③「恋の話になったら」
「理華、部屋一緒にするわよね?」
とある日の五限、ロングホームルーム。
教室中がざわつくなか、友人の冴月が私の席へやって来て言いました。
「私は構いませんが、千歳と相談しなくてもいいんですか?」
「うん。今話してきたら、
話題は、修学旅行のホテルでの、部屋のペアについてでした。
組み合わせを決めるため、しばらく話し合いの時間が設けられていたのです。
「陽茉梨……
「そうそう。ちょうど、向こうもひとり余るみたいだし」
余る、というのは、要するにいつも一緒にいるグループの人数が、奇数だということなのでしょう。
事実、私もいつもの三人がどうなるのか、少し心配していました。
名前が挙がった
小柄で、けれど元気で明るい、可愛らしい女の子。
彼女と仲がいい千歳が、うまく調整してくれたのでしょう。
さすがというか、相変わらず抜け目のない人です。
「そうですか。では、私は冴月と」
「じゃあ決まりね。まっ、どうせ部屋移動とかするんでしょうけど」
そう言ってから、冴月は黒板に貼られた紙に、名前を書きに行ってくれました。
あまり埋まっていないのを見るに、ペア決めは難航しているようです。
「理華」
「ああ、千歳」
冴月を待っていると、今度は千歳がこちらへやってきました。
隣には、例の那智さんの姿もあります。
「部屋、遊びに行くわね」
「はい。ありがとうございます、気を利かせてくれて」
「あら。べつに、そんなつもりじゃないわよ」
さらっと言って、千歳はニコニコと笑っていました。
周りに人知れず気配りをして、それをおくびにも出さないところは、なんとも千歳らしいです。
「私が橘ちゃんと一緒でもよかったんだけどねー!」
笑顔でそんなことを言いながら、那智さんが急に、私の手を取りました。
「うーん、可愛いなぁ橘ちゃんは。私も遊びに行くからねっ!」
「は、はい。どうぞ」
勢いに押されて、ついつい反応がぎこちなくなってしまいます。
那智さんとは普段あまり話すことはありませんが、それでもこうして親しげに接してくれるのが、彼女の素敵なところでした。
「修学旅行といえば!」
那智さんは突然、ビシッと人差し指を立てました。
私は少し驚いてしまって、思わず千歳の二の腕にくっつきました。
「いえば、なんなの?」
「ふっふっふ、それはもちろん!」
「恋バナよね」
と、いつのまにか戻ってきた冴月が、私たちの輪に加わりながら言いました。
「そう! さすが冴月ちゃん!」
「まあお約束でしょ。華の女子高生だし」
「カップルも出来そうだよね! ドキドキだなぁ」
那智さんと冴月が、楽しそうにそんなことを言います。
たしかにこういうイベントごとには、恋愛は付きものなのかもしれません。
が、しかし、恋バナとは……。
「冴月ちゃんはいいよねー。イケメンの彼氏がいて」
「アホよアホ。イケメンなのは否定しないけど」
「うわぁー! ラブラブだー!」
ふたりは俄然盛り上がっていました。
その横で私が小さくなっていると、千歳がこちらを見て、ふわりと微笑みました。
「恋の話になったら、一緒に逃げましょうね」
「……そうですね」
よかった。千歳が来てくれるなら、こんなに心強いことはありません。
ただ、私はホッと胸を撫で下ろしながらも、「一緒に逃げる」という千歳の言葉が、ほんの少しだけ気になってしまってもいるのでした。
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