第5話 美少女が怒る

① 「楠葉さんがいなくなったら」


「友達になったぁ!?」


 昼休みの教室で、恭弥は口をあんぐり開けて叫んだ。,

 相変わらず、ひとりでも騒がしいやつだ。


 ただ今回ばかりは、恭弥が驚くのも無理はない気もした。


「うるさいな」


「い、いつのまに……あの廉が、あの橘さんと……」


 恭弥は「俺だってまだちゃんと話したことないのに!」と、実に不届きなことを言って嘆いていた。


 お前には愛しの彼女がいるだろうが。


 俺は、ここ数日であった出来事を、気まずいところをボカしながら恭弥に話した。

 恭弥を相手取るときは、質問責めにされるよりも先に全部話してしまった方が、話がややこしくならずに済む。


「廉……お前ってやつは……」


「な、なんだよ……」


 ガシッと肩を掴んできた恭弥の手を払い除けながら、俺は持っていたパンをかじった。

 対して、恭弥の昼食はいっこうに減る気配がない。


「いいなぁ……」


「しみじみ言うな」


 なぜか涙目になる恭弥。

 ため息が出そうになるが、今さら呆れても仕方ない。

 こいつはアホなのだ。


「まあ、友達になったからって、なにも変わらないけどな」


「変わるだろ!」


 変わるらしい。

 どうやら恭弥の考えは、俺や橘のそれとは違うようだ。


「友達といえば、学校で話したり、一緒に遊びに行ったり、昼飯を一緒に食ったり、そういうことするだろ!」


「……するかな」


「しろよ!!」


「いや、べつにわざわざそんなことするのも面倒だし、俺もあいつも、そういうタイプじゃないというか」


「くぅ~っ! じゃあ何のために友達になったんだよ!」


「……何のためだろうな」


「おい!」


 恭弥は大袈裟に落胆し、頭を抱えていた。


 しかし言われてみれば、俺と橘はなぜ、わざわざ友達になったんだろうか。

 冗談や照れ隠しでもなく、きっと俺も橘も、さっき恭弥が言ったようなことを、やろうとも、やりたいとも思わないだろう。


 昨日は一大決心みたいに感じていたが、ひょっとすると俺たちの関係は、特になにも変わっていないのでは。


「……いや、まあそうか。そうだよな」


「な、なんだよ、その反応は」


「俺が間違ってたんだ。あの廉が、最初からそんなに上手く、友達付き合いなんて出来るわけない。それも、橘さんみたいな子と」


「おいこら」


「よし! ならもっと廉が橘さんと仲良くなるために、俺が課題を出す!」


「課題?」


「その通り! 廉は俺の出す課題を、一つずつクリアしていくんだ! いいな?」


「……いや、遠慮しとく」


 そんなリア充みたいな発想に付き合わされてたまるか。


「なんでだよ!!」


「やだよ。そういうエネルギーを使いたくないから、俺は友達を作らないんだぞ」


「じゃあ俺を橘さんと遊びに行かせろ!」


「勝手に行ってろ」


「くそぅ……これが友達の余裕ってやつか……」


 たぶん、違うと思う。


「……あっ」


「今度はなんだよ」


 間の抜けた声を出した恭弥の視線の先を追う。

 と、そこには教室を覗き込んでキョロキョロと首を動かす、雛田ひなた冴月さつきの姿があった。

 そしてその後ろには、橘理華が隠れるようにして立っている。


「恭弥!」


「冴月! やっほー」


 恭弥を見つけた雛田は、一直線にこちらへ向かって歩いてきた。

 向こう側の橘と目が合う。


 橘はまた、ペコリと会釈した。

 恭弥と楽しそうに話し出す雛田と、その横にいる俺。

 橘は二人をちらちらと見比べるように視線を動かすと、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてきた。


 美少女二人の登場で、クラスの連中がざわつき始める。

 が、その美少女のうちの一人は、あろうことか謎の根暗モブと視線を交わしているときたもんだ。


 さぞ不思議なことだろう。

 なにせ俺にも不思議なんだから、当然だ。


 それにしても、やっぱりこれは、周囲の好奇の目が痛いな……。


「こんにちは、楠葉さん」


「おう」


 橘は小声だった。

 目立つのは気にしない橘には珍しい。

 が、少し恥ずかしそうな様子から察するに、昨日の一件がまだ消化できていないのかもしれない。

 なにせ、俺もそうだし。


「今日は、あいつはいないのか?」


「あいつ? ああ、千歳ちとせですか。生徒会の集まりがあるそうで、そちらに」


 思わず、ホッと胸を撫で下ろした俺がいた。

 須佐美すさみって、なんか苦手なんだよなぁ。


「生徒会なのか、あいつ」


「似合うでしょう?」


「似合うな」


 クスッと笑う橘に釣られて、俺も頬が綻んでしまう。


 橘が笑うと、なんだか自分のガードを外されるような感じがするなぁ。


「前から気になっていたのですが」


「なんだよ」


「楠葉さんのお友達というのは、冴月の彼氏さんのことだったんですね」


「あ、あぁ。まあな」


「そうですか。意外と、近いところに繋がりがあったわけですね」


「べつに、友達の彼女なんて完全な他人だけどな」


「またそういうことを言って」


 橘は呆れた声でそうこぼすと、チラッと雛田と恭弥の方を見た。

 雛田はすっかり恭弥の隣で弁当を広げ、しばらく動きそうな気配はない。


 橘は諦めるように息を吐くと、同じように俺の隣に座った。

 四人で固まって、四つの机を占領する形になる。


 なんだかこれ、めちゃくちゃリア充っぽい布陣だな。

 なにせメンバーが豪華だ。

 もちろん、俺以外。


「ここで昼メシ食うのかよ……」


「冴月がそのつもりのようですので」


 いつか見た、薄緑の布に包まれた弁当を広げる橘。


 リア充の宴会に俺を巻き込まないで欲しいんだが……。


「気まずいな……」


「ここにいてくださいね。楠葉さんがいなくなったら、今度は私が気まずくなります」


「目立ってんだよ、お前ら……」


「あなたは少し、周りを気にしすぎです。悪いことをしているわけでもないのだから、堂々としていればいいんですよ」


「また、変な噂が立つぞ……」


「平気ですよ」


「平気なもんか。前だってそうだったろ」


「では、どんな噂が?」


「『橘理華が、根暗モブにつきまとわれている。』」


「そうですか。では、実際には?」


「……橘理華と楠葉廉は……あっ」


「友達、ですよ。ほら、現実の方がよっぽど、彼らにとってはショッキングです」


「……まあ、たしかに」


 橘はなぜか得意げに、そして嬉しそうに笑った。

 ただ橘の言う通り、そう思えばこんな状況も、別に大したことでもないような気がした。


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