⑥ 「理華をお願いね、楠葉くん」


 毎日同じメンバーで集まって勉強会をする日々は嵐のように過ぎ去っていき、中間テストはあっさりと全日程を終了した。


 テスト自体は、いつもと変わらない手応えだった。

 強いて言うなら、自然と勉強する時間が増えた分、暗記科目はほぼ完璧だったと思う。


 教師役だった須佐美は特に感想も無いようで、自分よりも教え子二人の出来を気にかけていた。


 そして、肝心なその二人はといえば。


「いやぁー! 気分いいなー!」


「ホント、最高ね!」


「……うるせぇな」


 全ての答案の返却が終わった、その日の昼休み。


 俺たちはテスト結果が貼り出される掲示板の前に、また5人で集まっていた。


 公開されるのは各科目の平均点、赤点ライン、それから得点分布と、合計点の成績優秀者上位20名だ。


 しかし、こんなにしっかりデータが出してあるとは。

 ちゃんと見たのは初めてなので、少し驚いた。

 まあ、さすがはそれなりの進学校、ということなのだろうか。


「全教科平均点越え! いやぁ、俺ってもしかして天才か?」


「私の方が天才よ! 恭弥より合計点良かったし、このまま学年1位も夢じゃない!?」


 アホ二人は上機嫌だった。

 須佐美はそんな二人に笑顔を送り、橘は感心したように拍手している。


 正直、頑張ったとは思う。

 まあ本人たちの努力より、須佐美の貢献度が高い気はするけれど。


 なんだかんだ二人もそれをわかっているようで、何度も須佐美にお礼を言っていた。


「いや、マジで須佐美さんのおかげだよ! ありがとう先生!!」


「ホントにありがと、千歳!」


「どういたしまして。でも、勉強はサボるとまたわからなくなるから、ちゃんと続けてね」


「……ハァイ」


「ハァイ」


 あきらかに気持ちの入っていない返事だ。

 須佐美も見抜いているらしく、呆れたように肩を竦めていた。


「うわ、千歳また2位だ。すごっ」


「さすが先生……。でも、須佐美さんより成績いい人がいるんだなぁ」


 見ると、成績優秀者の項目に、確かに須佐美の名前があった。

 当の本人は少し苦笑いを浮かべて、居心地悪そうにしている。気持ちはわからないでもない。


「いつも同じ人ですよね、一位なのは。たしかあの方は、生徒会の副会長をしている人でしたか」


「やっぱり頭いいんだなぁ、生徒会って……」


「……それに楠葉が6位で、理華が8位」


「なんか……喜んでた俺たちが情けなくなってきたな……」


 恭弥と雛田は一転して、ガックリと肩を落としていた。

 ちゃんと点数は上がったんだから、悲観することもないと思うが。


「周りと比べても意味ないわよ。二人が頑張って、しっかり成果を出した。それは私がちゃんとわかってるもの」


「せ、先生ぇ……!」


「えーん! 千歳大好きぃ!」


 やれやれ、相変わらず感情の起伏が激しいやつらだ。


「えぇー! 私追試じゃん! 最悪!」


「あはは! 美緒みお、アウトー!」


 突然聞こえてきた大声に、俺は思わずビクッとしてしまった。


 やっぱり、こういう大勢が集まるところは体質に合わない。

 リア充たちの活気に当てられて、調子が狂いそうだ。


 俺はまだ騒いでいる恭弥たちを置いて、一足先に教室に戻ることにした。

 人混みをかき分けて、なんとか掲示板から離れる。

 まるで、深い沼の中から抜け出したような気分だった。


「あれ、楠葉さん」


「……いたのか」


 声のした方を見ると、橘が制服の乱れを直しているところだった。

 どうやらこいつも、早々に離脱してきたらしい。


「息が詰まるので、早めに戻ろうかと」


「だな」


 頷き合ってから、俺たちは教室まで並んで歩いた。

 ほんの少しの間なので、わざわざ距離を取るのもそれはそれで不自然だろう。


「じゃあな」


「はい。また」


 まるで普通の友達のように、いつも通りのことのように。


 こんなやりとりができることが、俺にとっては大きな進歩に違いなかった。



     ◆ ◆ ◆



 中間テストが終わると、すぐに一つのイベントがやってきた。


 通称『文化体験』。


 博物館、美術館など、さまざまな文化に触れるのを目的とした課外授業であり、学年全員がバスで遠出するというものだ。

 丸一日かけて、各々が好きな施設を好きな数、好きな順番で回ることができる。


 この説明でわかる通り、要するにリア充御用達のなんちゃって校外学習である。

 教師陣も勉強というよりは懇親会のような扱いをしているようで、選択可能な施設には動物園や水族館、植物園など、どちらかといえば遊びがメインになりそうなものも含まれていた。


 バスを降りて、俺たちは誰からともなく、いつもの五人で集まった。

 正確には、ひとりでさっさと集団から抜け出そうとしていた俺を、恭弥が引き止めてこうなったのだが。


「今日は遊ぶぜー!」


「遊びましょー!」


 合流するや否や、恭弥と雛田は周囲の目も気にすることなく叫んだ。

 ぼやく俺を尻目に、今日の行き先と巡回ルートを楽しげに話し合っている。


「たしか、後でレポート出さなきゃいけないのよね?」


「そうですね。最低でも一箇所は回らないと」


「それさえなきゃ、最高の日帰り旅行なのになぁ」


 そんなことを話してる間にも、周りの生徒たちはどんどん散り散りになっていった。

 少人数、大人数のグループ、それからカップル。みんな当然のように、誰かと一緒に行動している。


「じゃあ悪いけど、俺と冴月は二人で回るから」


「ごめんね? 理華、千歳」


「構いませんよ。どうぞ、ごゆっくり」


「ええ、いってらっしゃい。後でね」


「じゃあなー廉! 橘さんたちをよろしくー!」


 やたら爽やかなウィンクを飛ばしながら、恭弥は雛田を連れて去っていった。


 勝手なことを言いやがって。

 俺はこういうイベントは、ひとりで回るって決めてるんだよ。


「今日は私も別の子たちと行くわ。それじゃあ、理華をお願いね、楠葉くん」


「ち、ちょっと千歳!」


 橘はなぜか、今度は不満そうな反応だった。

 が、そんな橘を置き去りにして、須佐美もさっさと他の集団に混ざっていってしまう。

 さすがはリア充、こういうときでも居場所は多いらしい。


 二人ぽつんと、その場に取り残される俺と橘。

 周りにはもう、あまり人は残っていなかった。


 俺たちは少しだけ顔を見合わせてから、同時に頷いた。


「じゃあな」


「ええ、それでは」


 わざとらしく背を向けて、俺たちは歩き出す。


 自分が行きたいところに行く。

 それが俺たちのスタイルだ。友達といえど、自分のやりたいことを控えてまで一緒に行動しようとは思わない。


 俺は振り返ることもなく、さっさと自分の目的地を目指すことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る