第10話 美少女が嫉妬する
① 「好きなら好きって言えばいい」
「うっ……ぐずっ……うぅ……廉……」
「……」
放課後、俺たち以外に誰もいなくなった教室で、恭弥はぼろぼろと泣いていた。
さすがの爽やかイケメン恭弥でも、普通に汚い。
「俺は……嬉しくって……うわぁ……」
「……暑苦しいな」
俺の言葉にも、恭弥はどこ吹く風で泣き続けた。
いい加減、恥ずかしいからやめて欲しいんだが……。
「ほら恭弥、こんなことで泣かないの」
「だってぇ……!」
なぜか同席している雛田が、恭弥の涙を拭きながら俺の方をジト目で睨む。
っていうかマジで、なんでいるんだよ、こいつは。
そして、こんなこと、って言うな。
「それにしても、楠葉ってホントにヘタレね。告白ぐらい勝手にすればいいじゃない」
「ばっ! ……デカい声で言うなよ。それに、べつに告白するってわけじゃないぞ」
「はぁっ?」
雛田が呆れたような声を上げた。
が、本当なんだから仕方ない。
そもそも俺が恭弥に頼もうと思ったのは、これからどうすればいいのか、それを考えることだ。
俺だけでは選択肢を捻出することですら難しいから、こういうことに強い恭弥の案を聞こうと思っただけ。
「ってことだから、勝手に進めるなよ、話を」
「意味不明ね。好きなんじゃないの、理華のこと」
「……ち、違いますぅ」
「うんうん、いいんだぞ廉。素直になれない気持ちはよくわかる」
いつの間にか泣き止んでいた恭弥が、実に不本意な共感を口にする。
だから、違うんだって。
……たぶん。
「……自分の気持ちとか、そういうのも含めて相談したかったんだよ。今回ばっかりはお手柔らかに頼む、マジで」
「なに辛気臭いこと言ってるんだか」
「ぐっ……」
「まあまあ冴月。せっかくあの廉が前に進もうとしてるんだし、許してやろうぜ」
「好きなら好きって言えばいいのよ。で、フられたら泣いて、反省して、切り替える。それだけでしょ」
なんとも逞しい意見を述べる雛田。
正直、言ってることは正しい気もする。
けれど、俺は本当にわからないのだ。
自分が橘を、好きなのかどうか。
「好きだって、絶対」
「なっ……なんでそんな……」
「見てればわかるんだよ。親友だからな!」
そう言って、ニカッと眩しい笑顔を向ける恭弥。
普通にうっとうしい。
「廉はどうすればいいか、なんて言うけどさ。大事なのは廉が、どうしたいのか、ってことだろ。なにが正しいとか、そんなの無いんだから」
「そ、それは……そうかもしれないけど」
「べつに俺は、廉が橘さんを好きだってことにしたいわけじゃない。ただ、廉が自分でこうしたいって決めたことを、全力で手助けする。でも、何がしたいのかは、廉が自分で決めなきゃダメだ」
いつになく真剣な口調で恭弥が言った。
間違いなく、その通りだ。
いや、本当はそんなこと、言われなくてもわかっていたんだろう。
だったらどうして、俺はこんなに困っているのか。
こんなに、自分と向き合えずにいるのか。
その答えも、実はもうわかっている。
「で、どうしたいのよ? あんたは」
じれったそうな顔で、俺を見つめる雛田。
対照的に、恭弥はニヤニヤと、なにかを楽しみに待つような浮かれた表情をしていた。
自分と向き合ってしまえば、きっと俺は正しい自分の気持ちに辿り着いてしまう。
そうなるのが怖くて、受け入れることを怖がって、俺は前を向けずにいるに違いなかった。
俺が……どうしたいか。
「……俺は、橘のこと、好きだと思う」
「おおっ!!」
「はぁ……。それで?」
「……でも、だからってどうすればいいのか。いわゆる、付き合うってことを望んでいいのか、わからない。今の関係が変わるのが怖いのかもしれないし、今のままで満足してるのかもしれない……」
「……おう」
「だって、前よりもずっと、もう意味がわからないくらい、楽しいんだよ。これ以上、なにを望むことがあるんだ。欲張って、それで失ったら、もう取り戻せなくなる。そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ」
いつのまにか、そう思ってしまっている。
傷ついてもいいと、そう思って関わることを決めたのに。
「……だから、どうしたいのよ」
恭弥と雛田は、俺を急かさなかった。
ただそれぞれの表情で、それぞれの視線を俺に向けていた。
「……でも、もっと橘と仲良くなりたい。橘に恩を返していきたい。あいつが困ったら、悲しんだら、助けてやりたい。きっと、これが好きってことなんだと思う。恋人になりたいわけじゃないけど、それであいつを守れるなら、俺はそうしたい……」
「お、おぉぉぉお!!」
「……あいつが嫌じゃないなら、だけど……」
最後に弱音を付け足して、俺は机にガバッと顔を伏せた。
完全にエネルギー切れだ。安いプライドも、気力も、体力も、全部が空っぽだった。
「はい、自己陶酔タイム終わりね。で、どうするの?」
「自己陶酔タイムとか言うなよ……」
相変わらず辛辣なやつだな……。
「いやぁ、廉! 俺は嬉しいよ! お前の成長が!」
「あーあー! もういいから、どうすればいいんだよ!」
「つまり、だ。もっと橘さんと仲良くなりたいんだろ? どんな形であれ!」
「もう付き合いたい、でいいじゃない。ホントヘタレよね、あんた」
「う、うるせぇな……」
「まぁまぁ冴月。でも、どっちでもやることは一緒だ。俺の中では、もう決まってる!」
「な……なんだよ?」
「なんなの?」
俺と雛田が尋ねると、恭弥は腕を組み、わざとらしく得意げに笑い声を上げた。
「ふっふっふっふ! もちろん!」
嫌な予感がする。
けれど、こうなることも、俺はもうわかっていたのかもしれなかった。
「ダブルデートさ!!」
リア充には敵わない。
結局俺は、そう思わざるを得ないのだった。
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