⑤ 「あなたはやはり」


「で、ここか」


「はい。心理的盲点ですね」


 連れてこられたのは、屋上へと続く階段の踊り場だった。


 が、うちの高校は屋上が封鎖されている。

 ゆえに、この階段を登ってくる者はいない、というわけだ。


 ありがちなチョイスだが、まあ、そんなもんだろう。


 段差に並んで腰掛けて、俺たちは一緒に包みを開けた。


「お……うおぉ……!」


「まずまずの出来ですね」


 肉、野菜、卵、魚。

 そこには、色彩と食材のバランスが完全に取れた、なんともハイクオリティな弁当の姿があった。


 たしかに、コンビニ弁当なんかとは格が違う。

 食ってないのに、美味いのがわかるくらいだ。


「どうぞ」


「あ、ああ、サンキュ」


 紅色の上品な箸箱を受け取り、俺は思わず手を合わせた。


「いただきます……!」


「いただきます」


 一口、卵焼きを食べてみる。


 いや、うまい。

 今まで食った卵焼きの中で、間違いなく一番うまい。


「そ、そうですか。ありがとうございます」


 そのまま感想を伝えると、橘は満更でもなさそうな顔でかすかに微笑んでいた。


 可愛い、そしてうまい。

 無心で箸を進め、あっさりと全てが胃に収まってしまう。


 恥を忍んで言うならば、とにかく最高の昼食だった。


「……マジでうまかったよ。ごちそうさまでした」


「それはどうも。お粗末様です」


 弁当箱と箸を片付けて、橘に返す。

 それを受け取ってから、向こうもすぐに自分の弁当を食べ終えた。


「改めまして、先日はありがとうございました」


「いや……いいよ。俺が勝手にムカついて、勝手にやったことだから」


「ムカついた、のですか?」


「あいつの言い草にな」


 いつのまにか、俺は橘と自然に話すことができていた。

 人目がないのと、飯がうまかったのが原因かもしれない。


 だけど、理由なんてのはべつに、どうでもいいような気がした。


「告白を聞いてもらっただけでも、あいつは橘さんに感謝すべきなんだ。橘さんが美少女だなんてことは、無関係に」


「……」


「それなのにあいつは、断って理由を言わない橘さんにキレた。理由を話すのだって、エネルギーがいるんだ。それを拒否して、なんで文句を言われなきゃいけないんだ」


「……それは」


「そんなのは、自分勝手だ。自分勝手ってのは、一人でやるもんなんだよ。俺はそう思うし、そうしてる。だから、俺はあの時……」


 そこまで言って、俺は橘が不思議そうな顔をしているのに気がついた。


 あぁ……無駄に話しすぎた。

 何やってるんだ、俺は。

 こんな話、聞かされたところでうっとうしいだけだろうに……。


「悪い……長々と」


「いえ。説明を求めたのは私の方ですので」


「あ、ああ。まあ、そういうことだから……」


「楠葉さん、あなたは」


 その時、橘の声を搔き消すように、昼休み終了のチャイムが鳴った。

 ここはどうやら、チャイムの音が大きく聞こえる場所らしい。


 さあ、ここまでだな。


 俺は飛び上がるように立ち上がり、ズボンの尻を手で払った。


 「じゃあな」、それから、「ありがとう」。


 その二言だけをかけて、階段を早足で降りていく。


 これは、終わりの合図だ。

 俺と橘の、関係の終わり。


 もう、話すことはないだろう。

 それが俺の選ぶ道であり、俺たちの正しい姿だ。


 だから俺は、チャイムに紛れた橘のセリフが聞き取れなくても、振り返ったりはしなかった。



「……あなたはやはり、私に似ていますね」


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