② 「……帰らないのか」
ダブルデート、というと大袈裟というか気恥ずかしい限りだが、つまりは俺と恭弥と雛田と橘、四人で遊びに出かける、ということだ。
明らかに俺より乗り気な恭弥と雛田が場所、時間のセッティングをしてくれたとはいえ、まだ重要な問題が残っていた。
何を隠そう、それは。
「……あー、その、なんだ、橘よ」
「な、なんですか……。そんな、挙動不審に」
「うぐっ……」
予想よりも鋭かった……。
いや、誰でもそう思うか、これだけ不自然だと。
ちなみに、今日は風邪から完全に復活した橘からの看病お礼ということで、手料理を振る舞ってもらっていた。
メニューは俺のリクエストにより、ハンバーグとクリームシチューだ。
しかし、学生服同士でテーブルを挟んで向かい合っているというのは、なかなか慣れないもんだな。
「それで、なんなんですか」
「あー、いや、うん……。まあ……う、うまいです、料理が」
「……ありがとうございます」
訝しむような表情を浮かべながらも、橘は嬉しそうだった。
シチューをスプーンですくって、小さな口に流し込む。
「それにしても、楠葉さんは毎度毎度、よく私の料理で満足しますね。せっかくのお返しなんですから、もっと他のことにしてもいいのに」
「いや、それはない。橘の料理以外でめぼしいものなんて、思いつかん」
「そ、そうですか……」
本来の目的も忘れてそんなことを熱弁してしまう。
しかし、それくらいに橘の料理のクオリティは抜群だった。
技術的なこともそうだが、なにせ味付けが俺好みなのである。
「べつに、これくらいなら何もなくても作ってあげますよ」
「いやぁ、それだと悪いだろ、さすがに。手間も掛かるし」
「……気にしなくていいのに」
橘が小さな声で何かをぼやいたが、ギリギリ聞き取ることはできなかった。
もしかすると、なにか不満を口にしたのかもしれない。
ちょっとだけ意気が削がれる思いだった。
俺の役目。
それは橘を、誘うことだった。
「廉が誘うことに意味があるんだよ」とは恭弥の言である。
が、俺には到底そうは思えない。
っていうかそもそも、なんて言って誘えばいいんだよ……。
「二人で恭弥たちのデートに混ざろうぜ!」とか、アホとしか思えないだろ……。
なんでわざわざ、一緒に友達カップルの邪魔をしに行かないといけないんだ……。
「食べないんですか? 冷めてしまいますよ」
「あ、あぁ! 悪い……」
ふぅ……、危ない危ない。
なんとか怪しまれないようにしなければ。
そもそも、この四人ってどういう組み合わせなんだよ。
べつに仲良し四人組ってわけでも、共通の趣味があるわけでもない。
特に俺と雛田、橘と恭弥は、実際には友達なのかすら不明だ。
そりゃあ、須佐美を足した五人でよく集まったりはしたけど……じゃあ須佐美はどうなったんだ、って話だ。
ちなみに恭弥いわく、今回は須佐美を誘うのはなし、だそうだった。
理由は不明だが、助けてもらう身だ、文句は言うまい。
しかし、くそっ……もっと作戦を練ってから臨むべきだったか……。
こういうところに、如実に経験値の無さが現れるな……。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまでした」
手を合わせて、同時に言う。
とうとう、食事が終わってしまった。
食器を運んで、流しに置いておく。
うーん、いったいどうすればいいんだ……。
「……」
「……」
妙な無言が続く。
橘は黙って俯いており、俺は心の中で唸っていた。
「……」
「……」
いや、そうか。
須佐美もいることにしよう。
あいつも含めたお約束の五人で遊ぶことにして、あとで須佐美に連絡してドタキャンしてもらう。
これなら、まあ、変じゃないだろう。
よ、よし。
「……」
「……」
……なんて言えばいいんだ。
そもそも、五人で遊ぶならなんでわざわざ俺から誘うんだ。
普通雛田とか須佐美から話が行くもんだろ。
いやもっと言えば、こんな集まりに俺が参加するっていうのがまずおかしい。
ダメだ、話に整合性が取れてなさすぎる……。
でもそりゃそうだ、このイベント自体、どう考えてもイレギュラーなんだから。
「……」
「……」
そして未だに続く無言タイム。
俺の作戦も振り出し。
さて、ホント、どうしたもんだろうか……。
しかしそう言えば、なんで橘のやつ、ずっとここにいるんだ?
メシも済んだんだし、帰るって言い出すのが普通だと思うんだが……。
チラッと様子を伺うと、橘はなぜか、顔を強張らせて固まっていた。
口を開くでもなく、立ち上がるでもなく、ただじっとしている。
「……どうした?」
「ふぇっ! な、なんですか!」
「い、いや……帰らないのかと思って」
「そ、それは! ……べつに。か、帰って欲しいならそう言えばいいじゃないですか!」
「ち、違うって! 暇だし、いてくれたらありがたいけど、そっちもそっちで、家でやることとかあるんじゃないかと……」
「なっ! ……と、特にありませんよ。やることなんて」
「そ、そうか?」
「そうです!」
でもまあ、ここにいても同じくやることはないんだけど。
そんなことを思いながらも、あえて口には出さないでおいた。
なにせそれで橘が帰ってしまったら、俺の目的が達成できなくなるわけだし……。
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