② 「仲良くしてあげてね」


「……好きじゃないけど」


「答えないんじゃなかったかしら?」


「……お前」


 須佐美は余裕のこもった笑みを絶やさなかった。


 それにしても、歯に衣着せぬにも程があるだろ、こいつ……。


「友達としてはどう思うの?」


「友達じゃないよ、べつに」


「あら、そうなの? 理華は友達だって言っていたのだけど」


「あいつの方では、なぜかそう思っているらしい」


 橘の手料理を食ったのが、もう一昨日のこと。

 たしかにその時、橘は俺のことを、友達だと言った。

 その意図と、あいつの本当の気持ちは、俺にはわからない。


「そもそも、友達ってなんだよ。どこからが友達で、どこからが違うんだ? 片方が友達だと思えば、それでもう友達なのか?」


「さあ。どうでもいいわ。あなたはそんなことが気になるの?」


「そういうわけじゃ……ないが」


「それじゃあ、あなたは理華のこと、友達だと思ってないのね?」


「あ、ああ……」


「そう」


 それから、須佐美はしばらく黙っていた。

 用が済んだなら早く帰りたいところだが、門の前に立たれてはそれもできない。


 須佐美は俺の顔をまじまじ眺めながら、顎に手を当てていた。


「どうして、私が答えなくていいって言ったか、わかる?」


「……いや」


「あなたはきっと、言葉よりも顔の方が正直だろうって思ったからよ。そうしたら、案の定ね」


「……何が言いたいんだよ」


「いえ、べつに。言いたいことがあるとすれば、ひとつだけよ」


 ふと、須佐美の表情が柔らかくなった。

 さっきまで満ちていた余裕が消えて、今はひたすら、優しさと温かみを感じる。

 同い年の女子には決して似合わない、なんだか不思議な顔だった。


「理華はあんなだけど、良い子だから、仲良くしてあげてね。あなたなりのやり方で、構わないから」


「……そう言われても、もう、これ以上関わらないよ」


「それでもいいから、お願いね」


 須佐美はそう言って、小さく頷いた。


 変なやつ。

 でも、悪いやつではなさそうだ。

 なんとなくだが、恭弥に雰囲気が似ている気がした。


「千歳!」


 突然聞き覚えのある声がして、誰かが須佐美の後ろに現れた。

 背は低いが、圧倒的な存在感と美貌は見間違いようがない。

 橘だった。


「あら、バレちゃった?」


「まさかと思って来てみれば、やっぱりここでしたか!」


「ふふ。さすが、鋭いわね」


「笑いごとではありません! 楠葉さんに迷惑をかけてはいないでしょうね!」


「失礼ね。迷惑なんてかけないわよ。ね、楠葉くん?」


 同意を求めるような視線を向ける須佐美。

 俺はせめてもの仕返しのつもりで、黙っていることにした。


「ほら! 行きますよ、千歳!」


「はいはい、わかったわ」


「楠葉さん、千歳がすみませんでした」


「次からは、ちゃんと手綱を握っててくれ」


「はい」


 橘はペコリと頭を下げると、まったく反省していなさそうな須佐美の手を引いて、正門の方へ歩いていった。

 二人の姿が見えなくなってから、俺は深く息を吐いて、胸に手を当てた。


「……なんだよ、この友達みたいなやりとりは」


 帰ったら、銭湯に行こう。こういうもやもやした時は、あそこに限る。


 それから、作りおいてある橘の料理を食おう。

 あれがなくなれば、今度こそ完全に、俺たちの関係も終わりだろうから。


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