⑤ 「心から感謝しています」
「こんな融通の利かない、協調性もない、自分勝手な私と仲良くしてくれる。自然体の私と友達でいてくれる。そんな二人が、私は本当に大好きなんです」
「……そういうもんか」
「そういうものです。楠葉さんほどではないにしろ、私だって人付き合いは苦手なんです。こんな感じですから」
「そんな感じ、ね」
とっつきにくくて冷たくて、マイペース。
たしかにそれが、橘理華というやつの第一印象だ。
間違いなく、誰とでも仲良くできる、というタイプではないだろう。
悪い言い方をすれば、橘はとびきりの容姿でそれを誤魔化しているのだ。
まあもちろん、わかりにくいだけで、本当は思いやりがあって少し天然で、素直なやつなんだけれど。
そうでなければ、ここまであの二人に大切に想われたりはしない。
それに俺とだって、友達になんてなれないはずだ。
「だから、あの二人には心から感謝しています。そしてきっと、あなたにとっては夏目さんが、そういう存在なのだと思います。形は違えど」
「……そうかな」
首を傾げる俺に、橘は呆れたような微かな笑みを向けた。
「まあいいです。いずれ、わかる時が来るでしょうから」
「だといいけどな」
やれやれ、と首を左右に振る橘。
さっきので、俺が今日かける恥はもう使い果たしてるんだ。
悪いけど、これ以上は諦めてくれ。
「ですが、よかったです。勉強会、楠葉さんが楽しそうにしていて」
「ど、どういうことだよ」
「人付き合いが嫌だと言うから、もっとつまらなさそうにするかと思っていました。安心しました」
「よ、余計なこと観察しなくていいって……」
「だって、自分の友達同士が仲良くしていると、嬉しいでしょう?」
「……いや、べつに」
「もうっ」
拗ねたように膨れる橘は、相変わらず抜群に可愛かった。
しかも普段の様子とのギャップが、魅力を倍増させている。
俺は思わず顔をそらして、前を向いたまま強がりみたいに言った。
「……でも、やっぱり大人数は苦手だよ」
「5人なんて、大人数のうちに入りませんよ」
「いや、俺にとっては入るんだって」
下手な照れ隠しだと、自分でも思う。
俺は楽しかったんだ。
あの5人で集まってわーわーやるのが、新鮮で、でも案外気楽で、楽しくて楽しくて、だから混乱してしまっていたんだ。
これは、進歩なのだろうか。
それとも、一時の気の迷いなのだろうか。
答えはわからない。
でも、それも当然だった。
だって俺には、こんな経験今までなかったんだから。
「それじゃあ、何人ならいいんですか?」
「ひとり」
「そうじゃなくて」
「じゃあ二人。それが限界だ」
五人でも、四人でも三人でも、俺にとってはもうそれは、充分大人数だよ。
「……それなら、二人で勉強しましょうか」
「……え?」
その時、道の隅を歩く俺たちの横を、車が通り過ぎた。
耳障りなエンジン音と風に顔をしかめる。
俺と橘の間に、ためらいの沈黙が落ちた
結局、俺たちは何も言わなかった。
何かを聞き返すことも、言い直すこともない。
ただ二人で黙ったまま歩き続けて、家の前で友達らしい別れを告げた。
「また明日」
「はい。また、明日」
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