第4話 少年は観念する

① 「理華のことが好きなの?」


「ふぁ……あぁ……」


 いつものように六限を眠って過ごし、チャイムの音で目を覚ます。

 惰性で起立と礼をして、各々盛り上がりながら解散していくクラスメイトたちを見るでもなく、俺は少しの間ぼぉっとしていた。


 恭弥も今回は俺のところへは来なかった。

 部活の連中と騒いでから、彼女である雛田冴月と合流して教室を出て行く。

 廊下には、今日も橘とその友達だという眼鏡の女子の姿があった。


 今度はあらかじめ視線をそらしておいた。

 きっと目が合えば、また橘は何かリアクションを取るだろう。

 それが嫌なわけではないが、どういう反応をするのが適切かわからず、困ってしまうのだ。


 悩みは少ない方がいい。

 ここは、気づかないフリをしておくのが得策だろう。

 べつに気づいたところで、何かあるわけでもないんだし。


「……ん?」


 俺が適当に目線を向けていた窓に、突然ひとりの女子が顔を出した。

 思わずばっちりと目が合う。

 しかもそいつは、眼鏡を掛けてポニーテールを揺らす、例の橘の友達だった。


 橘ほどではないが、美人。

 だが橘や雛田と比べても、より一層のリア充オーラを感じる気がする。


 そいつは数秒の間俺を見つめると、ふと口元を緩めて笑顔を浮かべた。


 なんだ?

 いったい……。


 その後は特になにも起こらず、教室内と廊下の喧騒は去っていった。

 俺もゆっくり立ち上がって、のんびり教室を出る。


 さて、帰るか。

 なんとなくさっきの女子が気になるが、何もないならそれが一番だ。



   ◆ ◆ ◆



「待っていたわよ、楠葉くん」


「……やっぱり何かあったか」


 わざと相手に聞こえるように、俺はそう漏らした。


 俺がいつも使っている、学校の南門。

 初めて橘に会った時も通ったその門の前で、さっきの女子が待ち構えるようにして立っていた。


 セリフから察するに、俺がここを使うことを知っていたらしい。


「なんで待ってたんだよ。教室でもこっち見てたろ」


「話があるのよ。正確には、聞きたいこと、だけれど」


 よく響く、耳ざわりのいい声だった。

 堂々とした立ち方で、けれど高圧的ではなく、余裕と自信を感じる。

 よくみるとかなり均整の取れた顔立ちで、正統派美人という印象だ。


「俺は聞かれたいことなんてないぞ」


「そう、それは残念ね」


「……」


「それじゃあ、質問その1」


「おい」


 俺が止めると、眼鏡の女子はクスクス笑った。

 なんとも調子の狂うやつだ。

 正直、橘よりもずっと扱いにくい。


「答えないぞ、俺は」


「いいわよ。聞きたいことがあるだけで、答えて欲しいわけじゃないから」


「な、なんだよそれ……」


「いいからいいから」


「……じゃあ、先に俺に質問させろ」


 なんとなくこいつからは逃げられないような気がして、俺はそんなことを言っていた。

 まだ俺は相手の名前も知らない。それなのに質問だけされるのは、さすがに気に食わなかった。


「それじゃあ、どうぞ」


「……あんたの名前は」


須佐美すさみ千歳ちとせ。2年5組。理華と冴月の友達よ。あなたがここに来るのがわかったのは、ちょこっと調査をしたから」


「そんなに聞いてないんだが……」


「聞かれそうだから先に答えただけよ。他に知りたいことはある?」


 どうやらポニーテール改め須佐美は、自分のことを知られるのをまったく恐れていないらしい。

 根暗の俺には真似できない芸当だ、さすがはリア充……。


「……なんで俺に興味があるんだよ」


「あなたが最近、私の友達と仲が良いみたいだから」


「……べつに、仲良くなんかない」


「あら、誰のことかわかってるの?」


「あっ……!」


 くそっ……はめられた。

 私の友達、なんて言ってボカしたのはそのためか。


 再びクスクス笑う須佐美。

 だがその様子は、おかしいというよりも、むしろ嬉しそうに見えた。


「それじゃあ、私の質問ね。あなた、理華のことが好きなの?」


 その言葉に、俺はおもしろいくらいに動揺していた。


 こういう、こっちのペースを平気で自分のものにしてくるところが、リア充の苦手なところなんだ。


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