2巻

第1話 美少女と手を繋ぐ

①「放課後、なにか予定ある?」


 ぼっちの昼休みは優雅だ。


 気まぐれな贅沢で買ったコンビニのミックスサンドを、ひとりでのんびりと頬張る。

 周囲の会話や、放送部の溌剌とした声も、華麗に俺の耳を素通りする。

 クラスで唯一の友人、夏目恭弥も部活の仲間とどこかへ消えた。


 それから恋人……いや、まあ、そう、恋人だ。

 俺にとってのそれである橘理華も、いつもの三人娘で中庭にいるらしい。

 さっき、メッセージで連絡が来た。


 そうなると、もう俺に構う人間はこの学校にはいない。

 ひとりになるのも当然といえる。

 が、もちろんそれでいい。


 たしかに少し前のとある出来事によって、俺は以前ほど人との繋がりを拒むことがなくなった。

 が、だからといって、なにもそれですぐに友人が増えたり、自分から進んで交流の輪を広げたりするわけではない。


 あくまで、来る者は拒まず、去る者は追わず、けれどやりたくないことはやらない。

 そういうスタンス。


 考え方が変わっても、俺は根本的にひとりが好きなのだ。

 単純に、誰かと一緒だと疲れるからな。


 そういう意味では、俺はここ最近、あまりひとりになれていなかった。

 このあたりで少しくらい、休養が必要だろう。

 そうだ、そうに違いない。


「……ふぅ」


 ミックスサンドを食べ終え、最後にイチゴミルクで喉を潤す。

 満腹感と優しい甘みのせいで、心地よい眠気が襲って来た。


 穏やかだ。

 このまま、五限開始まで寝てしまおうか。


 そんなことを考えていると、机に置いていたスマホの画面に、メッセージの通知が表示された。

 送り主は『橘理華』。


「……」


 図らずも口角が上がりそうになり、俺は口元を隠すように手を当てた。


 人からメッセージが来て喜ぶなんて、やっぱり俺はどうかしてるらしい。


 いやいや、それも送ってきた相手次第だ。

 誰彼構わず、なんてことは決してない。


 ……まあ、それはそれで恥ずかしいような気も、しないでもないけれど。


 そんなくだらないモノローグも切り上げて、俺は何度か長めの息を吐く。

 そしてなんとなく周りを見渡してから、メッセージを開いた。


『今日は放課後に用があるので、ひとりで帰ってください』


 とのことらしい。

 とことんひとりになる日だ。


 それにしても、一緒に帰るって約束したわけでもないのに、律儀なやつ。


『わかった』


 それだけ送って、スマホを置く。


 俺とあいつのやりとりなんて、まあこんなもんだ。

 お互い、まめにメッセージのやりとりをしたいってタイプじゃない。

 たぶん、もう返事も来ないだろう。


 と、思ったけれど、すぐにまたスマホの画面が光った。

 なにかまだ、用があったのか。


『寂しくないんですか?』


 ……。


「……」


 自然、俺の頭の中に、拗ねたように口を尖らせる橘の顔が浮かんだ。


 なんてメッセージを送ってくるんだ、あいつは。

 これじゃあ、まるで……。


 ……。


『まあ、寂しいよ』


『ふふ。そうですか。夕飯は一緒に食べましょうね』


『おう』


 最後はみかんのスタンプだけがポンっと送られてきて、橘とのやりとりは終わった。


 画面に映る会話を見返して、思わず顔がニヤけてしまう。


 これじゃあまるで、普通のカップルみたいじゃないか。

 俺としたことが、なんてこった……。


 もしかして、俺は自分が思ってるよりも、ずっと今の状況に浮かれているんじゃなかろうか。

 もっとしっかりしなくては……。


 いつのまにか消えそうになっていた眠気を呼び戻すように、俺は机に顔を伏せた。

 目が覚めたときには、このふわふわした気持ちも消えていてくれるといいんだが。


「楠葉くんっ」


「……ん?」


 突然正面から、聞き覚えのない声が俺の名前を呼んだ。

 戸惑いと恐怖を感じながら顔を上げると、そこには。


「やっほー」


「……」


 ……誰だ。


 目の前には、全然知らない女子の顔があった。

 なにがおもしろいのかは謎だが、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。


 名前を知られてるということは、どこかで関わりがあったのか?

 いずれにせよ、声をかけられる理由が見当たらない。


「ちょっと! なんで無反応なの!」


「……なんの用でしょうか」


「しかも敬語!」


 向かいの女子は俺の机に腕と顔を載せ、ひとりでケラケラ笑っていた。

 上目遣いでこっちを見つめてくるので、反射的に顔をそらしてしまう。

 ぼっちの悲しいさがだ。


「同じクラスなんだし、普通にすればいいのに」


「……同じクラス?」


「うわっ! ひどっ!」


 「あんまりだ!」という言葉とは裏腹に、そいつは依然として楽しげだった。


 しかし、同じクラスか。

 言われてみれば、そうだったような気がしないでもない。

 自慢じゃないが、俺は人の顔を覚えるのが絶望的に苦手なのだ。


紗矢野さやの美緒みお! 去年も一緒だよ?」


 らしい。

 そうだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。

 そうだったか?


 そいつ改め紗矢野は、明るいセミロングの茶髪を横でひと括りにした、いわゆるサイドポニーだった。

 丸くて大きな猫目と、少しだけ覗く八重歯が特徴的だ。


 個人的な好みはともかく、かなり美少女の部類だろう。

 『いまどき』という言葉がしっくりくる華やかさと、けれどそれが前面に出すぎない落ち着きがある、気がする。


 俺の高性能センサーによると、たぶん、リア充なんだろう。

 その証拠に、雛田に近い雰囲気を感じる。

 あんなに怖くはないけれど。


「それで、なんだよ、急に」


 用がないなら、早くシェスタしたいんだが。

 とはさすがに言わないでおく。


「今日の放課後、なにか予定ある?」


「放課後?」


「そう、放課後」


 紗矢野は繰り返すように言って、また俺をじっと見つめた。


 なんだ、この展開は。


 これはまさか、あれか。

 ないって答えると、なにか面倒な仕事を押し付けられたり、厄介なことに巻き込まれたりする、そういう流れか。


「……ある」


 嘘も方便、と昔の偉いやつは言った。


 いや、正確には嘘じゃないぞ。

 放課後はさっさとうちに帰って、買ったまま積んである文庫を読むという、大事な予定があるんだ。

 今思いついたんだけど。


「えっ、そうなの!」


「お、おう。まあ」


 純粋そうなその反応に、普通に心が痛んだ。

 罪悪感が働くということは、やっぱりさっきのは嘘だったということだ。


 だが、ぼっちとはこういう生き物なんだ。

 許せリア充。


「うーん。じゃあ今日の会議、私だけか」


「会議?」


「もうっ。さっき先生が言ってたじゃん。修学旅行委員は、放課後視聴覚室で会議って」


「……あ、ああ」


 たしかに、ぼんやりと聞き覚えがあるような気がする。

 だが、それがいったいどうしたんだろうか。


「だから、修学旅行委員、うちは私と楠葉くんでしょ!」


「……そうだっけ」


「こらーっ!」


 怒ったように、けれど楽しそうに、紗矢野はあははと笑った。

 そして、それと同時に思い出した。


 うちの学校では、各クラスの全員が、なにかしらの委員会に所属することになっている。

 大変遺憾なことに、ぼっちであってもその義務は免除されないのだ。

 なんて世知辛い。


 保険委員や掲示委員、風紀委員などは、一年中ちょこちょこ仕事に駆り出される。

 それよりも、一時期だけ忙しく、あとは仕事がない委員会の方が楽だろうと考えて、俺は修学旅行委員になったのだ。


 当然普段はなにも仕事がないので、すっかり忘れていた。

 そうか、ついに来たのか。


「最悪参加はひとりでもいいっぽいから、楠葉くんがダメなら私出るね。部活休めば行けるし」


「あ、まあ……えっと」


 さすがに、そういうことなら事情は変わってくる。


 もちろん会議なんて面倒なので行きたくはないが、これは仕事だ。

 それに、俺がサボることで他の人間が損をするのは気分がよくない。


 一度予定があると答えてしまった手前気まずいが、ここは俺が行くべきだろう。


「ん、どしたの?」


「……いや、平気だ。大した用じゃないから、俺が行くよ。そっちは気にせず、部活を優先してくれ」


「え、うそ。大丈夫なの?」


「ああ」


「……んー、そっか」


 俺が頷くと、紗矢野はなにかを考えるように首を傾げていた。


 ところで、いつまで人の机に腕を載せてるのやら。

 顔が近いせいで、普通にちょっと気まずいんだが……。


「……よし、やっぱり私も行こっと」


「えっ」


 いや、なんでそうなるんだ。


「だって悪いんだもん。それに、ホントはふたりとも参加した方がいいんだし。ね?」


「ま、まあ、そうかもしれないが」


 紗矢野は「じゃあ決まりね!」と言って、ぴょんと立ち上がった。

 初めて顔と腕以外が見える。

 着崩したシャツと短いスカートが、ますますリア充っぽさを強調していた。


「授業終わったらまた来るね。一緒に行こっ」


「いや、現地集合でいいだろ」


「ダメー。楠葉くん、サボっちゃうかもだし」


「サボらないって……」


「いいじゃん! 迎えに来るから、待ってて」


「……わかったよ」


 俺が観念してそう言うと、紗矢野はふふんと満足げに鼻を鳴らした。

 そのままくるりと向きを変え、自分の席へ戻っていく。


 去り際、ひらひらと振られた手に合わせて、サイドポニーが踊るように揺れていた。


 相変わらず、リア充は元気だな。



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こんにちは、丸深です!

今日から、書籍2巻分の投稿が始まります!

毎日投稿しますので、よろしくお願いします!


また各話にコメントいただけると、とっても嬉しいです!

それから、これを機に『☆☆☆』や文字付きレビュー等もつけていただけると、新規の読者さんとの出会いにつながりますので、ぜひお願いします!


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