SMI―シャドウ・オブ・マーダーインク

碧美安紗奈

少女吸血鬼シャルロット

غول

「まずい、ヨハンナ!」

 デイビッドが警告したときには、ヨハンナはラルヴァの群れに体当たりをくらい遥か後方に押し飛ばされていた。

 霊視能力がない彼女には襲いくる霊体が見えない。知覚もできないため、女教皇も使えないのだ。


「ちっ!」

 舌打ちしたヘルシングは懐からコルト・ガバメントを抜き、レスタトに発砲した。しかし当たる寸前で中国服のジャンシーが標的を庇う。

 銀の銃弾シルバー・ブリッドで盾のジャンシーは殺せたが、草原に崩れたそいつの背後にもはやレスタトはいなかった。

 焦ったヘルシングはレスタトを捜すため周囲を見回し、上空で三体のエンプーサとぶつかるシャルロットとカインを捉えたところで、視界を乱された。

 何者かに横から飛び掛かられ、仰向けに倒されたのだ。天上を向かされた視野には、猛獣の牙が迫っていた。ハイエナに変身したグールだ。

 あまりのことに反応できず餌食になりかけたとき、ハイエナは吹っ飛ばされた。

 数ヤード先の地面に落ちて草を削り、土を露出させてなお数フィートの着地跡すら刻む。


「大丈夫か?」

 案じたのはデイビッドだった。コヨーテ・トリックスターの怪力でグールを殴ったのだ。

「そうだ……ね」

 背中が若干痛む程度だったためそんな返答をしたヘルシングは、デイビッドに腕を引っ張られ起こされた。

 休む間もなく二人のSMIがヨハンナの方に顔を向けると、かなり離れたところで彼女はうずくまり苦しんでいた。身体中にラルヴァがまとわりつき、精気を吸われている。

 すぐにデイビッドが踏み出そうとしたところで、別な方向からも悲鳴が上がった。


 アリスだ。ハイエナになったグールに襲われている。

 そしてデイビッドは、少女のもとに走っていた。そっちのほうが近かったせいもあるが、彼自身は認めたくない何かを感じたせいでもあった。

 その感情を振り払うように、怪力に変換したパンチをアリスの上の獣に放つ。ところがそいつは仲間のやられ方から学んだのか身を交わし、デイビッドの腕に食らいついた。

「くそっ!」長引くと判断し、デイビッドは指示する。「――ヘルシング、ヨハンナを頼む!」

 完全な霊体のラルヴァを補足し、相手にできるのはデイビッドを含め四人。ヴァンパイアの二人はエンプーサと交戦中なため、ヘルシングに頼るしかない。

 オランダ人は返事をせずに行動し、瞬時に尼僧のもとに駆けた。見届けて、デイビッドが手刀をグールに振り首をはねる。

 分断されたハイエナの頭部が転がった。

 アリスは驚いた顔で座り込み、デイビッドを見上げた。

「アリス」なぜだか気恥ずかしさを覚えながら、デイビッドは言った。「なるべくそばにいろよ」


 別な方角で銃声がした。

 モーゼスとアランがコリンを護りつつ、黒人男姿で迫るグールを銃撃していたのだ。

「コリン」

 デイビッドは呼び掛け、自分のほうを向いたコリンへ拳銃S&WのM10を懐から出して投げた。

「使え、おれには異能がある」さらに、同僚へと訴える。「モーゼス、みなにアドバイスを頼む」

 するとさっそく、モーゼスはコリンに助言した。

「了解。――コリン、グールは腹を狙え。他は、聖水や炎で焼き切らん限り再生する。連中は基本的に不死身だ」

 それを耳にしてデイビッドは嫌な予感がした。恐る恐るさっき倒したグールたちを確認すると、遺体がない。

「コヨーテ!」

 アリスが警告した刹那、デイビッドは復活したハイエナ姿のグール二体に飛び掛かられ、押し倒されていた。



 鉛玉に貫かれたラルヴァたちが煙のように消え、ヨハンナに群がっていた余りは恐れをなして退避する。

「無事かい?」

 ラルヴァを射殺したヘルシングは声を投げながら、うずくまるヨハンナへ駆け寄った。

「……あなた、でしたの」

 よろよろと立ったヨハンナが、アリスを護ってグールと戦うデイビッドに目を向けた。

「同じ気持ち、だったようですわね」

「えっ?」

「ありがとうヘルシング」

 謎めいた呟きに疑問の声を上げたヘルシングにはそれだけ告げて、ヨハンナはデイビッドたちのもとに走りだした。


 デイビッドは怪力を発揮した両腕で、一体ずつグールの頭を抑えていた。

 そこに三日月刀シャムシールが襲いかかる。

 二体のグールは、斬撃を腹に喰らってデイビッドの上から落とされた。

 自分の横にもんどり打って転がったグールたちを、デイビッドはぽかんと眺めた。彼にはただ、勝手にグールが退いたように感じたのだ。

「まったく、護るものが多いと」

 遠くから彼らへと近付きながら、ヨハンナが忠告した。

「面倒が増えるだけですわね」

 そこでデイビッドは先ほどの出来事が女教皇による現象と理解して、衣服の汚れを払って立ちながら応えた。

「サンキュー、ヨハンナ」

 そして、背後で震えていたアリスの肩に手を回して抱き寄せると、少女は恥ずかしそうに面を伏せた。

 そんな二人を見つめるヨハンナの顔には、特に表情は浮かんでいなかった。


「ひと思いに殺せ……」

 不気味な二重の声がして、近くにいた視線が全部音源に向いた。

「とどめを刺すがいい」

 グールだ。

 男女の姿になった二体が人間たちへと、腹を押さえてうずくまりながらハモるように台詞を吐いている。傷口からは、血でなく火が溢れていた。

 戻ってきたヘルシングを加え、デイビッドとアリスとヨハンナはしばし気味悪そうに敵と対峙したが、やがてコヨーテは哀れんだ。

「……潔いというかなんというか。どうにせよ長くねぇだろ」

 告知して別の敵のほうに踏み出すと、残る三人も従った。しかし去り際に、ヨハンナはちらとグールに一瞥を送った。


「だめだ!」

 遠くで、炎となって消える一体のグールの死骸のそばからモーゼスが警告。だがヨハンナはすでに、シャムシールを放っていた。

 間髪を容れず。

 グールたちの傷口は塞がり、二体がハイエナに変貌しながら猛然とヨハンナに突進する。予想外の事態に対応しきれなかったヨハンナへ爪と牙が迫った。


 が、届かなかった。


「くっ……」

 首筋を噛まれ、腹を抉られたのはヘルシングだった。ヨハンナを庇ったのだ。

「説明を急ぐべきだった……」モーゼスが悔やむ。「グールは弱点を攻撃したあとは放置せねばならん。とどめを刺すと復活するんだ」

 ヘルシングは満足げな表情で崩れた。彼からはねた血を頬に付着させたヨハンナには、珍しく後悔の色が浮かんでいた。

 グールたちは勢いづき、戦意を喪失している様子の彼女へ飛び掛かる。

 惨劇にはデイビッドとアリスも気付いた。

 とっさにアリスは幻で相手を撹乱し、そこにデイビッドの怪力とヨハンナのシャムシールが腹に一撃を加え、グールたちは再度倒された。


「……わたくしのせいですわね」

 ヨハンナがヘルシングの遺骸の傍らに跪いて呟く。デイビッドは、彼女の肩に手を置いた。

「特性を知らなかったんだ、仕方ない。それよりここを切り抜けねぇと、ヘルシングも無駄死にになっちまうぞ」

 彼の言葉を体現するように、モーゼスたちが悲鳴を上げた。

 ユダヤ人とコリンとアランがラルヴァの群れに襲われていたのだ。もはや完全な霊体のラルヴァを認識できるのはヴァンパイアとデイビッドだけ。

 後者はすぐさまコヨーテ・トリックスターの異能を発動。超高速でモーゼスたちに接近すると、異能を除霊能力に変換してラルヴァたちを粉砕した。

 余ったラルヴァの集合体はまた離れ、礼を言おうとデイビッドに顔を向けたモーゼスが別な警告をした。

「後ろだコヨーテ!」


 デイビッドは超高速で振り返ったが、自分と同等の速度で放たれた蹴りを腹にくらった。

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