② 「とりあえず期待しとく」
店のことを話しながら、二人で映画館を出る。
このあたりには大抵の飲食店が揃っているから、それなりに場所は選べるだろう。
「何が食いたい?」
「私が決めてもいいんですか?」
「なんでだよ。意見が欲しいだけだ」
「なんだ。それじゃあ、天ぷらが良いです」
「古風なやつだな」
「むっ。そう言う楠葉さんは、何が食べたいんですか」
「俺は米が食えればいい。牛丼とか?」
「そうですか」
橘はむうっと唸り、顎に細指を当てて顔を伏せた。
俺も折衷案を考える。
「……直球でいくなら」
「天丼ですよね」
「天丼だな」
顔を見合わせて、俺たちは同時に頷いた。
あっさり決まって何よりだ。
頭に浮かんだ場所へ向けて、二人で一緒に歩き出す。
この近くで天丼と言えば、店は一つしかない。
「でも俺、あの店行ったことないぞ」
「私もです」
「天丼って高いんじゃないのか?」
「1500円くらいでしょうね。構いませんか?」
「うーん、まぁ、いいか」
「美味しいと評判ですよ。実は一度、行ってみたかったんです」
「とりあえず期待しとく」
それに天丼屋なら、同じ学校の連中と出くわしたりはしないだろうしな。
俺はそんなことを思いながら、店を目指して歩みを進めた。
が、そこで気付いた。
道行く人々が、男女問わず俺の隣をチラ見している。
さすがは超のつく美少女、橘理華だ。
しかしそんな視線も気にせず、当の橘は堂々としたものだった。
というより、本当に全く、1ミリも気にしていない様子だ。
ところで全員、ついでのように隣にいる俺を見て怪訝な顔をするのはやめてほしい。
「え? どういう関係? まさか彼氏?」的な表情をするな。
安心してくれ、違うから。
全然違うからもう見ないでくれよ、ホント。
「……いつもこんな感じなのか?」
「? なんのことですか?」
「いや、視線……」
「あぁ……。まあ、そうですね。冴月たちと一緒に出かけた時ほどではないですが」
「それはまあ、たしかにヤバそうだ……」
「声をかけられるわけでもないですし、べつに気にしません」
「そうなのか。それはちょっと、意外だな」
てっきり、その辺のアホな男がすり寄ってくるものかと。
「あなたが思っているほど、私は男性にモテませんよ。きっと、性格の悪さが滲み出ているんでしょう」
「それはまた、橘らしくない卑屈さだな」
「そんなことはありません。外見はともかく、私は内面の自己評価は高くありませんから」
きっぱりとそんなことを言って、橘は心なしか歩くスピードを上げた。
まあたしかに、自分の内面に自信がある、っていう感じのやつじゃないもんな、橘は。
そもそもそんなやつ、あんまりいないと思うけど。
いたとしても、大抵はろくなやつじゃないしな。
「あ、見てください、これを」
「ん?」
橘が財布から何かの紙切れを取り出し、俺に見せてきた。
それにしても、皮の二つ折財布とは、なかなか渋いなこいつ。
「なんだそれ」
「『獄中のアンドロイド』のチケットの半券です。これも去年、さっきの映画館で見ました」
「うわ、もしかしたらそれ、俺も残してるかも」
自分の財布の中を、ダメ元で探してみる。
たしかあまりに良い作品だったから、記念に取っておいたはずだ。
……あっ。
「……これ、日付と時間同じじゃね? しかも席……」
「……隣ですね」
なんかもう、怖くなってきたんだが……。
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