14:虎魚の棘が取れない③



「そうか。辛かったの」


 サツキの過去を話し終えると、流石の皇帝もその壮絶さに言葉を失った様子。それでも、何か言わないとと思ったのか、苦しそうな表情になって声を絞り出した。

 その話は、ユキたちがサツキと接触してから今までの話だけではなかった。風音が経緯を話し終えると、それに補足するかのようにサツキが口を開いてくれたのだ。


「……」

「うぅ……ぐすっ」


 その後ろで、アリスも苦虫を潰したような表情になっていた。……の、隣なんか、泣いているではないか!見た目と違って、今宮は泣き虫なのだ。きっと、サツキの境遇に涙を流しているに違いない。アリスの出したタオルハンカチで涙を拭っている。


 なぜ組織に入ったのか、いつキメラにされたのか、どんな仕事を請け負っていたのかも、彼女は素直に話してくれた。元々孤児だったこと、キメラになって3年程度が経とうとしているころ、身体に薬を入れられ強制的に人を傷つける行為をしていたこと。

 しかし、その話の中に直接レンジュに関わるようなものはなかった。むしろ、タイルやザンカンといった隣国との関わりが強い。彼女の話を聞く限り、「担当の国」があるらしい。レンジュで動いている人物もいるとの情報もくれた。


「そこしか居場所がなかったので。私は、カイトといれればそれで十分だった」

「……そのカイトなんじゃが」

「皇帝」


 皇帝が再び質問しようと口を開くと、それをユキが静止してきた。彼の言いたいことがわかって止めたような印象を誰もが持つも、掘り返せる雰囲気でもない。風音も、背中から冷気のようなものを感じ取り振り返れなかった。


「サツキちゃんのメンター新しくしてる時に、公安の人と接触してね。サツキちゃんの情報を欲しがってたよ」

「やはり、動いとったか。情報だけかの?」


 と、皇帝も何も言わない。

 ユキは、カイトの苗字が「灰」であることを風音に隠したかった。今、彼の話が出れば確実に知らされることになる。あの、ザンカンで助けてくれた魔警職員の苗字と同じであることを。

 「灰」なんて苗字は、珍しい。きっと、ユキが推測している通り彼らは兄弟だろう。年齢も近い。しかし、それは推測の域を超えないもの。だから、話したくないのだ。魔警の彼の口から、語られるまで。

 皇帝も、その微妙な感情がわかったのか何も言わずに話をそらしてくれた。


「うん。情報だけもらえれば、あとは誤魔化しておいてくれるって」

「なんと、物分かりの良い公安じゃの。もしかして……」

「オレの姉です」

「やはりな!であれば、話は早い。情報の受け渡しについては?」

「皇帝通して相談するって言ってた。後でコンタクトあると思うから、その時は呼んで。同席したい」

「うぬ、そうしようか」


 皇帝は、ありさの存在を知っていたようだ。人物がわかった途端、安堵の表情を浮かべた。


「もしかしたら、他国と情報開示して連携をとる話になるやもしれぬ。その時までに、色々情報を揃えたいの」

「知ってることならなんでも話します」

「うぬ。お主には少々辛いと思うが、身の安全を保証する代わりに話してほしい」

「はい。……先生と居られるなら、なんでも話します」

「ほほ、ユウトくん。懐かれたな」

「……なんだか、本当に妹ができたみたいで」


 そう言って、風音が隣で緊張気味の彼女の頭を撫でると気持ち良さそうに擦り寄ってくる。その表情は、「幸せだ」と叫んでいるよう。このまま、彼女には安全な場所で生きていてほしい。そう誰もが思えるほど、微笑ましい光景だった。

 今宮なんか、それを見てさらに涙を流している。ここまでくると、威厳も何もない。


「まあ、暴走とか不安要素は俺がなんとかする。で、先生には表向きサツキちゃんの保護者として国に登録する。当面はこれでいけそうかな」

「……ユキよ。そこは、本音で話してくれぬかの。後から話を変えても遅いぞ」


 と、ユキの言葉に鋭い視線を向ける皇帝。何もかもお見通しのようだ。

 ユキは、自分の考えが読まれていたことに苦笑し、


「わかったよ。……サツキちゃん、元々魔力のある人間だったんだって。俺としては、魔力回路を復活させて先生の補佐にしたいんだけど」

「まあ、元々器があるのならできなくもない話じゃな」

「しかし、危険では?」


 まだ信用しきれていないのか、アリスが眉間にシワを寄せて発言してきた。

 魔力があれば、無力ではない。もし、暴走してしまった時に責任問題にも発展してしまうのだ。もちろん、彼女を奪還しに組織が追ってきたときも然り。


「大丈夫。魔力は俺が管理する。俺の魔力を体内に入れてあげるやり方であれば、管理できるでしょう」

「待って、そこまでしてもらうには」


 と、ユキの提案を遮る風音。

 そのやり方は、下手したら与える側……ユキの魔力回路を壊す恐れもある行為と知っているのだろう。魔法使いは、ちょっとしたことで魔力回路を壊しやすい。壊してしまえば、大きく体調を崩すか、暴走するか。はたまた、魔力のない人間になってしまう。

 そこまでリスキーなことをさせるつもりがない風音が止めるのも、無理はない。が、


「やる。……私、やります。足手まといにはなりたくない」

「サツキ……」


 サツキが、その話に乗ってきた。

 その声に風音が顔を向けると、真剣そうな表情をしたサツキが皇帝の顔をまっすぐに見ている。元々、自身が守り安全な暮らしをさせようと思っていた彼なのだが、サツキの意思も尊重したい。故に、ここまではっきりとした言葉にNOとは言えない。


「……話がまとまったようじゃの」

「千秋にサツキちゃんの身体調べてもらう時に、俺がやるよ」

「無理よ!だって、魔力を失ったのは3年前なんでしょう?魔力開通からしないと、注入は不可能よ」

「わかってるよ。それも俺がやる」

「ユキ!だって、あなた」

「俺がやる。その覚悟を決めて、サツキちゃんをここに連れてきてるんだよ」

「……」


 と、いまだに強く反対するアリスは、ユキの決意の硬さを知り口を閉ざした。こうなってしまったら何を言っても無駄であることを、長年管理部で一緒に働く彼女はわかっている。


「ありがとう、アリス。それよりも、俺に合う血液用意してよ」

「……わかりました。私が手配します」


 ユキの言葉に疑問を持つも、何も言えない風音。指示された今宮が皇帝の顔を伺い返事をする様子を見ていることしかできなかった。何故、魔力注入に血液が必要なのか。彼にはわかっていない。質問しようと口を開くと、


「はあ、今回は扉の費用がかからないと思ったらこれか」


 と、皇帝が大きめのため息をついてかき消されてしまった。

 ユキの血液型は、Ohと記されるボンベイ型タイプ。しかも、白血球がHLA型とかなり珍しい。故に、輸血を用意するとなると巨額な資金が必要になるのだ。


「そのために壊さなかったんだよ♡」

「いつも壊さないでほしいがな」

「んー、考えておく」

「考えることではあるまい!」


 ユキの言葉にずっこける皇帝を見て、サツキがここにきて初めて自発的に笑った。キメラには感情がないと知っているアリスは、その笑いを見て折れた様子。すぐさま、手首を縛っていた魔法を解き、


「……サツキちゃん、よろしくね」

「お、お願いします」


 と、近づいて手を差し出し挨拶をした。

 ビクビクしながらだが、しっかりとした言葉で返すサツキ。が、手を出した瞬間、バランスを崩してそのまま前に倒れそうになってしまう。


「……っと」

「あ、ありがとう……ございます」


 それを隣にいた風音が瞬時にキャッチすると、サツキはこれでもかというほど真っ赤な顔をして小さな声でお礼を言った。自分からしがみつくのはなんともないようだが、相手から来られると恥ずかしいらしい。


「……」


 その一連の流れを黙って見ていた皇帝の顔が一瞬緩むと、いつもの表情に戻り、


「アリスよ、千秋に緊急手術の手配を頼め。本日中に対応するよう伝令を出してくれ」

「はい」

「宮は、ユキの血液補充の準備を。あやつを連れてこい」

「はっ!」


 部下である2人に指示を出した。すると、すぐに2人は部屋からいなくなってしまう。その素早さは、さすが皇帝直属の管理部と言ったところ。

 が、シールドは残ったままになっている。サツキがこの部屋を出るまでは消えないだろう。


「……警戒して悪かったの。年寄りは臆病なんじゃ」

「いえ……」

「皇帝、寛大な処置をありがとうございます」

「うぬ。もう彩華から聞いているだろうが、お主はここの管理部に所属される。色々落ち着いたら新しい任務を言おうか」

「はっ!」

「あまりかしこまるでない。信頼できる人が増えるのは、わしも嬉しい。よろしく頼むよ」

「ありがとうざいます」


 彩華が言ったことを知っていたようだ。皇帝の言葉に立ち上がって敬礼する風音は、その使命を受け入れた様子。きっと、キメラであるサツキを守るためにも必要なものだと判断したのだろう。迷いが一切ない。その様子に、ユキが


「こうちゃんってさー、こうやってるとちゃんと仕事している人だよねー」


 と、いつものまったりとした話し方で「こうちゃん」に話しかけている。


「お主が気づいていないだけで、わしはちゃんと職務を果たすぞ?」

「うんー、そうだね。今日から、薄幸じいちゃんじゃなくて執務遂行じいちゃんの略でこうちゃんって呼ぶよ」

「……今まで、皇帝の略かと思っとたぞ」

「ふふ。ユキ、あなたは面白い人ね」


 そんな会話を聞いて、静かに笑い声をあげるサツキ。やはり、彼女は感情が豊かだ。


「いつでも笑わせてあげるよ、サツキちゃん」

「楽しみにしてる!」

「できれば、あまり費用をかけずに笑わせて欲しいのう……」

「……」


 その、なんとも実感のこもった言い方に、風音がおしるこのツケを思い出す。あれは、もう払ったのだろうか、と。

 まさか、この部屋につけられている扉を毎回壊しているとは思うまい。


 そんなやんちゃなユキは、続けて


「そうそう!こうちゃん、パンツ返す」


 と、懐からパンツを1枚出した。

 いや、懐からだったか?スムーズな動作すぎて、どこから出したのか誰も見れなかった。何故持っているのか、いつ奪ったのか、いつから持っているのか。疑問が出てくるも、その奇抜な行動に誰も質問を投げられない。


「な!」

「(皇帝の威厳とは)」

「あ、先生のもいる?」

「なんで持ってるの!?」


 風音のツッコミに、サツキの笑い声がしばらく続いた。

 やはり、ユキはどこにいても最後はムードメーカーなのだ。





 ***




「……」


 すでに、手術中のランプがついてから6時間が経過していた。が、人が出てくる気配はない。

 風音は、相変わらず無機質なソファに座って時間が経つのを待っていた。この6時間、一歩も動いていない。時間の流れが遅いものの、動くことも、スマホを弄って時間つぶしすることもする気になれなかった。


「ユウトさん」


 そんな風音の元に、コツコツと廊下を鳴らして誰かがやってきた。その声は、今宮のもの。


「今宮さ……ん!?」


 声に反応して顔をあげると、そこにはもう1人。見知った顔の人物も堂々とした態度でこちらに向かってきていた。


「こ、皇帝!?」

「よっ、ユウト。元気だったか?」


 そこには、以前と同じく露出の高い服を着て、にっこりと笑うマナがいた。



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