②「……似合ってる?」


 コンコン。

 軽いノックに反応して、恭弥が「おっ」と声を上げた。


 手前のベッドにいた俺が部屋の入り口まで歩き、ロックを解除する。

 すぐにドアが開かれ、三人娘が現れた。


「来たわよー」


「お邪魔します」


「あら、冷房入れてないのね」


 口々にそんなことを言いながら、理華たちはぞろぞろと部屋に上がり込んだ。

 雛田は恭弥のベッドに。

 理華と、それからなぜか須佐美も、俺の方のベッドに腰を下ろす。


 恭弥はそのままだったが、俺はなんとなく、部屋に備え付けられた椅子に座ることにした。


 ところで当然ながら、三人娘は普段見慣れない格好をしていた。


 雛田はジャージのショートパンツと涼しげなシャツ、須佐美はすらっとした薄手のワンピース、そして理華は、スウェット生地のボトムスにパーカー。


 いつもの制服や私服と比べて、地味だ。

 だがそれでも、三人とも素材がよすぎるせいで、もはや逆に華やかに見える気さえする。

 むしろ、無防備で質素な感じが妙に色っぽい。

 もちろん口に出す度胸はないけれど。


 やっぱりすごいんだな、こいつらは……。


「はい、トランプとウノ」


「俺はジェンガ持ってきたぞー!」


「私タブレットあるから、アプリもいろいろ使えるわよ」


 やたらと用意のいい雛田たちに対して、理華はひとり、感心したように口を開けていた。


 それにしても、張り切ってるな。

 恭弥と雛田はともかく、須佐美までテンションが高いのは珍しい。


 ……しかし、須佐美か。


「……」


 さっきの那智なちとの会話を思い出して、俺はなんとも言えない気持ちになってしまった。


 詮索はしない、とは言ったものの、それはなにも、推測も立てない、という意味ではない。


 特別気になるわけではないにしろ、条件や情報がある程度わかってしまっているせいで、無意識にでもいろいろ考えてしまう。


 まあ那智のやつが大袈裟なだけで、実はとんでもない秘密が、なんてことはさすがにないだろうけども……。


「……っ」


 ふと須佐美とバッチリ目が合い、俺は反射的に顔をそらした。


 すぐにまた横目で盗み見ると、須佐美は不思議そうな、けれどなにかを読み取ったような、複雑な表情をしていた。






「もうすごかったのよ? 理華、しばらくずーっと千歳にしがみついてたんだから」


 しばらくカードゲームやボードゲームでそれなりに盛り上がり、休憩の雑談に入ってすぐの頃。

 おかしそうに、それから得意げに、雛田が言った。


 話題はなにを隠そう、俺も気になっていた『飛行機での理華について』だった。


「さ、冴月! それは……っ!」


「叫んだりはしなかったけど、真っ青な顔で固まって、今にも気絶しそうだったもん」


「あぁーっ! どうして言ってしまうんですか!」


「ほぉー」


 雛田の言葉に、理華は嘆きの、恭弥は楽しげな声を上げる。


 やっぱりそうだったか……。どうやら、あのメッセージは嘘だったらしい。

 理華には悪いが、ちょっとだけ見たかったな、その様子。


 当の理華は涙目になって顔を赤らめ、座ったまま身体を揺すっていた。

 が、後ろから須佐美に抱きしめられているため、あまり暴れられていない。


 仕舞いには「可愛かったわよ」と言って頭を撫でられ、拗ねたように膨れてしまった。


「帰りもくっつかせてあげるから、安心してね」


「へ、平気です! 一度経験したんですから、もう慣れました……!」


「あらそう。じゃあ、助けてあげない」


「……」


「……」


「……千歳ぇ」


「ふふっ。はいはい、ごめんなさい。冗談よ」


 可愛い……。

 くそっ……羨ましいな、須佐美のやつ。

 いや、バカか俺は。


「ねえ恭弥、飲み物ない? 喉乾いちゃって」


「ん、あー。そういえば買い足してなかったな」


 思い出したように恭弥が言う。


 ちなみに、飲み物は各自、ホテルの売店で調達することになっていた。

 どうやら夕食後に買っておいたぶんが、もうなくなってしまったらしい。


「買ってくるかー」


「ああ、なら俺が行くよ」


 そう言って立ち上がると、雛田が意外そうな顔でこっちを見た。


「なにあんた、珍しい」


「べつにいいだろ。種類は?」


 実際は、恭弥を抜いたメンバーで部屋に取り残されるのに気が引けたからだ。

 あとは単に、自分の飲み物を自分で選びたかったのもあるが。


「まあいいけど。じゃあ水お願い」


「はいよ。理華と須佐美は?」


「私は大丈夫です」


「平気よ。ありがと、楠葉くん」


「へい」


 答えながら、財布を持って部屋を出た。

 廊下を歩いて、階段を下る。


 消灯まではまだ一時間ある。

 そのせいか、いたる所から騒ぎ声や話し声が聞こえてきた。

 はしゃいだ連中と何度かすれ違いつつ、売店にたどり着く。


「……ま、お茶でいいか」


 飲み物の棚はやたらとカラフルだった。

 果物系の飲料が多いが、ちゃんとお茶や、日本でよく見る飲み物も普通にある。

 店員にも日本語が通じるあたりは、さすが日本人旅行客の多いグアムだ。


 会計を終え、お茶と水のペットボトルを持って、来た道を引き返す。

 念のため大きいものを選んだせいか、両手が塞がっていた。


「そりゃっ!」


「ひぃっ!」


 突然首元に冷たいものが当たり、俺は思わず変な声を出してしまった。


 なんなんだ、いきなり……。


「あははっ! 楠葉くんかわいーい! ひぃっ、だって」


「……やめろよ」


 振り返ると、紗矢野さやのが腹に手を当てて、愉快そうに笑っていた。

 さっき感じた冷たさは、片手に持ったレモンジュースのものだろう。


 紗矢野は理華たちと同じく、ラフな服装をしていた。

 ピンクのパーカーとショートパンツが涼しげだ。


 ただ、髪はいつものサイドポニーではなく、下ろしてストレートにしていた。

 けっこう、印象が違って見える。


「あ、そういえばどう? こっちの髪型」


「な、なんだよ、どう、って……」


「もうっ。……似合ってる? ってこと!」


 えぇ……。

 なんて答えにくい質問なんだ……。


 っていうか、そんなの俺に聞いてどうするんだよ……。


「……いいんじゃないか」


「え……そ、そう?」


 俺の当たり障りのない答えにも、紗矢野の反応は妙にデカかった。

 そんなに気にしてたのか、髪型。


「……可愛い?」


「……まあ」


 そんな自分の返答に、若干の罪悪感と居心地の悪さを覚える。

 が、否定することもできないので、これが正解、のはずだ。

 これしかないよな……?


「そ、そっか! ……どっちがいいかな? 下ろしてるのと、いつもの」


「えぇ……」


 また困った……。なんて答えればいいんだ……。


 恭弥みたいなリア充なら、こんなときもさらっといい感じの回答ができるのだろうか……。


「……自分の好きな方でいいだろ」


「そ、そうだけどっ……! いいじゃん! 楠葉くんの意見も参考にしたいんだもんっ」


「……」


 難易度、高ぇ……。

 いや、まだ俺には早すぎるって、そういうのは……。


「……下ろしてる方、かな」


「えっ……ホント?」


「……まあ、どっちもいいと思うけど、強いて言うなら……」


「ふ、ふーん……。そっか……へぇ」


 呟くようにそう言いながら、紗矢野は手元のジュースのラベルを見たり、天井を眺めたり、とにかくキョロキョロしていた。


 落ち着かないやつだな。

 まあ、それはいつもか。


 紗矢野は満足したのか、それからは急に普段通りの様子に戻った。

 そして、夕食がどうだったとか、部屋がどうだとか、明日が楽しみだとか、そんなことを嬉しそうに話した後で。


「楠葉くんはなにしてるの?」


 と、聞いてきた。


「……飲み物を買いに」


「じゃなくて。自由時間、誰かと遊んでるの?」


「あ、ああ。一応」


「そっか。誰と?」


 うっ……。

 これは、再びピンチなのでは……。


 理華たちと一緒だってことは、できれば伏せておきたいんだが……。


「夏目くん? 同じ部屋だよね」


「ま、まあ、そんなとこだ」


「ふぅん。……じゃ、私も混ぜてもらおっかな」


「うぇっ」


 なんだって……。


「な、なんでそうなるんだ……」


「だって、もう部活の友達と遊ぶの飽きちゃったんだもん。ね、いいでしょ?」


「いや……よくはないが」


「えぇー」


 紗矢野は不満そうにつんっと口を尖らせた。

 それから俺の腕を掴み、ブンブンと振り回してくる。


「なんでー? 男の子だけで集まってるの? でも楠葉くん、そういうのしなさそうじゃん」


「べ、べつにいいだろ、どうだって」


「意地悪ーっ!」


 苦しい……。


 もういっそ、紗矢野にもいろいろバラしてしまった方がいいのかもしれない。

 が、今回は一度断ってしまった以上、今さら説明するのも気が引ける。


 とりあえず、今日のところはなんとか誤魔化せないもんか……。


「あら、楠葉くん、それに紗矢野さんも」


 そのとき、階段の方から聞き覚えのある声がした。

 見ると、いつものように柔らかい笑みを浮かべた須佐美が、ゆっくりこちらへ歩いてくるところだった。

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