② 「ひょっとして私のことを」
俺の『ひとり回転寿司』は、橘との遭遇によってあえなく失敗した。
そして同時に、完全に切れるはずだった俺と橘の縁も、また少し、復活してしまった。
だが、これは仕方ない。
いったい誰が、あんなリア充美少女がひとりで回転寿司にきて、あろうことか自分の隣に座るなんて予測できるだろうか。
あれは事故だ。
回避することなどできない、不慮の事故。
だからこそ、俺は気持ちを切り替えて、今日こそひとりで美味いものを食う。
今回のターゲットは、ここだ。
「へい、いらっしゃい!」
駅周辺の市街地にひっそり佇む、個人経営のつけ麺屋。
ここの魚介豚骨つけ麺が、やたらと美味い。
値段こそ1000円と若干高いが、それも納得の味だ。
さすがにこんな店に、橘が来るわけがない。
イメージが違いすぎるし、俺の知る限り、常連客だってほとんどがおっさんだ。
空いているカウンター席について、店主に食券を渡す。
ふぅ、改めておかえり、俺の平凡な日常。
「……あなた、ひょっとして私のことをつけていませんか?」
「……マジでなんでいるんだよ……」
珍しく女の客がいるなぁ、なんて呑気に考えていた数秒前の俺を殴りたい。
俺の隣には、またしても橘理華がいた。
しかも今日は、以前よりもリラックスしたような服装だ。
具体的には、デニムと黒いシャツ。
まるで少年のような格好だった。
こういう服でも全然華やかさを失わないのは、さすがは美少女といったところだろう。
って、冷静にファッションチェックをしている場合ではなかった……。
「つけてるのはそっちだろ……。なんでこんなところにまで……」
「私が先にいたのに、どうやってつけるんですか。矛盾しています」
「わかってるよそんなことは……。今日は何しに来たんだよ……」
「またその質問ですか。このお店の魚介豚骨つけ麺がとても美味しいので、今日はそれを食べにきました」
「いや、そうだろうよ。美味いもんなぁ、魚介豚骨……」
違う、そうじゃないんだ。
なんでいつも俺と同じところにいるんだ、こいつは……。
橘の言う通り、つけられている、なんてことはどう考えてもあり得ない。
そして、俺も橘をつけたりするはずがない。
それどころか、ここなら会わなくて済むだろう、と思って店を選んだくらいだ。
なのに……。
「へい、魚介豚骨お待ち。橘ちゃんはよく来てくれるから、味玉おまけしとくね」
「ありがとうございます」
常連じゃねぇか……。
しかも、俺がついこないだ初めてつけてもらった味玉のおまけまで……。
「へい、楠葉くんもいつもありがとね。はい、味玉おまけ」
「……うっす」
考えられる可能性は、もはや一つだ。
俺と橘の生活スタイルが似通っているがために起きた、ただの偶然。それしかない。
だが、そんなことが本当にあるか?
こんな、リア充とは程遠いようなシチュエーションで、二回も連続で出くわすなんてことが。
『……あなたはやはり、私に似ていますね』
途端、俺の脳裏に橘の声がフラッシュバックする。
踊り場で一緒に弁当を食べたときの、あのセリフ。
聞こえなかったふりをしていたその言葉を、今になって思い出すとは……。
だってそうだろう。
似ているなんて、そんなわけがない。
俺はぼっちでモブで根暗で、常に灰色の日々を過ごすただの生徒Aだ。
対して橘は美少女で、派手な友達もいて、おまけにモテる、まさにリア充で。
「楠葉さん、食べないんですか」
「……いや、食べるよ」
「スープが冷めてしまっては、美味しさも半減しますよ」
「わかってる」
そんな俺たちが似てるだなんて、あり得ない。
ちょっと考えればわかるだろう。
なのにどうして、橘はあんなことを言ったんだ。
俺と自分が似ていると、そんなことを俺に伝えて、どうするつもりだったんだ。
「うぅん、やはり美味しいですね」
「……満足そうだな」
「ええ、それはもう。ちゃんと汚れてもいい服を着てきましたから、気兼ねなく食べられます」
「ああ、その黒シャツ、そのためだったのか」
「もちろんです。楠葉さんもさすがですね。そのシャツもつけ麺用でしょう?」
「……いや、普通の私服だけど」
「……すみませんでした、本当に」
「おい、謝るなよ、余計悲しくなる」
汚れてもよさそうな私服で悪かったな。
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