⑤「女の子が苦手なのよ」


 リア充の巣窟、中庭。


「もうすぐ夏休みだ!」


 芝生に敷いたビニール袋に昼メシを広げるなり、恭弥は喧しい声で言った。


 理華と雛田、それから半ば無理やり連れてこられた俺、三人分の視線が恭弥に集まる。

 ついでに、周りの連中も何人か、こっちに注意を向けていた。


 ただでさえ目立つメンバーなのに、これだけデカい声なら当然だ。

 自重しろ、自重。


「そして、修学旅行だ!」


「……うるせぇな」


「なのに!」


 ガバッと両手を頭に当てて、恭弥は嘆くように叫ぶ。

 そのままガクンと肩を落として、今度は弱々しくこぼした。


「なんでテストなんだ……」


 そんなことかよ。


「期末だからだろ」


「なんで期末なんだ……!」


 もうすぐ夏休みだからだよ、アホ。


 だが俺と同じく肩を竦める理華とは違って、雛田の表情は暗かった。


「考えないようにしてたのに……」


「俺も……。でも今日から部活停止って言われて、嫌でも思い出した」


 そうか、もう来週か。

 もともと部活がないせいで、そういう節目を忘れていた。


「しかも、今回は千歳、一緒に勉強できないんだって……」


「そ、そんな……! なんで……」


「修学旅行とか、夏休み前の総会の準備があるからって……」


「ぬわぁぁあ! えらい……!」


「えらい、千歳……! でも私たちはどうすれば……!」


 バカップルはそんなことを言ってから、ギギギと首をこっちへ向けた。

 目尻に涙が滲んでいるのが、なんとなくムカつく。


「廉……助けてくれるよな……?」


「理華! 親友からのお願いよ……っ!」


 やっぱりそうきたか。


 俺と理華は顔を見合わせて、同時にため息をついた。

 どうせ、断ったって無駄だろう。


「ちゃんと、自分たちでも頑張るんですよ?」


「はい! そりゃもう! はい!」


「さすが理華! 好き! 可愛い!」


 やれやれ、と首を振る理華。

 もしかして俺はいらないんじゃないか、と思ったが、「廉もな!」と恭弥に釘を刺されてしまった。


 まあ須佐美が作った基礎があるぶん、前回よりはマシだろうけども。


「ああ、いたいた」


 そのとき、校舎の方から聞き覚えのある声がした。


 見ると、ちょうどその須佐美が、手を振りながらこちらへ歩いてくるところだった。

 隣には生徒会副会長、隠岐おきの姿もある。


「千歳ぇ……」


「須佐美さぁん……」


 恨めしそうな視線を送る恭弥と雛田に、須佐美は申し訳なさそうな笑顔を向けた。

 どうやら状況を察したらしい。


「ごめんなさいね。でも前回もいい結果だったんだから、大丈夫よ」


 縋りついてきた雛田の頭を撫でながら、須佐美が宥めるように言う。


 なにかと大変だな、こいつも。


「ところで、どうしたんですか?」


「ええ。ちょっと、楠葉くんに用があってね」


「俺かよ」


 と言いつつも、そんなことだろうとは思っていた。

 隠岐がいるということは、おそらく要件は生徒会絡み、つまり今で言えば、修学旅行関係だ。


「三組の提出資料、飛行機の席順が書いてない。記入して、放課後に再提出してくれ」


「マジか……」


 そこはたしか、紗矢野の担当だったはずなんだが。

 さてはまるまる一ページ抜かしたな、あいつめ。


「すまん。生徒会室でいいか?」


「ああ。俺がいる」


「了解」


 言って、俺は隠岐の手から紙を受け取った。

 実に手っ取り早いやりとりだ。


 こんな具合に無駄がなく、なにかと話が早い隠岐の性質が、俺は嫌いではなかった。

 常に淡々として素っ気ないが、嫌な感じはしない。

 それが、何度か会議で会ううちに、俺が隠岐から受けた印象だ。


 当然仲よくなれるとは思わないが、一緒に仕事をするなら、こういうやつが理想なのかもしれない。


「それにしても、わざわざ直接来たのか」


「だって、連絡したのに気づいてくれないんだもん、楠葉くん」


「え」


 須佐美に言われてスマホを見ると、たしかにそんな内容のメッセージが送られてきていた。

 どうやら、無駄な手間をかけたらしい。


「それは、悪い」


「ううん。すぐ見つかったから、平気よ」


 本当になんでもなさそうな口調で、須佐美はニコリと笑った。

 かえって申し訳なさが募る。


 準備期間中は、しばらくスマホの確認頻度を増やすとするか。


「そういえば、向こうでスマホってどうなるの?」


 ふと、雛田がそんなことを尋ねた。

 須佐美は理華と話し始めていたので、隠岐に向けて言っているのだろう。


「あ、ああ……えぇ……それは」


 途端、隠岐はそれまでの落ち着きを失って、急におどおどし始めた。

 その不自然な反応に、雛田がキョトンと首を傾げる。


 どうしたんだ、こいつ。


「……わ、Wi-Fiがあるところなら問題なく使えるが……まあ、詳しくはまた伝達が行くから……」


「……わかった。ありがと」


「……ああ」


 消え入りそうな声でそう言って、隠岐はふいっと顔をそらした。

 ほんのりと頬が赤い。


 そこで、様子を見ていた須佐美の口から、「ふふっ」と声が漏れた。


「ごめんなさいね、冴月。隠岐くん、女の子が苦手なのよ」


「えっ、そうなの?」


「ええ。可愛い子は特にね」


「おい、千歳……っ」


 なんだ、その似合わない弱点は。


「なぁんだ。てっきり、嫌われてるのかと思っちゃった」


「生徒会の女の子以外と話すときは、いつもこんな感じなのよ。慣れるのに時間がかかるみたい」


「へぇ~。なんか意外ね」


「まっ、冴月は美人だから、緊張するのはわかるけどなー」


「うんうん、それはそうね」


 隠岐はなにも答えず、ただ居心地悪そうに頬を掻いていた。

 否定しないところを見るに、どうやらマジらしい。


 なるほど、前に紗矢野と話してたときの違和感は、そのせいだったのか。


「……そろそろ行くぞ、千歳」


「はいはい。じゃあ、またねみんな」


「バイバイ千歳ー。隠岐くんもねー」


 からかうようなそのセリフにも、隠岐は気まずそうに頷くだけだった。

 そんな反応を楽しむかのように、雛田があははと笑う。


 いじめてやるなよ。


「そういえば、あの人ですよね? いつもテストで一位を取っている方は。たしか、隠岐静也しずやさん」


「あっ、ホントね! じゃあ千歳より賢いってこと?」


「点数だけを見れば、そうなりますね」


「うーん、可愛い弱点のわりに、すごいやつだったのか」


 言われてみれば、前のテストのときにそんな話があったような気もする。

 だがそうなると、たしかにいろいろと合点がいくかもしれないな。


「じゃっ、放課後はさっそく集合ね! やるわよ、勉強会!」


「おーっ!」


 まあ、俺は資料を隠岐に渡してからだけどな。


 提出は紗矢野に任せてもおもしろそうだが、勘弁してやるとしよう。

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