるようにして、理華がひょこっと顔を出していた。


 ……。


「もうっ。往生際が悪いわね」


 雛田は呆れたようにそう言って、理華の後ろに回って背中をトンっと押した。

 「ふえっ!」という声を上げながら、理華がよろよろと木陰から飛び出してくる。


「うぅ……冴月ぃ」


「……」


 ……マジか。


「ほら、楠葉に見せるために買ったんでしょ、水着。隠れてたら意味ないじゃない」


「ちちち、違いますっ!」


 怒ったように、それからひどく照れたように、理華は顔を赤くした。

 そしてパーカーの上から自分の肩を抱き、縮こまるように顔を伏せて、上目遣いで言った。


「廉さん……へ、変じゃありませんか……?」


 変なわけがっ!


「……ないだろ」


「えっ?」


「あ! いや……まあ」


「……」


「……似合ってるよ。……めちゃくちゃ」


「ほあっ」


 俺と理華は、顔をそらして向かい合ったまま、しばらくお互いにもじもじしていた。


 正直、からかってこなかった須佐美と雛田には感謝しかない。

 ただ、ニヤニヤニコニコとこっちを眺めるのも、できればやめて欲しかった。


「……ありがとうございます」


「……お、おう」


 理華はいつの間にか腕を開き、控えめながらまっすぐ立っていた。


 爽やかなミントグリーンのビキニと、白く透き通るような肌があまりにも眩しい。

 汗で額に張り付いた髪も、紅潮した頬も、いつもの凛々しさがない不安げな瞳も、なにもかもがひたすら可憐だった。


 グアム……来てよかったな。


「おぉーー! みんなめっちゃ可愛いじゃん! さすが!」


「あ、来たわね、抜け駆けの恭弥」


「なんだその異名みたいなやつ!」


「一緒に入りたかったのよ、冴月は」


「あー。いやぁー、我慢できなくてつい」


 気楽そうに盛り上がるリア充三人。

 その横で、俺と理華はまだぎこちなさを残したまま、それでもやっと、普通に顔を見合わせることができた。


「……」


 恭弥たちには、聞こえないように。


 でも、理華にだけは、ちゃんと聞こえるように。


 あっさりとそう口にした、恭弥へのくだらない憧れと、幼稚な対抗心。そういうことにしておこう。


「……可愛いよ、マジで」


「ふぇっ……⁉︎」


「……うん」


「……んむぅ~~~っ」


 変な唸り声を出して、理華は両手で顔を覆った。

 それから、ペシペシと俺の腕を叩いて、そのままラッシューガードの裾を掴んでくる。


「廉さん……バカぁ」


「……だな。たぶん、バカになってるわ、俺」


「んむぅ~~~っ!」


 でも、今は理華もバカだと思うぞ、わりと。

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