③ 「連絡先を……交換、しましょう」


「……」


「……」


 ダメだ、ラチが開かん!


 ここはもう、恥を忍んで言うしかない。

 痛いとこを突かれたら、そのときはなんとかして誤魔化そう。


 出たとこ勝負だ!


「た、橘っ」


「へっ? は、はい!」


 なんとなく、ピシッと背筋を伸ばす俺。

 そして、なぜか橘も同じようにしていた。


「……その、まあ、なんだ、うん。……今度、いつもの5人で遊びに行こうってことに、まあ、なってるんだけどさ……」


「……へ、へぇ」


「き、恭弥が企画してて……橘は、予定とかどうだ? 他の連中はもう了承済みで……まあ、来てくれるかな、とか……」


 やべぇ……人生で初めて、こんな風に友達を遊びに誘っている……。

 しかも、嘘をついている……。


 こんなことを平然とやってのけているとは、やっぱりリア充という生き物は凄い。

 尊敬に値するわ、いやマジで……。

 あ、でも嘘は俺が勝手についてるだけか。


 しかし……いや、さすがにこれはダメだろ、不自然すぎる……。

 断るとかの前に、不審がられるんじゃ……。


「……行きます」


「そ、そうだよな……やっぱりこんなの……えっ?」


「い、行きますって! 千歳ちとせ冴月さつきも来るなら……うん、参加します」


「お、おお……そ、そうか。……え、俺と恭弥もいるけど、平気か……?」


「そ、そんなのわかっています! 自分でそう言ってたでしょう!」


「いや、まあ、そうなんだけどさ……」


「な、なんですか! ホントは来て欲しくないんだったら、そう言ってください!」


「い、いや! 違うよ! わかった! じゃあ、橘も参加するって伝えとく! また場所と日にちは相談することになってるから!」


「わ、わかりました……」


 ふぅ……。

 なんだかよくわからないが、うまくいったらしい。

 この際、結果オーライだ。あとはちゃんと須佐美すさみに口裏を合わせてもらって……って、なんかこれ、騙してるみたいで悪いな……。


「……そ、それでは、そういうことで」


「お、おう……」


 とうとう橘はスッと立ち上がり、ゆっくりと玄関へ向かっていった。

 どうやら帰るらしい。

 正直、嬉しいタイミングだ。

 これ以上は少し、メンタルへの負担が大きすぎる。


「……楠葉さん!」


「え、な、なんだ?」


 部屋を出る寸前、橘が妙に大きな声を出した。

 身体の前でスマホを構えて、気まずそうに顔を伏せている。


「……あの、れ、連絡先を……交換、しましょう。し、しませんか……?」


「……あ、あぁ」


「か、風邪で! 今回の風邪で、ご迷惑をお掛けしましたし……お互い連絡先を知っていれば、もっと融通が利いたというか……便利ですし……何かと」


「そ、そうだな……タダだし」


「そう! タダですし! ……それに、友達ですから……」


「あ、あぁ。友達だしな……」


 なんだかおかしなやり取りの後、俺たちはメッセージアプリのIDを交換した。

 画面に橘のアカウントのアイコンが表示され、トーク画面になる。


「……アイコン、みかんじゃん」


「た、『橘』という字は『柑橘類』の『橘』ですから。そこから……」


「ふ、ふぅん」


「き、興味ないなら言わないでください!」


「いや、悪い」


「本当に興味ないんですか!?」


 橘にしては珍しいテンションのツッコミ。

 なんだかおかしくなって、俺たちは肩を震わせて笑った。

 狭い玄関で、二人して笑った。


「……じゃあ、楽しみにしてる」


「はい。……私も」


 ドアを閉めて、橘の足音を聞く。


 疲れた……。


 でも、なぜだか俺は、この疲れを心地良く感じていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る