④ 「ずいぶんと愛されてるよな」


 結局、勉強会は連日続いた。


 どうやら恭弥と雛田のやる気は存外高いようで、毎日のように俺たち三人をかき集めた。正直須佐美一人いれば事足りる気がするが、当の須佐美がなぜか、


「理華と楠葉くんが来ないならやめとくわ」


 なんてことを言うせいで、俺と橘も参加を余儀なくされていたのである。


 自他共に認める腰の重さの俺を無理やり引っ張り込むあたりは、さすがリア充ども、というところか。



「それじゃあ、二人とも家でここ、やっておいてね」


「はい!」


「わかりましたー!」


 恭弥と雛田のやたら元気な返事で、今日の勉強は締め括られた。毎日だいたい三時間、これで四日目。


 案外よく続くもんだな。これも須佐美のモチベーション管理のおかげだろうか。


「恭弥、タコ焼きと唐揚げ交換しない?」


「ああ、いいぞ。レモンかけてないやつな」


「理華と楠葉くんは、また同じもの食べてるの?」


「いや、橘が真似するんだ」


「失礼な。楠葉さんがついてきたんでしょう」


 各々好きなものを注文して、一つのテーブルで一緒に食べる。まるでリア充のような食事だが、俺以外の四人にはこれが普通なのだろう。


「明日は生徒会の集まりがあるから、悪いけど私抜きでやってね」


 全員が食べ終わった頃、須佐美がそんなことを言い出した。


「えぇー! そんな、先生ぇ……」


「千歳ぇ……」


「明日だけよ。それに、楠葉くんと理華がいるでしょう」


 須佐美のその言葉にも、恭弥と雛田は涙目で嘆いていた。

 いつのまにか、すっかり生徒になっているらしい。


「それにしても、テスト前なのに活動があるんですか?」


「部活がないおかげで、みんな都合が合うしね。テストが終わったら、また全校集会もあるから」


 全校集会。

 そういえば、そんな予定もあったな。


 どうせ話なんて聞かずに寝ることになるだろうが、その行事の準備にこうやって時間を割いてるやつがいるって考えると、ちょっと申し訳ない気持ちにならなくもない。

 まあ、だからといって真剣に参加しようとは思わないけれど。


「でも須佐美さんって、集会とかでは喋ってるの見たことないよな」


「私は書記だもの、裏方よ。喋るのは得意な人たちに任せるわ」


 そう言って、須佐美はニコニコと微笑んでいた。


 こいつならマイクを持って壇上で話しているのだって、充分似合いそうだけどな。


 しかしもしかして、生徒会というのは須佐美みたいなやつらの集まりなんじゃないだろうな。

 だとしたら、あんまりお近づきにはなりたくないもんだ。


 その後は解散の流れになり、自然と橘と一緒になる。

 こうして二人で帰るのにも、もう随分と慣れてしまっていた。


「頑張っていますね、二人とも」


「思ったよりな」


「冴月があんなに勉強している姿、初めて見ました」


「恭弥の方はああ見えて、根が真面目だからな。受験の時もそうだったし」


「受験?」


「あぁ、同じ中学なんだよ。どうしても今の高校に入りたいって言って、勉強、教わりに来たんだ」


「教えてあげたんですか? 意外ですね」


「あんまりしつこいからな。毎日直接家に来られて、断り切れなかった」


「頼りにされていたんですよ、きっと」


「そうかなぁ。ただそこそこ勉強ができるやつが、近くにいただけじゃないか?」


「あんなに友達の多い人が、わざわざあなたを選んだんです。そこにはちゃんと、譲れない理由があったんですよ」


「……またそれか」


 橘は前の雛田とのいざこざの時と似たようなことを言った。


 たしかに、理屈はわかる。

 けれど、納得はできなかった。


 恭弥になら、もっと頼り甲斐のある友達がいただろうに。

 なんだってあいつは、俺なんかを選ぶんだ。

 俺が嫌がることだって、ちゃんとわかってるはずなのに。


「楠葉さんは、夏目さんを友達だと思っているんですか?」


「……なんだよ、いきなり」


「いえ、少し気になって」


 そう言った橘は、思いのほか真剣な表情をしていた。


 そんなこと聞いてどうするんだ。

 そう答えようとも思ったが、この様子ではたぶん、引き下がらないだろう。


「……思ってるよ」


「なぜですか?」


「なぜって……答えにくい質問だな、それ」


 言いながら、俺は考える。

 恭弥を友達だと思っている理由。

 つまり、友達じゃない連中と違うところ、ということだ。


 答えにくい、とは言ったものの、結論は意外なほどあっさりと見つかった。


「……距離感が適切だから、かな」


「……と、言いますと」


「ああ、いや。適切ってのはあくまで、俺にとって都合が良い、ってだけだよ。これ以上踏み込んで欲しくないライン、というか、そういうのを、あいつはよくわかってるんだ。どこまでなら俺が怒らないか、嫌にならないか知ってる。その線を、絶対に超えてこない」


「……ふむ」


「それから、これ以上離れたらもう関係が切れる、っていうラインも、ちゃんとわかってるんだと思う。だから俺はあいつを切れないし、正直、あいつだけは切りたくないと思ってる」


 そこまで言ってしまってから、なんとなく顔が熱くなるのを俺は感じた。


 こんなにぶっちゃけた話をするつもりじゃなかったのに。

 これは、不覚だった。


 そんなことを思いながら見ると、橘は俺の予想に反して、神妙な面持ちで顎に手を当てていた。


「……素敵な関係だと思います。きっと、夏目さんは楠葉さんのことが大好きで、楠葉さんも同じくらい、夏目さんのことが好きなんでしょう」


「……なんとも肯定しづらいな、そりゃ」


 それになんだか、誤解を招きそうな言い方だ。

 ただ、結局はきっと、そういうことなのだろう。

 でなけりゃ、ここまで関係が続くわけがない。


 橘はなぜか、満足げにうんうんと頷いていた。

 いったい、何がそんなに嬉しいのやら。

 もしかして、からかってるんじゃなかろうか。


「そういう橘も、ずいぶんと愛されてるよな、あの二人に」


 仕返しのつもりで、そんなことを言ってやった。

 ただ、そう思っていたのは事実だ。


 以前、一人で俺に接触してきた須佐美。

 それから、俺に敵意を向けた雛田。

 どちらも、橘をひどく思いやっての行動だった。


 まっすぐで、不器用で、少し危なっかしい。

 橘のそんなところを知れば、確かに放って置けないというのはわからないでもない気がするけれど。


「いえ、逆ですよ、それは」


「逆?」


「私の方が、あの二人のことを大好きなんです」


 橘はあっさりとした声で、なんだか妙にくすぐったいことを言った。

 深く頷くようにして、自分の言葉を噛み締めているように見える。


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