第6話 美少女がしがみつく
① 「なんか食いながら話そう」
エンドロールが終わり、劇場内がゆっくりと明るくなっていく。
観客のほとんどが席を立って出口へ向かう中、俺は座ったまま、しばらく動けずにいた。
今日は土曜日、そして、俺がずっと楽しみにしていたミステリー映画の公開日だった。
もちろん、事前にネットでチケットを購入し、ど真ん中の席で観た。
たしかに、めちゃくちゃおもしろかった。
正直、期待以上だ。
だが、ひとつだけ、俺の腰を重くしている要因があった。
「うぅん……」
ラストシーンの解釈が、まとまらない。
前屈みになりながら唸ってみても、やっぱりダメだった。
ミステリーにはよくある、印象的で、謎と余韻を残す終わり方。
それでも、大抵いつもは自分の中で、ひとつの解釈に辿り着く。
なのに、今回はそれができない。
いい映画だっただけに、無性に悔しかった。
「……くそっ」
全ての観客がいなくなったあたりで、俺はとうとう諦めて立ち上がった。
仕方ない。
あとは家で、ゆっくりメシでも食いながら考えよう。
「ん?」
「えっ」
気づけば、俺の一つ前の席に、一人の少女が立っていた。
どうやら背もたれの高さに隠れて、俺の位置からでは見えなかったらしい。
「……こんにちは」
「……久しぶりだな、このパターン」
橘理華だ。
やはり、というか何というか、相変わらず趣味が近い。
場所はともかく、時間帯まで被るというのはもはや神のいたずら的な何かを感じるが。
俺と橘は一緒にシアター内を出て、ポップコーン売り場の近くのベンチに、並んで腰掛けた。
「で、今日は何しに来たんだよ」
「映画を観に来ました。以前から楽しみにしていた作品なので、公開日に観たくて」
「俺が今日来ることは?」
「もちろん、知りません。そちらは?」
「知るか」
二人揃って、同時にため息をつく。
もはや、あまり驚きは無い。
だが回転寿司や銭湯の時とは違い、橘とはもう友達だ。
あの時はただうんざりしていたが、今日は少しだけ、自分が喜んでいるのを俺は感じていた。
「この手の映画、好きなのか」
「はい、わりと。ただ、今回はかなり、期待していまして」
「……理由は?」
そう尋ねながらも俺は、もしかしたら、と思っていた。
当たっていて欲しい気持ちと、はずれて欲しい気持ちが混ざり合って、なんだか妙な気分だった。
「去年公開された、『獄中のアンドロイド』という映画、ご存知ですか」
「……知ってるけど?」
「世界で初めて殺人を犯したアンドロイドが逮捕され、人々が彼に面会にやって来るシーンの連続で物語が進む。あれは、傑作でした」
「……そうだな」
傑作。
そう、傑作だった。
なにせその作品は、俺が一番好きな映画なのだから。
「私は、あの映画が一番好きなんです。そして今日の作品『水底で待ち合わせ』は、『獄中のアンドロイド』と」
「監督と主演が同じなんだ」
「えっ……」
橘は綺麗な目を大きく見開いていた。
少しだけ薄暗い映画館内に、透き通るような瞳の輝きが揺れる。
「……そうです。だから、きっと今回もおもしろいだろうと思いました。そして、やっぱりおもしろかった。おもしろかったんですが……」
そこで、橘は言い淀んだ。
橘の気持ちが、手に取るようにわかる。
なにせ俺たちは、自分が想像している以上に、よく似ているようだから。
「腹減ってるか?」
「え? ……はい、それなりに」
「じゃあ、なんか食いながら話そう。昼飯食いたいんだよ」
「……そうですね」
橘は意外そうな顔をしつつも、コクリと頷いた。
俺だって少し前までだったら、こんなこと絶対に言わなかったに違いない。
けれど、同じ映画を見た後に一緒に飯に行く。
友達ならそれが普通なんじゃないかと、今の俺は思っていた。
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