⑥ 「俺は、橘が好きだよ」
俺は自分でも思いがけず、グイッと橘の方に顔を向けてしまった。
「は? なにがだよ?」
そう聞き返しながらも、俺には橘の言わんとしていることがわかった。
わかったからこそ、俺の語調は少し、俺の想定していたよりもほんの少し、荒くなってしまっていた。
「私です。理屈っぽくて、愛想がなくて、つまらない。それが橘理華でしょう?」
俺は怒鳴りそうになって、咄嗟に自分の心を押さえつけた。
だが、怒りは収まらない。
「楠葉さんも、私のことをそう思っているはずです。外見だけの、嫌な女。そうなんでしょう?」
「……」
俺は胸に手を当てた。
深く息を吸って、ぐちゃぐちゃの頭を整理する。
俺の中には憤りがあった。
では、その対象はなんだ。
強いはずの橘の、卑屈な言葉か。
橘を傷つけた、あの女子たちか。
それとも答えがわからない、愚鈍な俺自身か。
わからない。
でも、これだけは言える。
これだけは言わなければならなかった。
「俺は、橘が好きだよ」
「……えっ?」
「お前が自分のことをどう思っていようと、俺は橘に感謝してる。本当に、心の底から」
「……あの」
「強すぎて、冷たくて、真面目で。でも思いやりがあって、俺なんかのことを受け入れてくれる橘が、外見なんて無関係に、ちゃんと好きだよ」
橘は驚きを隠せない顔をしていた。
小さな両手を口に当てて、目を見開いて黙っている。
だが、これが俺の本音だった。
そしてこんなことは、今みたいな場面でないと、絶対に言えなかっただろう。
多少誤解を招く言い方だったかもしれない。
けれど橘なら、きっと正しくこの言葉を理解してくれるはずだ。
「俺よりあいつらの言葉を信じるって言うなら、俺はもうなにも言わない。でも、あいつらは他人で、俺はおまえの友達だ。絶対に、俺の言うことの方が正しい。橘は良いやつだ」
「……」
「だから俺は、そんな橘と友達でいたいんだよ。お前だって、俺にそう言っただろ」
そこまで言い切ってから、俺はロースターの上の焦げた肉を網の隙間から炎の中へ落とした。
気恥ずかしさのせいで、橘の方を見られない。
熱くなった顔を冷やすために飲んだコーラも、気が抜けてすっかりぬるくなっていた。
「……楠葉さん」
「……なんだよ」
「……ありがとうございます」
「いいって……」
それだけ言葉を交わして、俺たちはまた、黙々と肉を食った。
チラッと横目で見た橘の顔は、どういうわけかすっかり明るくなっていた。
なんだ、案外大したことなかったのか?
互いに満足して店を出る頃には、橘は完全にいつもの調子に戻っていた。
「やっぱり、焼肉の効果は絶大です」
「はいはい、よかったな」
二人で並んで歩きながら、橘は上機嫌にそんなことを言う。
元気になったならなんでもいいけれど、意外とアップダウンの激しいやつなんだな、こいつは。
「……楠葉さん」
「なんだよ、今度は」
「私、わかりましたよ」
「なにが?」
「結局人間というのは、誰からも好かれることはできないのです。好き嫌いがあって当然。なのにこと人間関係になると、人はそれを忘れがちになる」
「……それで?」
「結論として……私は、自分が好きな人にさえ、好きでいてもらえればそれでいいんです」
「……そうだな」
俺だって、まるっきり同じ考えだ。
だけどそう思えるようになったのは、お前のおかげなんだよ、橘。
「それにしても、急に元気になったなぁ、お前」
「そっ……そんなことありません」
「そうか?」
「そうですよ」
「そうかなぁ」
「そうですってば!」
いじけてしまいそうなので、これ以上の追求はやめておくことにした。
橘の顔が赤く見えるのは、きっと気のせいに違いない。
だから俺の顔が熱いのだって、絶対に、間違いなく、気のせいだ。
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