④ 「いいから、ついてきてください」



「な……なんだよ、これ……」


 翌日の昼休み。


 約束通り、俺は橘から昼メシを受け取るべく、教室の前の廊下で彼女と合流した。

 が、橘が俺に渡してきたものは、想像していたどれとも似ても似つかない、黄色い布で包まれた小さな箱だった。


「見てわかりませんか。お弁当です」


「聞いてもわかんねぇよ! なんでこうなった! 話が違うだろ!」


 橘が納得できるものを買って、それを俺が受け取る。

 確か、そういうことになっていたはずだ。


 なのにこれでは、事情が変わりすぎている。

 そして何より、周りの奇異の目が非常に痛い。


 くそっ!

 信用した俺がバカだったか……。


 とりあえず、顔を近づけて小声モードになる。

 また周りに聞かれたら、どう考えてもマズイ。


「俺は、奢ってくれ、って言ったんだぞ!」


「私は、ご馳走するものは私が決める、と言ったんです。それに、食材代は私が負担したのですから、奢っているのと変わりません」


「変わるだろ……。あぁ、くそっ」


 思わず、頭を抱えた。

 言っていることが微妙に正しいせいで、口論が長引くのが容易に想像できてしまう。


 それにもし突き返せば、食材代も手間も無駄になって、取引がフェアじゃなくなる。

 ここはあっさり受け取ってしまった方が、総合的に見て労力が少ないかもしれない。


 が、しかし……。


「なんで弁当なんだよ……」


「あなた、見るからに不健康そうですから。栄養の偏ったものを渡すのは気が引けます」


「ならコンビニ弁当とかでよかっただろ……」


「あれだって出来合いですから、健康に良いとは言えません。それに」


 橘は言いながら、おもむろにもう一つ、薄い緑色の布に包まれた物を取り出した。

 明らかに、俺が受け取ったものと同じ形をしている。


 なんか、嫌な予感がするんだが……。


「これが一番コストパフォーマンスが良いです。二人分作りましたから」


「……それで?」


「では、行きましょう」


「いや待て! 行くってなんだ! 俺はどこにも行かないぞ!」


 突然俺の腕を掴んで歩き出した橘を、咄嗟に引っ張り戻す。

 思った通りだ、こいつは……。


「まさか、食べないんですか?」


「食べる! 約束だからな! けど、一緒に食べるなんてのはごめんだぞ」


「それでは、あなたがきちんと食べたのか、確認ができません」


「だから信用しろって!」


「信用できません」


 昨日も聞いた、清々しいほどあっさりしたそのセリフ。

 譲る気はさらさらないと、橘の大きな目がそう言っている。


 だが、俺にだって譲る気はない。断じてない。


 ただでさえ、昨日の一件でいらん憶測が飛び交っているだろうに、これ以上噂の種を増やすのは絶対に避けなければならない。


「いいから、ついてきてください」


「い、嫌だ!」


「教室で一人で食べるのだって、あなたには都合が良くないでしょう」


 再び俺の腕を掴んだ橘は、そこで意外なことを言った。


 俺に都合が良くない?

 なぜこいつが、そんなことを言うんだ?


「昨日話して、あなたという人のことは、なんとなくわかったつもりです。あなたの考えを踏まえた上で、一緒に食べることを私は勧めます」


「なっ……なんだよ、それ……」


「二人で、人目のつかないところに行きましょう。それが最も、お互いの目的のためになります」


 橘の言葉に、俺はついに反論することができなかった。


 二人で人目のつかないところへ。


 たしかにそれなら、周囲に与える情報も少なくなるし、橘も俺が弁当を食べるのを確認できる。

 お互いの目的のためになる。

 橘の言う通りだ。


 俺は半分納得、もう半分は諦めの気持ちで、早足で歩く橘を追いかけた。

 今度は俺を引っ張ろうとはしない。

 どうやら、俺が同意したことに気がついたらしい。


「……やけに、人の考えに理解があるんだな」


 精一杯の反抗心と皮肉を込めて、俺は言った。

 が、橘の返答はまたしても意外なものだった。


「……私にもわかりますから。あなたの気持ちは」


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