第7話 少年は決意する
① 「一つくらい取り柄はあるらしい」
「おい廉! 勉強教えてくれ!!」
「やだよ」
「ええっ!?」
ある日の放課後。
勢いよく頼み込んできた恭弥を一蹴して、俺は教室を出た。
「出るなよぉ!」
「……なんだよ」
「頼むよぉ……! 今回はマジでやばいんだって! 赤点取るぞ、俺!」
「勉強しろよ」
「自分じゃ何していいかわかんないんだよ!」
「教科書読めって」
「無茶言うなよ!」
「無茶じゃねぇよ」
「頼むぅぅうう!」
恭弥は俺の腕を両手で掴み、すがりつくように叫んだ。
本気でうっとうしい。
それに、ここは教室前の廊下だ。
まるで俺が恭弥を泣かせているみたいで、やたらと目立っている。
ひとまず恭弥を教室内に引き摺り込み、適当な席に腰掛けた。
こいつのペースに呑まれたら負けだ。
ちなみに、テストとは来週行われる中間テストのことだ。
生徒が放課後の時間を勉強にあてられるよう、今日から部活が休みになる。
「……彼女に教えてもらえよ」
「いや、冴月は俺より勉強ダメだから……」
「マジか……」
頭良さそうなのにな、雛田のやつ。
ってか、恭弥よりダメってそれ、めちゃくちゃヤバいんじゃ……。
「お前友達多いんだから、他に誰かしらいるだろ」
「廉がいいんだよぉぉお! 一番教え方上手いし、受験の時の実績もあるし!」
「……今日は帰ってゆっくりするつもりなんだよ」
「予定無いんなら良いじゃんかぁ!」
「ゆっくりする、っていう大事な予定がある」
「親友の頼みの方が大事だろぉぉお!」
「うるせぇな……」
どうやら引き下がるつもりはないらしい。
……まあいいか。
実際、たしかに具体的な用事は無いし、どうせ最後は押し切られそうだし。
「わかったよ。その代わり、メシを奢ること。いいな?」
「おお! さすが廉! 無条件で引き受けてくれるとは!」
「マジで帰るぞ」
「冗談です! 奢らせていただきます!」
恭弥はピシッと敬礼のポーズを取った。
やれやれ、調子の良いやつめ。
「じゃ、さっそく合流しようぜ!」
「は? なんだよ、合流って……」
「恭弥! いる?」
俺が恭弥の不可思議な言葉に首を傾げていると、廊下側の窓から雛田冴月が顔を覗かせた。
噂をすれば影がさす、というより、普通に恭弥が目当てらしい。
「お、来たか冴月! そっちはどうだった?」
「もちろん、連れてきたわよ! 二人とも!」
雛田が得意げに言い放つ。
その声に応えるかのように、雛田を挟んで二人の女子が窓から顔を出した。
「前回の実力テスト学年7位と、2位です!」
「おぉーー!!」
興奮気味に騒ぐ恭弥と雛田。
そんな二人を呆れた様子で眺めるのは、雛田の友人、橘理華と
須佐美は今日も眼鏡にポニーテールで、歳不相応の大人びた雰囲気が目に見えるようだった。
橘はいつも通り、強い存在感と凛とした表情で周囲の視線を集めている。
橘は俺と目が合うと、なぜか少しだけ顔をそらしてから、改めてペコリといつものお辞儀をした。
対して須佐美は、ニコッと笑って小さく手を振る。
それにしてもこの二人、そんなに上位ランカーだったのか。
橘が勉強できるってのはちらっと聞いてたけど。
まあでも、たしかに須佐美も頭は良さそうだよな。
ん? 待てよ?
合流って、もしかして……。
「こっちも前回学年9位の廉を引き込んだぜ!」
「やったー! 楠葉って、勉強だけはできるもんねー!」
「だけって言うな、だけって」
まあ、その通りなんだけど。
「へえ、楠葉くん、案外優秀なのね」
真っ先に反応したのは須佐美だった。
さっきの雛田の言い方からして、須佐美の方が学年2位なのだろう。
そんなやつに褒められても嬉しくないが、ここはひとまず、素直に受け取っておくことにする。
「人間、何か一つくらい取り柄はあるらしいぞ」
「あら、楠葉くんには、他にも良いところがたくさんあるじゃない」
「良いところ?」
「あ、あー千歳! それから冴月も! 早く行きましょう! 勉強、するんでしょう?」
俺と須佐美の会話を遮るように、突然橘が号令を掛けた。
なんだ、橘のやつ。
今日はなんか、様子が変だな。
「っていうか、やっぱりそういうことかよ」
「この最強の講師陣がいれば、俺たちのテストも安泰だぜ! な? 冴月!」
「そうね! 目指せ、赤点回避!」
そのわりには志が低いな、おい。
要するに、恭弥と雛田で結託して、勉強を教えてくれるやつを集めたってわけか。
で、これから勉強会をする、と。
相変わらず、自分のペースに人を巻き込むのが底無しに上手いな、このリア充どもは。
「それじゃ、さっそく行くわよ! 場所は駅前のフードコートね!」
「いいのかよ、そんなとこで。モラル的に」
「まあ、なにか注文すれば平気でしょう。冴月がアイスを奢ってくれるみたいだし」
「楠葉の分は無いけどね」
「俺は恭弥が奢ってくれるからいいですーぅ」
ってか、思考回路がまるっきりおんなじだな、このカップル。
その後、俺たち5人は固まって、ぞろぞろと昇降口まで歩いた。
恭弥たちは慣れた様子だったが、俺にとっては初めての体験なので、自分の位置どりに困ってしまう。
リア充たちはいつも、こんな感じで廊下を歩いているのか……。
「楠葉さん」
「ん?」
前の塊から抜け出して、最後尾にいた俺のところに橘が近寄ってきた。
橘とは数日前に映画を見て以来、初めて話すかもしれないな。
「あなた、普段勉強してないんじゃなかったんですか?」
「え? ああ、してないけど」
「……それで9位。千歳と言いあなたと言い、人の努力も知らないで……」
橘は忌々しげな表情で俺を睨んできた。
確かに俺は、人より勉強方面の定着は早い方だ。
でもそれは、たぶん悪すぎる運動神経と性格を誤魔化すために、神がステータス調整しただけだと思うが。
まあこれを言ったら前に恭弥に殴られたので、敢えて言わないでおくことにしよう。
「ん? 須佐美も勉強してないのか? あいつ、真面目そうなのにな。しかも、それで2位か」
「千歳は凄いですからね。勉強だけじゃなく、スポーツもできますし、しかも美人で、スタイルも良いです」
「……へぇ」
おい神、ステータス調整ミスってるじゃねぇか。
俺のマイナスの分を全部須佐美に回してるんじゃないのか?
「まあ、千歳に欠点があるとすれば」
「なんなんだよ?」
「……意地悪です」
「……なるほど」
ちょっとしか話したことない俺でも、納得の意見だった。
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