14:虎魚の棘が取れない①



「いいの?」

「うん」


 風音とサツキは、この会話をすでに少なくとも十数回は繰り返している。それを隣で聞いていたユキは、5回までは律儀に指を折って数えていたのだが途中でバカバカしくなってやめてしまった。


「先生、そろそろしつこいです」

「いや、普通にアレだろ……」

「ネチっこい男は女にモテませんよ」

「……別に、そんなつもりねえし」

「ほら、サツキちゃん。こんなやつほっといて行きましょう」

「え、あ……。でも……」


 そろそろ本気でウザくなったのだろう。ユキは「迷惑」という感情を隠そうともせず、風音に向かって言葉を飛ばす。そして、サツキの方へと視線を向けてそう促したが、彼女は彼女でどうしたら良いのかわからずオロオロしている。少々しつこく言いよる風音の側から離れることに抵抗があるらしい。


「はあ。……覚悟決めてくださいよ」


 ここは、管理部が……というか、皇帝が管理している病院のとあるフロア。複数の部屋が存在し、入院できる病室はもちろん、レントゲンや心電図などといった検査室、手術室も備わっている。

 そこは、管理部メンバーの健康管理をしたり、任務で負った傷を癒してもらったりする場所として使われていた。故に、一般の人は立ち入れない一画。特殊な魔法で覆い隠されている場所なので、そこへの侵入者も0ではないにしろかなり低くなっている。

 今日は、わけあってまだメンバーになっていない風音とその連れであるサツキの入室が許可されていた。


 サツキを困らせていることにやっと気づいた風音は、諦めの表情になって、


「……わかったよ。ここで待ってるから、ちゃんと帰ってきてね」


 と、不安そうに見つめるサツキに向かって話しかける。

 ユキだって感情のある人間なので、こんな引き止めたくなるのもわからなくもない。これから行なうことは、少々サツキにとって命の危険性があるものなのだ。でも、仕方ない。「やる」と決めたのは、外でもない彼女なのだから。


「うん、終わったら先生のところ戻る」

「ん、何かあったら我慢しないで言うんだよ」

「わかった」


 それで安心したのか、サツキはそのままユキの方へとやってきた。そのタイミングで、


「話ついたー?」


 と、顔を覗かせてきたのは、魔警の解体部所属で管理部メンバーの健康管理も担っている千秋。

 魔警でお目にかかるいつもの白衣姿ではなく、術衣に身を包んで手術室と書かれた部屋から出てきた。相変わらず、怪しげな笑みを浮かべていて気味が悪い。


「一応、つきましたよ。先生が頑固で、サツキちゃんのこと離さなくて」

「なんでも良いから、早くしてー。待ちくたびれてユキのこと解剖しそう」

「それはやめてください」


 本当にやりかねないのが、彼女の恐ろしいところ。きっと、今もその術衣に複数の刃物を隠しているに違いない。ユキが少しでも油断すれば、その刃物と彼女の腕が光るだろう。

 千秋は、本当に退屈そうな表情になって綺麗に縛られた髪をクルクルと弄んでいる。


「……サツキが心配なだけで別に頑固では」

「はいはい、そうですねー。その通りだと思いますー」

「……」


 ユキの言葉にムスッとした表情になった風音。しかし、それ以上は不毛な争いになると分かったようで、大人しく口を閉ざした。

 それでも、心配は尽きない。一度離れたサツキへと自らの足を進め距離を縮めると、その身を抱きしめる。


「サツキ」

「先生?」

「……ごめんな」

「大丈夫。私はキメラになったんだもの。その時よりもずっと簡単な施術でしょう?」


 すると、サツキが顔を合わせてニッコリと笑ってくる。気を使われているのか、本心なのか、彼には判断がつかない……。


「……終わったら美味しいご飯、食べような」

「うん!ハンバーグ食べたい!」

「分かったよ、いってらっしゃい」

「行ってきます!」


 サツキの元気な返答にやっと安心したのか、風音はその温もりを離した。


「サツキちゃん、こっちです」

「今行く」


 いつの間にか術衣に着替えたユキが、サツキを手招くと小走りで近づいていく。その手を取り、2人は誘導してくれる千秋についてドアの向こう側へと消えてしまった。

 それと同時に、ドアの上には「手術中」の文字が点灯される。


「頼むよ」


 風音は、今までこんなに祈ったことがあっただろうか?と自分でも疑問視するほど手を固く組んで、壁側に置かれたソファへと腰を下ろした。





 ***






 その、数時間前のこと。彩華の護衛任務を終えた少年ユキと風音は、その足でサツキを連れてレンジュ皇帝の執務室の前に立った。

 コンコン、とユキがドアをノックすると、


「……どうぞ」


 少し間があったものの、皇帝の声が返ってきた。その声は、いつも通りなのだが、


「……あー、後ろにいて」


 ユキは、何かに気づいたらしい。風音とサツキを下がらせ、先頭に立った。

 その指示に黙って従う風音は、サツキを守るように抱きしめ目の前の扉を睨みつける。


「失礼しまーす」


 と、軽い口調を維持しながら声を発したユキが、ゆっくりとドアを開けた。すると、何かがその扉の向こうから飛び出してきた。


「やっぱり……っ!」


 視界に現れた蛇のような白いそいつは、ユキの身体に容赦無く絡みついてくる。その強い締め付けは、敵へ攻撃しているかのように容赦ない。その魔法が皇帝の付き人……今宮の幻術であると気づいているユキは、苦しそうに顔を歪めながらも瞳孔を見開き前を向く。

 そんな身動きの取れない彼女に向かって、双剣を構えた今宮が素早く近づきその片方を肩付近に落としてきた。


「はっ!」

「い゙っ……!」


 すぐさま、ユキの肩からは鮮血が迸る。ブシュッと派手な音を立てて飛び散る様子は、動脈でも切られたのか。しかし、それで動けなくなるユキではない。すぐさま、唯一自由に動かせる足を使って回し蹴りを炸裂させた。今宮は、わかっていたかのようにそれを屈んでサッと避けると、その重心を利用して双剣を再度振り下ろし小さな風を巻き起こす。

 瞬きひとつせず真剣な表情でユキに向かっていく姿は、やはり味方にするべきものではない。


「……クソ」


 が、ユキは彼が起こした鋭い風に自ら近づき、絡みついていたものを切ってしまった。自由になった彼女は、そのまま目にも止まらぬスピードで今宮との距離を縮める。


「!!!」


 今宮が攻撃に備えて刀を振るうが、素早くしゃがみこんで交わすユキ。下に重心をのせた彼女は、そのまま今宮の足に狙いを定めた。

 瞬間の出来事に、今宮はバランスを崩して倒れてしまう。


「……あ!」


 その攻撃によって、集中力が切れたのだろう。幻術によって出されていた双剣が、砕け散るように消えていく。床に落とされたままの、蛇のような白い物体も。


「……」


 ユキは、そのまま仰向けに倒れ込んでしまった今宮に馬乗りし、喉仏を潰すよう首に手を当てて冷たい目で見つめた。いや、その目は見下している、というのが正しい。

 負けを認めた今宮の動きが、それで完全に止まる。すると、


「そのお嬢様は誰かな」


 いつもの執務席に座っている皇帝が、殺気を放ちながらユキに質問をしてきた。


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