14:虎魚の棘が取れない②


「そのお嬢様は誰かな」


 いつもの執務席に座っている皇帝が、殺気を放ちながらユキに質問をしてきた。

 そこに、いつも醸し出している愛想の良さは一切ない。彼の後ろで魔力を放出させ威嚇するアリスも、その異様な空間を作り出していた。

 その様子を廊下で見ていた風音は、殺気にやられて部屋に入れない。ただ、唖然として事の成り行きを見ていた。すると、


「先生の妹さんです」

「ユキさっ……!」


 と、その空気が読めていないのかしれっと嘘をつくユキ。その異様な空間をなんとも思っていないかのように発言すると、そんなはずはないとわかっている今宮が苦しそうに咎めてきた。ユキが首を締めているので、あまり話せないのだ。名前を呼ぶだけにとどまった。


「……という程で保護した、ナイトメアのキメラです」


 続けてユキがそう言うと、皇帝は肩の力を抜いて背もたれに身体を預けた。それで、彼の殺気が一気に消える。


「自分がしてる事を理解しとるかな」

「はい、理解しています」

「そうか……」


 その会話は、なんだか風音とありさがしていたものに似ている。それに気づいた風音は、やっと緊張で硬直していた身体から力を抜いた。それに反応したサツキが、不思議そうに顔をのぞいてくる。どうやら、彼女は殺気を感じない体質らしい。先ほどとあまり変わらない様子で、成り行きを見守っている。自分の話題になっていることはわかっているようだ。


 ユキの返答を聞くと、皇帝は席から立ち上がってこちらへと向かってきた。


「皇帝!」

「……こやつがそういうなら信じる。それも、わしの仕事じゃ」


 歩き出す主をアリスが叱咤するように止めるも、当の本人の手がそれを静止させてくる。

 それを聞いたユキは、ゆっくりと今宮の首から手を離し解放させた。


「かはっ!……は、は、は」


 軽く喉を抑えられていた今宮は、急な酸素の量にむせかえる。その反動で、上に乗っていたユキが床に転げ落ちた。相当苦しかったようだ。

 とはいえ、その身体に傷は一切見当たらない。ユキは、手加減しながら相手をしていたと言う事だ。

 それに気づき安堵したアリスも、肩の力を抜いて皇帝の後に続く。


「入ってきなされ。お見苦しい場面を見せてしまってすまないの」

「……失礼します」


 皇帝は、転がったユキに手を伸ばしながらいまだ廊下に佇む2人を部屋の中に招いた。その手を借りてユキが立ち上がるのと同時に、風音たちが部屋へと入ってくる。サツキは、風音にぴったりと張り付いて皇帝を睨みつけていた。


「皇帝、すみません。……サツキ、顔見せて」

「先生、怖い……」

「大丈夫。ここにいるみんなは、サツキを傷つけようとしてるわけじゃない」

「……わかった」


 サツキは、風音の声で一歩だけ前に出て皇帝たちに顔を真っ青にして震えながらも深々と一礼した。

 それを見た皇帝は、


「……お主にはかなわぬ」

「いやいや。本気なら、アリスも向かわせたでしょ」

「わしも、まだまだ年取ってられんな」


 と、目を合わせずにユキへと声をかけた。それに面白そうに返答する彼女は、いつものユキに戻っている。

 その様子にフッと笑うと、皇帝はサツキの目の前に自らの足を進めた。いまだに頭を下げ続けている彼女に向かって、


「わしは、レンジュ国の皇帝をしておる者だ。お主のことを聞かせてくれるかの?」


 と、優しげな口調で話しかける。

 すると、サツキは頭をあげてその場で


「は、い……。私は」

「む、言葉が足りなかったな。話は座ってからしようか」

「あ、ありがとうございます……」

「失礼します」

「……っ!」


 と、自己紹介を始めたので、皇帝が慌てて席へと誘導してくれた。それに従い、風音も一緒にソファへと腰掛ける。が、ユキは座らずにその後ろに移動した。立って話を聞くらしい。

 その瞬間、アリスが素早く魔法を唱え、サツキの手足を見えない何かで縛り付けた。まだ、完全に信用はされていないらしい。


「ごめんなさいね。ちょっとだけ我慢してちょうだい」

「はい」

「サツキ、ごめんな」


 その流れに風音が顔を歪めるも、自身たちに拒否権がない事はわかっている様子。縛られたことによって重心を失い、ふらつくサツキを素早く支え謝罪を口にする。サツキは、その状況を素直に受け入れ皇帝の顔をジッと見ていた。


「さて、話を聞こうかの」


 彼が話し始めると、アリスが双方の間に透明なシールドを展開させる。これで安心なのか、そのまま皇帝の後ろへと移動し話を聞く体制になった。今宮も、それに加わる。


「はい。……天野がメインメンターに入って俺が彼女を管理することになりました。組織との関わりは、天野は全て断ち切ってくれています」

「全てとは?」

「んー、とりあえず、魔法の類は綺麗さっぱり解呪してあるよ。追跡魔法も切っちゃった」

「盗聴魔法は?」

「特になしと判断してるからそのまま。その辺のステータスは、アリスの方がわかると思うけど」


 と、皇帝の後ろに立っているアリスに声をかける。


「……特に危険はありません」

「そうか。なら、良い。ユウトくん、続きを話してくれるかな」


 彼女は、補助魔法が得意で分析の類に長けている。警戒心の強い性格と合わせて、それは皇帝を支える武器になっていた。

 その彼女が「危険はない」と言うのだから、それ以上警戒することはない。皇帝は、風音に向かって続きを促す。

 

「はい。彼女は」


 風音は、それに従い今までの経緯を、順を追って話し始めた。それを、いつもと変わらない穏やかな表情で聞く皇帝。

 少しは信用してくれたらしい。それに気づいたユキは、緊張感の漂う場所にも関わらず微笑んでしまった。ちょうど対角線上にいるためその表情を見てしまったアリスと今宮が、視線だけで咎めてくる。とはいえ、話も聞かずに攻撃してしまったためかいつものように鋭い視線ではない。

 やはり、彼女たちも仲間なのだ。ユキは、そこに暖かさを感じつつ風音の話に耳を傾ける。


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