⑧ 「やめとくよ」(書籍発売時追加エピソード)


書籍発売時に追加されたエピソードです


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「楠葉くん」


 中学二年の、クラス替えがあってすぐの頃だった。


「今からクラスのみんなで親睦会やるんだけど、楠葉くんもどう?」


 愛想のいい、まさにリア充という感じのやつだった。


 きっとこいつはこれから一年間、俺みたいなぼっちや、派手で賑やかな連中の間に立って、このクラスをまとめていくんだろうな、と思った。


 誰からもそれなりに好かれて、誰のこともそれなりに好きになれる。そんなやつなんだろうと。

 だからこそこいつは、みんなが早く打ち解けられるように、そのきっかけの場を作ろうとしているのだろうと。


 いいやつだし、すごいやつなんだろうな、とも思った。


「やめとくよ」


「……なにか予定があるの?」


 そいつが『予定』という言葉を使ったのが、俺には不思議だった。


 『予定』なんてない。

 でも俺には『理由』がある。

 もしかするとそいつの中には、『予定』や『先約』だけが断る理由になる、という前提でもあったのかもしれない。

 俺には共感できない考え方だった。


「いや、ないけど」


「……それじゃあ、なんで?」


「親睦会とか集まりとか、苦手なんだ。気にせず、行きたいやつだけで行ってくれ」


 みんなと仲良くして、大勢で騒いで。

 そんな生き方が自分に合わないことは、それまでの人生ではっきりわかっていた。


 きっかけなんてなくたって、自然とつるむようになる限られた人数で、静かに学校生活を送る。

 俺にはその方が気楽で、性に合ってたんだ。


 だから、わざわざ親睦会なんて、行きたいとは思わなかった。


「……そういう自分の都合で、クラスの雰囲気を悪くするのはよくないんじゃないの?」


 そいつは、軽蔑と不快感のこもった表情と声音で、そんなことを言った。


 意味がわからなかった。

 なんで俺ひとり行かないだけで、クラス全体の空気が悪くなるんだ。

 それに、行きたくない理由がある人間が、なんで雰囲気なんかのために嫌々参加しなきゃいけないんだ。

 ひとクラス分も人間がいれば、中にはそういうやつもいるんだなって、なんでそれで納得できないんだ。


「……ふーん。じゃ、好きにしろよ」


 俺の言葉を聞くと、そいつは顔を歪ませて、吐き捨てるように言った。


 結局その一年間、俺は三人ほどの小さなグループでひっそりと過ごした。

 特にそいつらと友情を育むこともなかったけれど、それなりにうまくやったと思う。

 例のリア充とは、それ以降一度も会話していない。


 今思えば、あいつの感覚の方が正しかったんだろう。

 そこまでは言わずとも、多数派で、優先されるべき立場だったんだろう。

 正直に行きたくない理由なんて答えた俺の方が、そもそもバカだったに違いない。


 俺の価値観は、きっと異物なんだ。

 理解され、受け入れられることのない、バグのようなものなんだ。


 そしてそれに気づけたということが、このくだらない経験の唯一の収穫なのかもしれなかった。


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