第9話 少年は思い知る
① 「私は仲間はずれ?」
「ってことだから、その子たちはもうちょっかいかけてこないと思うわ。安心してね、楠葉くん」
ある日の昼休み、俺は恭弥に連れられて、中庭で
須佐美は俺を見るや否や、なぜかニヤニヤと腹の立つ表情をした後、「ありがとう」と言った。
何に対する礼なのかと首を傾げていると、須佐美は先日の橘襲撃事件の後日談を話し始めたのだった。
「相変わらず、恐ろしいほど手際がいいな、あんた」
「可愛い理華のためだもの、当然よ」
話によれば、橘からあの一件について聞かされてすぐ、須佐美はあの女子二人を特定し、直接接触したらしい。
そこからはなんの工夫も策略もなく、やめろ、と釘を刺したそうだ。
それだけで本当に常習化を止められるのは、さすが須佐美というところだろう。
極め付けには、あの一ノ瀬というらしい男子にもコンタクトを取り、なんらかのダメ押しをしたらしい。
「でも、私はあの子の身を守っただけ。理華の傷を癒したのは楠葉くん、あなたよ」
「そうか?」
「そうなの」
須佐美はクスッといやな笑い方をした。
いやな、という表現は適切ではないかもしれないが、これ以外に言葉が思いつかない。
「それにしても廉よ! もういよいよ誤魔化せなくなってきたんじゃないのか?」
「……なにが?」
やたらとテンションの高い恭弥が、俺の肩に腕を回してきた。
普通に暑苦しい。
「とぼけるなよぉ。橘さん、好きなんだろ?」
「……違うって」
「あ、今変な間があったぞ」
「うるせぇな……」
恭弥はすぐにこうして、恋愛を持ち出してくる。
高校生なら当然なのかもしれないが、正直俺には手に余る。
「っていうか、須佐美の前でそういうこと言うなよ……」
「あら、どうして?」
「どうしてって……気に入らないんじゃないのかよ」
「そんなことないわよ、冴月じゃあるまいし」
またクスクスとした笑み。
こちらを見透かしたような、須佐美特有のこの笑い方。
あぁ、そうか。いやなんじゃない。
俺はこの笑みが、怖いんだ。
隠していることが、そして俺自身が気づいていないことが、全部知られているようなこの笑い方が。
「それどころか、私はけっこうお似合いだと思うわよ。理華と楠葉くん」
「俺も俺も! なんか二人ともマイペースなのに、そのペースが同じっていうかさ」
「そうだとしても、恋愛に結びつける理由にはならないだろ。友達でいい」
「出たー、廉の偏屈論破」
「誰が偏屈だ誰が」
得意技みたいに言いやがって。
「でも、理華がどう思ってるかはわからないでしょう?」
俺への追求は止まなかった。
いつもなら恭弥ひとり言いくるめれば済むのだが、今日は相手が多い。
しかもそれが須佐美となると、余計に厄介だった。
「お、そうだぞ廉。橘さんが廉のこと、好きかもしれないじゃん」
「……だとしても、俺の身の振り方は変わらないだろ」
「変えてもいいし、変えなくてもいいのよ。それでどうなるかも踏まえて、選べばいいわ」
「いやぁ、俺は付き合ってほしいなぁ、廉と橘さん」
「ふふっ。まあ、それは私もそうなのだけれどね」
「……勝手なことを」
静の須佐美と動の恭弥。
この二人のコンビはなかなかに凶悪だった。
それにしても、須佐美が肯定的なのは意外だな。
てっきり雛田みたいに、橘のことを守りたがるものかと。
「守りたいわよ、もちろん」
俺が自分の考えを伝えると、須佐美は当然だと言うようにまた笑った。
「……じゃあ、なんで」
「わからない? 守りたいから、あなたと一緒になって欲しいのよ。あの子、あれで案外、弱いから」
「……わかんねぇよ、いろいろと」
「付き合ったらダブルデートだぞ! 約束だからな!」
「あら、なにそれ。私は仲間はずれ?」
「トリプルデートでもいいぞぉ! でも須佐美さん、彼氏いたっけ?」
「さぁ、どうかしらね」
煙に巻くように、いつもの笑顔を浮かべる須佐美。
人のことはあっさり見破るくせに、自分のことは明かさないとは。
まあ、べつに特段興味があるわけじゃないけれど。
「っていうか、勝手に決めるなよ」
「いいじゃん! もし付き合ったら、の話なんだから!」
「そうね。もしもの話よ」
「……もういい」
二人に背を向けて、さっさと中庭を出ることにした。
須佐美は「それじゃあね」と言ってあっさり引き下がったが、恭弥は案の定追いかけてきて、また無理やりに肩を組んできた。
「素直じゃないなー、廉は」
「やめろって。うっとうしい」
「いいじゃんかー、親友なんだから」
「……暑いんだよ」
「おっ! 親友は否定しないのか! くぅーっ! 成長したなぁ、廉」
くそっ……俺としたことが。
まあ、今さらそこを否定したところであまり意味はないだろう。
それに、否定する気もない。
俺に親友がいるとすれば、それは間違いなく恭弥のことなのだから。
「廉」
「……なんだよ」
「せっかくちょっとずつ変わってきたんだ。それも、良い方向に。だからさ、自分の気持ちに嘘つくのだけは、やめとけよ?」
「……わかってるよ」
急に真面目な口調になった恭弥に、俺は軽口を叩くことができなかった。
俺がこっそり縮めていた、踏み込んで欲しくないラインまでの距離。
それをあっさり見破って、自然に最短距離まで詰めてくる。
こういうところが、こいつの良いところであり、俺が苦手なところなのだろう。
「わかってるならいいや。あんなこと言ったけど、本当に廉が橘さんを好きじゃなくて、このままでもいいなら、そうすればいい。でも、やっぱり橘さんが好きで、助けが欲しくなったら、その時は絶対に俺を頼れよ?」
「……言われなくても、お前しかいないんだよ、俺には」
「あはは、そうだった」
「うるせぇ。否定しろや」
「親友に嘘はつけないんだ、義理堅いから」
「ホントに義理堅いやつに謝れ」
やれやれ、調子のいいやつだ。
……まあ、たしかにこいつは、嘘はつかないんだろうけど。
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