第8話 美少女が気づく

① 「橘さんとお前は、友達じゃないよ」


「おい、廉よ」


「なんだよ」


 昼休み、俺は恭弥に誘われて、中庭でメシを食っていた。


 中庭と言えばリア充の巣窟。

 俺も今日、初めてまともに足を踏み入れた。


 芝生が広がり、ベンチや木のテーブルが置かれている。

 たしかに居心地というか、利便性は悪くない気がする。

 相変わらずそこかしこにリア充がはびこっていること以外は、案外良いところなのかもしれない。


「お前、なんかあった?」


「……どういう意味だよ」


「いや……なんか顔色がいいというか、いつもの負のオーラが薄いというか」


「気のせいだろ」


「嘘つくなよ。俺が気づかないとでも思ってるのか?」


「って言っても、何も無いしなぁ、実際」


 普通に嘘だった。

 水族館での一件以来、俺の中で何かが、少しずつ変わり始めている。

 でもそれをあっさり見破られるのは、いくら相手が鋭い恭弥でも癪だった。


「橘さんだな?」


「……誰だそれ」


「誤魔化し方下手すぎだろ」


 不覚にもアホなことを口走ってしまった。

 ただ、それも仕方ない。

 一発で言い当ててくるところはさすがリア充。

 むかつくほど的確だ。


「やっぱりなんかあったか」


「……べつに、ちょっと考え方が変わっただけだよ」


「いやそれ、廉にとっちゃ大事件だろ!」


 恭弥は思いのほか驚いた様子で、片手にパンを持ったまま跳び上がった。

 どうやら大袈裟ということもないらしく、興奮した様子で目を輝かせている。

 わりと暑苦しい。


「中庭誘っても嫌がらないから、おかしいと思った! てっきり寝ぼけてるのかと!」


「うるせぇな……」


「どういうことなんだよ! やっぱりきっかけは橘さんか? ん? いい感じなのか? 付き合う?」


「そういうんじゃないって」


「じゃあなんなんだよ! 親友の俺を差し置いて、橘さんと何があったんだよ!」


 恭弥はしつこいくらいににじり寄ってきて、仕舞いには俺の腕にしがみついてきた。

 有名人の恭弥と見知らぬモブの変なやりとりが珍しいのだろう。

 周りの連中の視線が俺たちに容赦なく注がれる。


 周囲の目はいいとしても、いよいよ本格的に恭弥がうっとうしい。

 とりあえず、ややこしいところはボカして、ある程度話しておくか……。


「た、橘さん……いい子だ……」


 俺が一見詳しそうに聞こえる雑な説明をすると、恭弥は感激したように胸を押さえていた。

 やっぱりこいつはアホらしい。

 まあ、そこがいいところなのかもしれないけれど。


「そして廉……お前も成長して……俺は……うっ」


「泣くなよ、バカ」


「泣くだろ! 俺はもう、嬉しくて……」


 恭弥はまるで、ダメな子供の更生を喜ぶ親のような顔をしていた。

 褒めるのか貶すのか、どっちかにして欲しいもんだ。

 たぶんこいつのことだから、貶しているつもりなんて本当にないんだろうけれど。


「で、橘さんとはどうなんだ!? 付き合う!?」


「付き合わん」


「なんでだよ!」


 酷くガッカリしたような怒号を上げる恭弥。

 耳を塞ぎながら睨むと、恭弥は大きなため息をつきながらまた座った。 


「橘さんは絶対! 廉のこと好きだって!」


「ないな。あんな美少女が」


「あんな美少女と、そんなに仲良いんだからチャンスだろ!」


「そういう関係じゃないんだって。俺とあいつはただ、友達なだけで……」


「廉はバカだなぁ」


 俺が言い終わる前に、恭弥はそんなことを言ってのけた。

 ニヤリと口角を上げて、わざとらしく八重歯を見せる。

 それから靴を脱いで、ベンチの上にしゃがむようにして膝を抱えた。


「……なんだよ」


「お前、女の子の友達いたことないだろ?」


「……まあ」


 止むを得ずそう答えた。

 べつに悔しくはないにしても、恭弥の顔がむかつく。


 ってか、だったらなんだって言うんだよ。

 リア充の考えてることはさっぱりわからん……。


「男女問わず友達いまくりな俺に言わせるとな、廉」


「……」


「橘さんとお前は、友達じゃないよ」


「……なんでだよ」


「男女の友達って、普通はそんなに仲良くないからな、単純に」


「……そんなの人それぞれだろ。ってか、仲良くないぞ、べつに」


 俺の反論にも、恭弥は全く怯む様子も見せず、むしろ勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 人を食ったような、それでいて人懐っこいこの笑顔。

 これが恭弥の武器であって、俺には無いものだった。


「もちろん人それぞれだよ。でも、廉も橘さんも、異性の友達と仲良くするタイプじゃない」


「……勝手に決めるな」


「決めてるんじゃないよ。橘さんはともかく、少なくとも廉のことはわかる。なにせ俺は、お前の親友だからな」


「……うるせぇっ」


「うわぁっ!!」


 しゃがんでいた恭弥を、ぽんっと強く押す。

 バランスを崩した恭弥は暴れるようにベンチの背もたれに捕まり、ギリギリ倒れるのをまぬがれた。

 さすが、運動神経だけはいいな。


「何すんだよ!」


「警告」


「恐いな!」


 恭弥は叫びながらベンチに座り直し、靴を履いた。

 少しは懲りたらしい。


 考え方が変わったとは言え、そんなハイレベルな詮索に耐えるにはまだ、俺には余裕がないんだよ。 


「まあでも……良かったよ。本当に」


「……しみじみ言うなって」


「ダブルデートも夢じゃないな!」


「一生寝てろ」


 まだ諦めてなかったのかこいつは。


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