第3話 少年を問い詰める

①「もし廉さんがいるなら」


 期末テスト初日を三日後に控えた、休日の夜。


 夕飯後の食器洗いを終えた俺は、冷えたお茶を一杯飲んでから、リビングに戻った。


「おかえりなさい」


「ただいま」 


 クッションに正座していた理華に返事をして、俺も隣に腰を下ろす。


 夕飯を振舞ってくれた日は、食事が終わった後も、理華はしばらくうちにいることがほとんどだ。


 とはいえなにかやるわけでもなく、ふたりで部屋でゆっくりして、遅くなりすぎないうちに解散する。

 それが最近の、お決まりのパターンだった。


 ……ところで。


「外は暑そうですね」


「……ああ」


 そう、七月の夜は暑い。「外は」と理華は言ったが、クーラーの効いた室内も、充分暑い。

 俺はもちろん、理華もけっこうな薄着をしていた。


「……」


 ハーフパンツから覗く理華の脚は、まるでミルクのように白く、絹のように滑らかに見えた。

 そして、細い。太ももなんかも、その辺の女子のふくらはぎくらいしかない。

 だが、それでも肉付きがなさすぎるという感じでもなく、しっかりと柔らかそうだった。


 いったい、どういう仕組みなんだ……。


「……どうしたんですか?」


「なんでもないですっ」


 あっさり視線に気づかれてしまい、俺は慌ててテレビの方に顔を向けた。


 アホか俺は。

 今はサングラスは着けてないんだぞ……。


 それから、俺たちはのんびりと他愛ない話をして、買っておいたカップアイスを食べた。


 恥ずかしさも、そわそわした気持ちもある。

 けれど、やっぱり基本的には、かなり落ち着いた時間だ。


 誰かとふたりきりなのに、ストレスがないなんて。

 俺にとってそれは、理華以外が相手じゃ、考えられないことだった。


「ですが、やはり千歳はすごいですね。私たちだけでは、どうも引き締まりません」


「ああ。まあ、そうだな」


 理華が言っているのは、恭弥と雛田との勉強会のことだった。

 何度か集まって、理華とふたりでサポートをしてはいるが、須佐美がいたときと比べると、明らかに身が入っていない。


 だが、まあ普通はこんなもんだろう。

 自分たちがどうこうというより、須佐美のやつが異常だったと考える方が自然だ。


「夏休みや旅行も控えているので、どうしてもそっちの話が弾んでしまいますね……」


「すぐ脱線するからな。おもに恭弥のせいで」


「冴月もですよ。勉強会なのに、夏休みの予定がふたつも出来てしまいました」


「もはや勉強より、そっちの話の方が捗ってる気すらするな」


 やれここへ行こうとか、これをやろうとか、リア充どものエネルギーには敬服させられる。

 俺はその手の外出は、修学旅行だけで満腹なんだが。


「期末テストの追試は夏休みですから、ますますテストは大事なんですけどね……」


「ま、赤点ってことはないだろ、さすがに」


 暗記科目を教えるつもりはないから、そこはあいつらのやる気次第だけども。


「……ところで、気になってたんだが」


「ん、なんですか?」


「理華は、夏休みはどうするんだ?」


 俺が尋ねると、理華は少しだけ首を傾げてから、ああ、と短く言った。

 そんな仕草が、いちいちやたらと可愛い。


 調子狂うからやめてくれよ、ホント。いや、やっぱりやめなくていいです。


「実家、帰るのか? けっこう遠いんだろ?」


「はい。ですが、今年はこっちで過ごそうかと。もちろん、何日か戻る予定ではありますが」


「ふぅん、そうなのか」


 意外だな。

 生活費や利便性を考えれば、実家に帰った方がよさそうなんだが。


 まあ俺にとってはその方が……いや、みなまで言うまい。


「……廉さんは、どうするんですか?」


 そう言った理華は、なぜだか少し顔を伏せて、上目遣いに俺を見ていた。


 ほんのりと顔が赤いのは、たぶん暑さのせいじゃない、と思う。


「廉さんはご実家が近いんですよね……? やっぱり、帰ってしまう……い、いえ、帰るんですか……?」


「あー……いや、まあ」


 恥ずかしい。

 けれど、嘘をつくのもおかしな話だった。


「……俺も、こっちにいるつもりだ」


「そっ……! そうですか……」


「おう……。だからまあ、夏休みも……たまに、一緒に」


「わ……わかりました。では、たまに一緒に……」


 理華は明るいような、暗いような、微妙な声音で言った。

 けれど緩んだ口元と細まった目のせいで、喜んでいるのが明らかにわかった。


 まあどうせ、俺も同じような顔になってしまっているんだろうけれど……。


「……去年は、ちゃんと帰っていたんですが」


「え、そうなのか」


「はい。でも……」


「……?」


「今年は……もし廉さんがいるなら、と思って……」


「……」


 ……。


 なんなんだ……この可愛すぎる生き物は。


「れ、廉さんは! どうなんですか……? 去年も、こっちで?」


「いっ……いや……まあ、その」


「……」


「……去年は帰ったよ。でも、今年は……理華がいるかもだったし」


「ほあっ」


「……」


 気づけば、俺たちはお互いに顔をそらして、ついていることなどすっかり忘れていたテレビを、じっと見つめていた。


 嬉し恥ずかし、という感覚が、まさにわかったような気がする。


「……ふたりだけの予定も、決めましょうね」


「……おう」


 むしろ、そっちを最優先で決めてしまいたいもんだな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る