④ 「……ペアシート」


「いや、犯人は絶対ヒロインだろ。殺すところを見た主人公もまとめて殺した。自白してるんだからそれは間違いない」


「それはヒロインの勘違いですよ。主人公はヒロインが殺してしまわないように、先に自分で殺した。それなのに、ヒロインは自分がやったと思い込んだ。だから最後のシーンで、それに気づいたヒロインが泣き崩れるんでしょう」


「最後のシーンは主人公を殺したことを後悔したからだろ? それにヒロインに罪を犯させないようにするためなら、自分で殺す以外にもいくらでも方法がある」


「むっ……まあ、それはそうですが」


「だろ。だから俺の解釈が合ってるはずだよ」


「……だけど楠葉さんだって、心から納得しているわけではないでしょう? あの監督の作品が、そんなに単純じゃないはずだと思っている。違いますか?」


「うっ……そ、そうだけどさ。でも、映像で描かれてないことを勝手に推測し始めたらキリがないだろ」


「描かれていないかどうかはわかりませんよ。見逃したのかもしれませんし、ミスリードかも」


「うーーん……」


 俺が手を組んで唸ると、橘は顎に指を当てて視線を斜め上に投げた。


 結局、俺たちの話し合いは並行線を辿っていた。

 俺は自分の解釈が正しいと思う。

 が、橘の言うことにも一理ある。

 捨て置けない意見だろう。


 橘も同じようなことを思っているようで、映画の内容を必死に思い出そうと、頭をゆっくり揺らしていた。


「……もう一度、見ますか」


「え?」


「もし楠葉さんが良ければ、もう一度見ましょう。幸い、あと少しで最後の回が始まります。席が取れれば間に合う」


「……なるほど。たしかに、それが一番早いな」


 俺と橘は頷き合い、急ぎ足で天丼の会計を済ませた。

 さらば1600円。

 今日は出費がかさむ日だな


 小走りで映画館に戻り、二人で券売機を操作する。

 思った以上に映画館の中は混んでいた。

 これはもしかすると、もう席がないかもしれない。


「あっ」


「……これは」


 席はほんの少しだけ空いていた。

 しっかりと、連番で二つ。

 しかし、俺たちの指は動かない。

 なぜなら、その席は……。


「……ペアシート」


「楠葉さん、これって」


「まあ、なんだ、たぶん、二人がけの席だ。いや、俺も座ったことないから知らないけど」


 顔を見合わせて、俺たちはしばらく黙っていた。

 橘の目と表情からは、考えていることが読み取れない。


「買いましょう」


「えっ!?」


「間に肘掛がないだけで、普通の席でしょう」


「いや、そうだけどさ……」


「早く買わないと、埋まってしまいますよ」


「あ、おい!」


 橘は言いながら、勝手に購入ボタンをタッチした。

 その勢いに流され、俺も自分の代金を入れる。

 出てきたチケットは一枚だけだった。


 これがペアシートのチケットか……。


「さぁ楠葉さん、行きましょう」


「お、おう……」


 特に気にする様子もなく、橘はスタスタと入場口へ向かっていってしまった。

 対する俺は、数メートルほど距離を保ってその後に続く。


「楠葉さん、早く」


「あぁ、はいはい」


「ペアシートのチケットでは二人同時でないと入場できないそうです。離れないでください」


「わかったわかった」


 チケットを切るスタッフの睨むような視線に耐えながら、俺は橘の隣に並ぶ。


 相変わらず、なにを考えてるのか、なにを考えてないのか、わからないやつだ。

 それとも、俺が知らないだけで、ペアシートってのは友達同士なら、普通に使うのか?


 いや、そんなわけないな、さすがに。


 隣で深いため息をつく俺を、橘は不思議そうな顔で見ていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る