② 「悪いようにはしないわよ」


「それじゃあ、二人ともこの練習問題8問、とりあえずやってみて」


 勉強会は須佐美主導のもとで進んだ。

 そもそも二人相手に教え役は三人もいらないだろうから、俺は早々に離脱して、一人で暗記科目の教科書を読むことにする。


「えぇ~!」


「千歳ぇ、いきなり厳しくない?」


 初っ端からぶーぶーと不平を垂れるアホが二人。

 見たところ、須佐美が選んだ問題は今回の数学のテスト範囲の中でも、基本中の基本のところだった。


 つまり須佐美は、二人の理解度を把握しようとしているのだろう。

 あとはついでに、やる気も測ろうとしているのかもしれない。


「教えるためには、まずわかってることとわかってないところを明確にした方がいいのよ。効率が全然違うわ」


 納得の理由だ。

 橘もうんうんと頷いている。

 が、対するバカップル二人は不満そうだった。


「でもいきなり問題を解くのはつらいってー!」


「そうそう。私たちはスロースターターなの」


「言っておくけど、私は成績を伸ばしたい気持ちを手助けするだけよ。あなたたちにやる気を出させる部分まで、引き受けた覚えはないわ。やる気がないならやめるけど?」


 須佐美は冷えた笑顔を浮かべて、静かな声で言った。

 途端、恭弥と雛田の顔がピシッと固まり、額に冷や汗が滲んでいく。


 いや、さすがに今のは俺もビビった……。

 普段の大人っぽい雰囲気からは想像できないほど、気迫というか、氷のような怒気がある。


 まあしかし、須佐美の言うことは至極もっともだ。


 教えてくれ、と言ったからには、教わる側もそれなりの態度を持って臨むべきだろう。

 成績を上げるには、間違いなく本人のやる気が一番重要なのだから。


 とは言え、まさか二人もここまで須佐美が怖いと思ってなかったんだろう。

 ちらっと見ると、橘まで姿勢を正して黙り込んでいる。


「やる気も出さないで勉強ができるようになるわけないでしょう。それで、やるの? やらないの?」


「や……やらせていただきます……」


「わ、私もやります……」


「そう。それじゃあ、その問題、解いてね」


 須佐美は短くそう言って微笑むと、手元のミルクティーを少しだけ口に含んだ。


 頭を抱えたり、うぅーんと唸ったり。

 それぞれに苦しみながらも、二人は一応、問題に取り掛かった。


 その間、俺と橘はのんびりと自分の勉強を進め、須佐美は二人の答案をじっと眺めていた。


 どうやら須佐美は、付きっきりで二人に指導するつもりらしい。

 これはもしかしすると、俺と橘の出番はないかもしれないな。


「できなくても怒らないから、安心してね。ちゃんとレベルに合わせて、少しずつ教えるわ。悪いようにはしないわよ」


「は、はい!」


「わかりました、先生!」


 完全に手懐けている。


 まあ二人の今の成績だと、正直これくらいスパルタでやった方がいいだろうしな。


「できました!」


「私もできた!」


 二人がほぼ同時に答案を書き上げ、須佐美の方に差し出した。

 ざっと見た感じ、一応わからないなりに何か書いてはいるようだ。


 須佐美は二枚の紙をしばらく眺め、ふぅっと深い息を吐いた。


「……深刻ね」


 深刻らしい。

 まあ、予想通りだけど。


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