③ 「もしかするといつもより」
橘は、その後も夢中につけ麺を食べた。
その姿には学校で見る冷たい印象はなく、ただ自分の好きなものを、心から楽しんでいる様子だった。
俺もつけ麺をすすった。
「みんなで一緒に食べると美味しいね」。
そんなセリフを、何度も聞いたことがある。
だが、俺はそうは思わなかった。
一人で食べた方が、気楽だ。
味にだって集中できる。
強がりなんかじゃなくて、本気でそう思う。
それが悪いことだとは思わないけれど、少数派だということは自覚していた。
だがもしかすると、本当に橘は。
「ふぅ。ご馳走様でした」
「ごちそうさん」
ほとんど同時に食べ終わって、俺たちは器を置いた。
水で口直しをしてから、一息つく。
「……なあ、橘」
「なんでしょう、楠葉さん」
「メシは、みんなで食った方が美味いと思うか?」
「……いえ。私は、好きなものは一人で食べたいです。その方が、味に集中できますから」
ひたすらに真面目な口調で、橘は答えた。
結局、橘の言うことが正しかったってことか……。
「もちろん、友達と一緒に食事をしたいときもあります。ですがそれは、食べることよりも、話すことが目的の場合ですね」
「それはあれか? 食事時に話す相手がいない俺への当てつけか?」
「え、話す相手がいないんですか、楠葉さん……」
「やめろ! 本気で気の毒そうな顔をするな! 悪かったな、ぼっちで!」
俺の言葉に、橘はクスクスと笑った。
肩を震わせて目を細めるその姿は、普段の冷淡な橘よりも、何倍も魅力的に見えた。
「でも、みんな大抵、誰かと一緒にメシを食うだろ。食事自体に集中したいやつだっているはずなのに、いつもいつも」
「まあ、他人の目が気になる気持ちもわかります。私やあなたのような人の方が、きっと珍しいんですよ」
「……俺はともかく、橘は周りの目が気にならないのか?」
「まったく、というわけではないですが、あまり。気にしていてはキリがないですし、なにより窮屈ですから」
「……そうだな。その通りだよ」
たしかに、俺と橘はほんの少しだけ、似ているのかもしれない。
けれど、それだけだ。
だからと言って、どうってことはない。
「ああ、すみません、楠葉さん」
「なんだよ」
変な期待はしない。無駄な希望は持たない。
「さっきはああ言いましたが、楠葉さんと一緒に食べた今日のつけ麺は、もしかするといつもより、美味しかったかもしれません」
「……そうかい」
「はい」
だから俺は、全然ときめいてなんていないんだ。
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