5:鞦韆は縦に揺れる②


「先生、どう?」

「どうって……。なくなってる感覚はあるけど」


 その言葉に、風音は恐る恐るガスマスクを外した。


「……え。え?」


 すると、彩華が驚いて短い声を発する。その視線の先には、ガラッと印象の変わった風音が眉間にシワを寄せていた。


 高めの鼻筋、形の良い唇、大きめの虹彩がバランス良くその顔におさまっている。瞳だけ見ると気だるいイメージを持たれやすいが、全体を通すとそれは彼の魅力に拍車をかけるもの。瞳にかかるまつ毛の長さも、艶めかしく見ている人に映り込んでくる。

 そして、それは全体的にやはりザンカンの女皇帝に似ているのだ……。

 何度かお目にかかっているユキは平然と、


「うん、良好♪」


 なんて言っているが、やはりその隣にいる彩華の顔はゆでダコのような赤さに。直視できないらしく、その視線は次第に下へと降りていく。

 肝心の呪いは、綺麗さっぱり消えていた。


「消えてるのは、1日だけだから。その間、開花もできないから気をつけてね」

「……わかったよ」


 とはいうものの、風音は今の状況の半分も理解仕切れていないだろう。今まで一族の呪いと思って付き合ってきたものをこうも簡単に期限付きとはいえ解放してしまうとは信じがたいこと。

 だが、それをユキに文句を垂れても仕方ないということもわかっているらしい。表情はそのままだが、口は閉ざしている。


「風音さんって、お顔が整っているのね」

「ねー。先生の一族はみんなこんな感じらしいよ」

「まあ!お会いしてみたいわ!いつものユキと並んで欲しい」

「俺には負けるけどね♪」


 と、彩華はイケメンが好きなのか手を叩いて絶賛するものだから、今度は風音が顔を真っ赤にしてしまった。褒められ慣れていないらしい。なんて言ったら良いのかわからず、会釈なんかしている。


 それに被せたユキの負け惜しみに近い言葉も、ここでは笑いのタネになってしまう。それくらい、風音は魅力的な顔立ちをしていた。


「にしても先生ー、ちょっと色気抑えないと目立つよ。なんか漏れてる」


 そうなのだ。先ほどから、通り過ぎる女性陣たちの視線が痛いほど突き刺さってくる。全員が全員真っ赤になりながら通り過ぎるものだから、なんだか不思議な光景と化しつつあった。

 しかし、誰一人カメラを向ける人はいない。予想以上の美形を目の前に、カメラの存在を忘れているのだ……。


「……抑え?漏れ?あ、ザンカン皇帝になんか言われた」

「マナもすごいからね。多分、体質なんだと思うよ」

「……出してる感覚ないんだけど」

「まじか。俺が抑える?」

「いや、……なんとかする」

「なんとかできてないけど……」


 マナの「漏れ出す」と言っていた意味を理解した風音。しかし、自覚がないのでどうやって抑えたら良いのかわかっていない様子だ。わざと眉間にしわを寄せたり、考え込むような表情をしたりしていた。

 それでも、風音の全身から、女性を釘付けにするようなフェロモンが放出され続けている。これを浴び続けるのは、少々身体に悪そうだ。


「……え、どうすんのこれ」

「親族とかから聞いてないの?」

「聞いたことねえし、みんな普通に生活してるし」

「風音さんの一族ってすごいわね……」

「ガスマスクが今までそれを隠してくれてたってことか」

「知らなかった……」

「本人が知らないなら、俺らはもっとわかんないよ」

「……」


 ユキが言うように、今まではガスマスクがそれを抑えていたのだ。それに加え、しっかり睡眠を取り、魔力も満タンな彼は絶好調。以前のように眠気もないし体力もあるので、それも影響してこんな状況を作り上げてしまっているのだろう。予想以外の出来事に、ユキは笑いを噛みしめる。

 ムスッとした顔も魅力的に映ってしまうのだから、救いようがない。


「先生!?」


 そこに、タイミングよく3人が戻ってきた。ゆり恵を筆頭に、「何か見てはいけないものを見てしまった」と言わんばかりの表情をしながら風音に視線を向けている。


「え」

「え」

「え」


 と、同じリアクションをして固まる3人。今度は、それを見た彩華が笑いを噛み締める番になった。


「どうしたの!?」

「マスク外してる……」

「え、先生カッコいい」


 ゆり恵と早苗が、ポーッとしている。……いや、まこともだ!

 しかも、それだけじゃ済まない。風音の周囲には、目をハートにした女性陣が集まってきてしまっていた。これでは、護衛もへったくれもない。


「先生、やっぱ抑えられない?多分、リリーサーフェロモンの一種だと思うからあんま良くないと思う」

「……これでも抑えてんだけど」

「嘘でしょ……。ちょっと全開にしてみてよ」


 と、何を思ったのかユキがそう言うと、風音が肩の力をスッと抜いた。……と、同時に、周囲にいた女性陣が真っ赤な顔をして嘘のようにバタバタと倒れ出す。


「うっそ……。マジで?」

「……なんかごめん」

「……負けた気がする」


 どうやら、ユキには効かないらしい。その光景を、複雑そうな表情で見ている。その隣にいる彩華も、そこまでと言う感じ。まあ、彼女はユキにぞっこんだから仕方がない。

 しかし、まことたち3人にはバッチリ効いているようで、倒れはしないが顔の赤さは異常である。


「はいはい、遊びはそこまで!」

「遊び……」


 彼女の声で、我にかえる3人。当事者は、その「遊び」に落ち込んでいたが、これだけ被害を出せば何も言い返せない。倒れた人を介抱しているユキを咎めることもできず、佇んでいた。


「で、先生どうしたの?」


 正気に戻ったゆり恵の質問に、風音が先ほどのタイル国の掟について解説する。呪術が盛んなこと、口を覆っての入国が不可になっていることなど。

 いつもメモを取っている早苗も、彼の衝撃な容姿のせいかその手は動いていない。いや、その周囲もかなり異様だ。なんせ、人がバタバタと倒れているのだから……。もう収集がつかないので、一旦無視して話を進めよう。


「……なるほど」


 3人は、先ほどよりも風音の姿に慣れてきたらしい。真剣な顔をしながら話を聞いていた。

 ユキはというと……。


「お姉さん、あんなチャラい男より俺にしなよ」


 相当悔しかったのか、倒れた人を口説いている!

 大丈夫、君もカッコ良いよ。


「悪いんだけど、タイル出るまではこれでいかせて」

「はーい」

「先生はこれがあるからガスマスクしてたんですね」

「こんなカッコ良いなら最初から顔出してよね!」

「ふふ。楽しいわね」

「……死活問題です」


 と、そのやりとりに笑う彩華。本当に楽しそうにしている。

 彼女は、いつももっと年上を相手にした仕事が多い。年齢の近い人との交流が少ないのも相まって、有意義時間になったことは間違いなさそうだ。

 一方、自身をコントロールできないことにショックを受ける風音が対照的だ。いや、そんな彼に負けて (?)意地を張っているユキも加えるともう何がなんだか。


「……おい天野、行くぞ」


 最後の人を介抱し終えたのか、背伸びをしているところを風音が呼び止める。あの量の女性陣をどうさばいたのかその場にいた誰もが驚くも、しれっとしている彼の表情はまだまだ余裕そうだ。その辺りのガッツは風音以上だろう。


「ユキ……くん、行きましょう」

「はーい。彩華姫、よろしくー」

「よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」


 改めて、挨拶を交わしていくチームメンバーたち。

 やっと、護衛任務の始まりである。


「よろしくね」


 そんな元気の良いチームを前に、彩華がニッコリと笑って言葉を返した。




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