6:春雷が轟く①
タイル国は、ヒイズ地区から意外と近い。変に山脈や湖を越える必要がないので、余計そう感じるのかもしれない。
ユキたち6人は、そろそろ国境へ差し掛かろうとしていた。
「予定より早めに着きそうですね」
「ええ、思ったより時間がかからなかったわ」
道中、害のあるモンスターも少なかった。アカデミーで習った無力魔法のみで退治できてしまうほど弱い生き物ばかりだったこともあり、さほど魔力を消費せず目的地に着きそうだ。
「先生の取り巻きもいなくなったね」
「ほんとだ!いつの間に!」
「……取り巻きって」
風音も、自身のフェロモンをコントロールができるようになったのか周囲に集まっていた女性陣がいなくなっていた!
出発した時点では、まっすぐ歩くことすらできないほど人に囲まれて大変だった。それに悪ノリしたユキも遊ぶものだから、進まないこと進まないこと。これではいけないと見兼ねた風音が、必死になって抑えなかったらどうなっていたことやら。自分で蒔いたタネとはいえ、少々彼には辛い旅になってしまった。
「みんな、すごいのねえ」
モンスターが出なかった、とはいえ、小さなものには数回遭遇している。
それが討伐対象のモンスターなのか慎重に見極め攻撃魔法によって倒すたび、彩華が目をキラキラさせながら見るものだから3人の気合いも十分だった。まことたちも、彼女が魔法を使えないことを知っている。最初の方はそれを使うことに躊躇している様子だったが、最後の頃には得意魔法を見せるほど打ち解けていた。
「早苗ちゃんは守りに強いし、まことくんは魔力量があるのにそれをコントロールする力があるのね。ゆり恵ちゃんは幻術タイプの攻撃で見とれちゃうわ」
と、短期間で1人ひとりの分析ができる彼女は教師に向いているのだろう。褒めるポイントもちゃんとわかっているのだ。上部だけではなくしっかり向き合う姿勢があるからこそ、それがわかるのだろう。さすが、大国の姫といったところか。
「ユキくんはムードメーカーね」
魔法を一切使っていないユキもしっかり褒めてくれる。
「彩華姫」とは、そういう人なのだ。だからこそ、国民の間で人気が高い。
「彩華姫に褒められるなんて……」
「精進します」
「ありがとうございます」
3人は彩華の言葉が嬉しかったようで、頬を赤らめ興奮した表情をしていた。
「ご存知の通り、私は魔力がないから。あなたたちが羨ましいわ」
「……」
その言葉を発した彼女は、少しだけ寂しそうな表情になった。とはいえ、それを察せるのはいつも一緒にいるユキのみ。その健気さに、心臓がキューッと痛む。
魔力がないだけ。しかし、彼女にとってその「だけ」は大きい。
「魔法よりもずっとずっとすごいもの持ってるじゃないですか。彩華姫の言動は、魔法よりすごいですよ!」
「みんなを動かせる力は、魔法じゃできないです。私は、彩華姫が羨ましい」
「わ、私もそう思います……」
本音だろう。まことたちは、憧れの眼差しで彩華を見ながら次々とそう口にした。
「体術もすごいし、あの試験の問題だって作れちゃうんだから!」
「あと、カクユ地方の飢餓を救ったり」
「今も定期的に通っていらっしゃるとか。僕には無理だなあ」
「まことには無理だよ、何しても続かないじゃん」
「ゆり恵ちゃんもね」
「……ありがとう、みんなは優しいのね」
3人とも、本心で話している。だからこそ、彩華の心にジーンと染み込んでくるのだろう。ニッコリと笑いながらお礼を言っている。
そんな彼女の瞳に涙が滲んでいるのを、ユキは見逃さなかった。
ユキは、3人が発したような言葉をあげられる資格を持っていない。嘘に塗れたこの身体で言えるのであれば、それは嘘でしかないのだ。
「…… (ありがとう)」
しかし、そんな道を選んだのは外でもない自分自身。どんなに押しつぶされそうなほど苦しい感情になろうとも、それを受け入れなければいけない。
今できることといえば、純粋な気持ちで言葉を発している3人へ感謝することだろう。ユキは、それに素直に従った。
「姫は、そのままでいてください。オレも助けられること多いですよ」
「あら、風音さんも?」
「あの堅苦しいランクの定期査定も、あなたがニコニコしてくれてるから受けようって気になる人が多いんですよ」
「ほんと!あれはどうにかしたいわよね……。お父様の管轄外らしいんだけど、それにしてもひどいと思うわ」
「そんなにひどいの?」
彩華の行動範囲は広い。
それは、政治家と皇帝の間を行き来するだけに止まらず、上界や主界の定期査定にも顔を出していた。その会場は、「早く終わってくれ」と言わんばかりの審査員たちで埋め尽くされた場所。元々、主導権を握っているのが公安警察の内部になっているのもあり、そこに皇帝は口を出せないのだ。
だからこそ、彩華が「見張り」の意味を込めて毎回出席している、というからくりである。それを、風音が気づいてくれたのだろう。
「ひどいも何も。査定しに行ってるだけなのに、犯罪者になって裁判にかけられた気分になるよ」
「へー。なんか嫌ね、それは」
「ごめんなさいね……」
「姫のせいではないですよ」
「でも、そういうところまで手が回ってないのが現状ですもの。もっとやれることはあるわ」
「……そう言ってくれるだけで、この国に生まれてよかったって思いますよ」
と、風音が話を締めると、
「みんな、優しいチームね」
「……うん」
彩華が、話に参戦してこなかったユキに向かって言葉を投げかけてきた。その口調は、「このチームでよかったね」と言っている。
それからも、色々な会話をしながらみんなでタイル国へと足を進めた。日常生活のこと、城での暮らしぶり、そして、たまには皇帝の悪口まで!彩華の話術も飽きさせないため、みんな腹を抱えて笑うほど楽しんだ。
「あ、待って」
と、彩華が静止させたのは、森を抜けようとした時である。何かを思い出したかのように、パタッと立ち止まった。
「……何か?」
「ちょっと寄り道して良いかしら?」
「姫の時間が良ければ、大丈夫ですよ」
「じゃあ、大丈夫!……みんな、面白いところ案内するからこっち付いてきて」
そう言って、彩華は出口直前のところで前に出て左へと方向転換をする。
その進む道は、「道」とは言えない場所。草が生い茂り、どう考えても歩くことを考慮したところではない。が、それを気にしていないように彩華がルンルンで進んでいくものだから、誰も文句を言わずについていくだけ。そんなお転婆な性格も知っているユキからしてみれば、「また始まった」と言ったところか。
「……わあ」
「え、すごい」
「家?」
5分は歩いていない。目的地には、すぐ到着したようだ。彩華が立ち止まると、突然視界が開けて一軒の家が目に飛び込んできた。
それは、カントリー調という言葉がよく似合う。赤い屋根に白い壁、洗練された大きなバルコニー。そのバルコニーには、観葉植物がズラッと並んでいた。
「ちょっと待っててね」
そんな光景に唖然としている他の人を置き去りにし、彩華は家に向かって歩き出してしまった。その軽快な足取りは、知り合いのところに行く時のもの。どうやら、この家の主は彼女の知り合いらしい。
「誰の家だろう?」
「すごいところにあるね」
「よく住めるわね、こんな何もないところ」
「ね……。近くのお店までどのくらいかかるんだろう」
「でも、瞬間移動できればそんな苦でもないかも」
「なるほどね……」
この背景にこの家は見慣れない。なぜなら、周囲は草が多く長いものだとユキの肩あたりまである。人が住んでるのなら、もう少し周囲が整備されてても良いだろう。それほど、殺伐とした場所に家が立っている。
「シャロ、いる?彩華だよ」
彩華が少しだけ大きな声を発してドアをコンコンと叩くと、秒でガチャッと扉が開いた。それは、ドアの前で待機していないとできないほど素早かった。
「本当に人がいた……」
と、発したユキの言葉がどれだけ共感を得たか。ポカーンとしながらコクコクと頷く3人の表情をみれば定かではない。
「彩華~!待ってたよ!上がって」
その家から、三つ編みのそばかす少女が出てきた。彩華より少し上の年齢だろう、これまた徹底された赤と白のカントリー調のワンピースがよく似合う人物だった。
シャロと呼ばれた女性は、目の前にいた彩華を強く抱きしめ顔をスリスリさせている。その仕草は、皇帝代理にするものではない。しかし、それが自然な行動として見ている人に映り込む。こういうのを、「親友」というのだろう。彩華も、それに答えるように抱きしめ返す。
そして、そのままの流れで彩華だけを家に招こうと手を引くので、
「待って!みんなもいるの」
「へ?みんな?」
と、急いでストップをかける彩華。彼女の後ろが見えていない様子だ。静止された言葉で、こちらの存在に気づいた様子。
「……~~!?!!」
人見知りなのだろうか。後ろにいた5人を見るなり、顔を真っ赤にさせて彩華の背中にサッと隠れてしまった。
「あ、あ、あ、あなたたちは……?」
と、先ほどの声量とは比べものにならないほどの呟きが。
「シャロったら、相変わらずね」
「だ、だって」
「ふふ、そういうところも好きよ。……シャロはね、『タイプスター』の原作者なのよ」
と、双方困惑気味な空気の中、さらに混乱するようなことを彩華が言い出した。
タイプスターとは、今巷で話題になっているスマホゲームのこと。ちょうど、ヒイズ地方に向かう時に早苗がダウンロードしたアレだ。
「え」
「え」
「え」
「え」
「……へえ」
と、予想通り全員が固まってしまった。
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