④ 「お風呂に入るためです」


 図らずも橘と一緒につけ麺を食べた、その数日後。


 俺は不安定になった気持ちを切り替えるため、近所にある銭湯に来ていた。

 当然、ひとりでだ。文句あるか。


 ひとり銭湯はいい。

 荒んだ心と、それからなんとなく、悪い運気も洗い流してくれる気がする。

 おっさんたちの裸が視界に入らなけりゃ完璧なのになぁ、マジで。


 頭と身体を洗い、肩まで湯に浸かる。


 ふぅ、生き返るぜ。


 ……それにしても、ここ最近はなんともおかしなことばかりだった。

 まさか、一度きりだと思っていた橘との関わりが、こう何度も続くとは。


 モブの俺とは正反対の、リア充美少女。

 そんな真逆の俺たちの一時の交わりなんて、すぐに終わるはずだったのに。


 だが、俺の中で橘の印象が変わりつつあるのも事実だった。


 少なくとも橘は、どうやら俺が思っているようなリア充ではないらしい。

 でなきゃ、俺なんかとこんなに感性や考え方が重なるなんて、あり得ない。


 いや、価値観が似ているからって、どうだって言うんだ。

 べつにそんなことは、特別でもなんでもない。

 ただの変な偶然。とるに足りないことだ。


 ガラッと扉を開けて、浴場を出る。

 着替えてからコーヒー牛乳を一気飲みし、料金を払って銭湯を後にした。


 そう、大したことじゃない。


 どうせ、今度こそ終わるんだ。

 橘がどんなやつでも、もう俺には関係ないこと。


「……さすがに、そろそろ身の危険を感じるのですが」


「……俺もだよ」


 とうとう、驚きもなくなってきたな……。


 銭湯のすぐ前に、わずかに頬を赤く染めた橘理華が、姿勢良く立っている

 。髪が少し濡れているのと、持ち物から察するに、向こうも風呂上がりだろう。


「一応聞くけどな、なんでここにいるんだよ」


「お風呂に入るためです。決まっています」


「……だよなぁ」


 いよいよ、本当になにかのドッキリなんじゃないだろうか。

 さすがにもう、偶然の一致って言うには無理があるぞ……。


「家の風呂は?」


「もちろんありますが、銭湯もいいものです。なんだか心が落ち着いて、悪いものも流してくれる気がします」


「……もしかして、俺の心を読んでるのか?」


「……どういうことですか?」


「いや、なんでもない」


 少しだけ顔を見合わせてから、俺たちはどちらからともなく歩き出した。


 帰ろう。

 起こってしまったことは、もう気にしたって仕方がない。


 だが、もう夜の10時前だ。

 どちらかと言えば、遅い時間に入るだろう。


 こういう場合、送るよ、とか言った方がいいのか?

 だが、こんな友達でもない根暗モブにそんなことを言われても、迷惑なだけじゃないか?

 それに、橘だって俺に家を知られるのは嫌だろうし。


 ……よし、やっぱりやめておこう。

 そんなイケメンの真似事みたいなのは、俺には似合わない。


「じゃあな。気をつけて帰れよ」


「ええ。楠葉さんも」


 ちょっとだけカッコつけた俺のセリフも、特に意に介さないあっさりした返事だった。なんとまあ、恥ずかしい。


「……」


「……」


「……」


「……」


「おい」「あの」


 思いがけず声が重なり、俺たちは同時に立ち止まった。


「……なんでついて来るんだよ」


「それはこちらのセリフです。なぜ、私の隣を歩くんですか」


「家がこっちだからだよ。当たり前だろ」


「私だってこっちが帰り道です。ずっとまっすぐ」


「……え?」


 橘の言葉に、俺は思わず頭を抱えた。


「……俺もなんだが」


「えっ……」


 おいおい……もう勘弁してくれよ。


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