6:手と手を繋いで①



 険しい顔をした女性が、どっしりと執務室に佇む皇帝の席に座っている。その姿は、机の上に置かれた写真に写っている彩華の母親そのもの。

 彼女は、手に持っている用紙に書かれた文字を何度も読み返しては、眉間のシワを深くするという行為を繰り返している。


「これが、調査の結果よ」


 アリスが、彼女に向かっていつもの調子でハキハキと話す。隣には、今宮もいた。


「……それが本当であれば、下界チームNo.3を呼び戻すべきでは」

「……」


 そう今宮が助言するも、眉間のシワが深くなる一方でその女性は一言も話さない。用紙を握りしめるようにして無言を貫いている。それが気に入らないのか、


「皇帝!」


 と、今宮が机を叩く。

 彼が目の前の女性を「皇帝」と呼んでも、アリスはそれを黙って見ていた。

 時計の針は、既に深夜2時をさしている。それでも、この執務室に流れる空気は昼間のように……いや、それ以上に緊張感が漂っていた。

 ……それからどのくらいがたったのだろうか。しばらくして、彼女が口を開く。


「……なぜ私が黙っているか、わかるかな」

「それは……」


 その口調に垣間見る威厳に押されてしまった今宮がもごもごと話すが、最後の方は小さすぎて聞こえない。そこに、


「ユキね。頭を下げて姫に怒られるか。風音さんを巻き込むか」


 アリスが代弁すると、再び沈黙が訪れる。

 その場に流れる空気は、仕事をする場所にそぐわない。もっともっと薄暗く、どこまでも人を闇に引きずりこもうと躍起になっている何かがいるように錯覚させてくるもの。


「……どうしても、誰かに辛いことをさせてしまう。年取ったのか、判断が鈍ってね」


 その空気を破るよう、その女性が悲しそうにポツリと呟いた。


「私の命ならいくらでもやろう。ただ、それで終わるのかな?そんな簡単な話ではないからこうしてこじれてしまってるということだろう。あの男があちらにいるなら、なおさらこのままでは済まない」


 その絞り出された声に、今宮が珍しく舌打ちをしている。

 しかし、それを咎める人はいない。


「これは、引き受けた私にも責任がある」

「皇帝!あれは仕方なかった!!そう話はつきました」

「それは、私の夫を前にしても言えることか?」

「……」


 そう言って握っていた用紙を机に置き、立ち上がる。噛み付いた今宮は、その動作でおとなしくなった。そうせざるを得ない何かが、彼女にはある。


「宮よ、こういうのは順番なんだよ。どこかで帳尻を合わせないといけないことだった、それだけだ」

「だからって……認めません!私は!こんな選択をするためにここにいるのではない!!」


 今宮は、大きな声を上げるとそのまま、


「失礼します」


 と、律儀に頭を下げ執務室を出て行ってしまう。悪態をつくものの、その行動は彼らしい。

 バンとわりかし大きな音を立てて扉が閉まると、


「全く、あの短気は誰に似たんだか。来た時はもっと初々しかった」

「あれが素なのかもしれないですね」

「はは!なら、慣れてきたってことで良い傾向と捉えておこう」


 その姿を見て、アリスと女性が笑う。少し寂しそうではあったが、2人とも笑っていた。


「……さてと。さっきはああ言ったが、こちらも対策を練らないとな。「光」に、ザンカン出身がいただろう。ユキへの伝言を頼みたい」

「……いますが、彼は」

「大丈夫。あいつは、仕事とプライベートを分けるやつだ。もちろん、ユキもな」

「……私から伝令を出します」

「アリスがいると、いろいろ助かるよ」


 この国で「伝令」を出せるのは、皇帝と管理部のみ。その伝令は、強制的なお願いを綴るもの。拒否しても罰則はないものの、「拒否した」という事実はずっとつきまとってしまう。それは、仕事や生活に支障を来たすほど影響力が大きい。故に、伝令を授かったものは素直に従うしか道はない。

 その拘束具合をわかっているため、皇帝も管理部メンバーも滅多なことで伝令は出さない。が、今回はそれを上回る緊急事態らしい。

 アリスに向かってお礼を言うと、その女性は身体から光を発しパチパチと音を立てて皇帝の姿になった。


「そのために、私がいますので」


 その様子を、特に驚きもせず見つめるアリス。

 1人、冷静な人がいればその場は救われる。その例を、魔警で何度も見ていた彼女。自分だけは、外部から冷静で見ようと決めていた。

 それが、今目の前で身体変化している皇帝への恩返しでもあると信じて、彼女は目の前に座る主人に向かって頭を下げた。



 女性の名前は、「ミツネ」。誰もが皇帝だと思っている、その正妃であった。

 この事実は、管理部しか知らない。国民や政治家たちには、魔法を使って巧みに隠し続けている。

 もちろん、ユキも管理部の一員。皇帝が女性だと、初めから知っていた。だからこそ母親に甘えるように、彼女はミツネに懐くのだ。


「ありがとう、アリス。君らがいるから、私がここに君臨し続けられる。……死んだ夫の代わりに、な」

「私はどこまでもついて行きます、……ミツネ様」


 そして、残酷なことに彼女の娘である彩華は、この事実を知らずに今日も過ごしている。




 ***




 翌朝、No.3のメンバーはギルドへ向かった。そこには、相変わらず多くのカンコウドリが飛んでいる。

 ななみは、そんな鳥たちに朝食で出ていたパンを与えていた。それを、美味しそうについばむカンコウドリたち。彼女の真紅のキャミワンピと鳥の色が、見ている人の瞳を覚ましてくれる。


「あ、いたいた。おーい!」


 案の定寝坊した風音を4人で待っている時、ななみは掲示板にいる人に話しかけた。そこには、自分たちと同じくらいの魔法使い3人と教師だろうか?大人が1人。


「お、ななみじゃん」


 男の子が、ななみの声に反応し振り向いた。どうやら、知り合いの様子。


「おはよう、吉良」

「はよ。お前のチーム?」


 吉良と呼ばれた男の子は、そう言ってまことたちに目線を向けた。


「んー、期間限定でね。ミミとユイもおはよう」

「おはよう」

「おはよ、ななみちゃん」


 吉良の隣にいた男の子と女の子にも同様、声をかけるななみ。双子だろう。2人は、似た顔立ちをしていた。身にまとっている戦闘服も同デザインの色違いだ。


「初めまして」

「レンジュのチーム?」

「そうそう、No.2。同期だよ」

「へー、他のチームと関わらないから知らなかった。連番なんだね、僕たちはNo.3」

「お、偶然。よろしく!」


 まことたちも、そこに混ざって挨拶を交わす。吉良が、それに応じて手を差し出した。


「あ、魔警ですれ違ったね」


 目の前でニコニコするチームは、まことが動く資料に苦戦している時に廊下ですれ違った人たちだった。


「そうか?覚えてないや」

「すれ違ったよ」

「覚えてるよ、あの書類大変そうだなって見てたから」

「大変だったよ、くすぐったくて」

「よろしくね」


 早苗とゆり恵も、3人に手を差し出した。ミミとユイが、それに応えてくれる。


「本当は、もう1人ユキくんがいるんだけど、今日はお休みで」

「ああ、ユキもこのチームか」

「知ってるの?」

「同じ下界チームだろ?知ってるよ」


 何当たり前なことを?と、その顔は言っていた。吉良は、どうやら人を覚えるのが得意らしい。そして、真逆で人の顔を覚えるのが苦手らしいゆり恵の表情がかなり引きつっていることも記載しておこう。彼女は、相手と喋らないと覚えないタイプなのだ。いろんな人がいる。


「先生、ななみだよ」


 その会話の途中、ユイが隣にいた図体の大きな男性に話しかけた。男性は、下界用任務が貼られている掲示板を凝視してこちらに気づいていなかったようだ。


「なんだ、今日は少し難しいやつをだな……ん?」


 話しかけられて、やっとななみたちに気づいたらしい。それほど、真剣に任務をえらっダルゴナでいたということか。難しそうな表情から一変し、ニカッと気持ちの良い笑顔を向けてくれる。


「おー、風音のチームか!俺は、風音の先輩で「武井、余計なこと言わなくて良いよ」」


 武井と呼ばれた大柄な男性は、ちょうどやってきた風音の言葉に遮られて不服そうに……いや。


「風音!お前、しばらく見ないうちに小さくなったな!」


 そんなことはなさそうだ。そう言って、豪快に、そして嬉しそうに風音の背中を叩く。

 180cm以上ある人に「小さくなった」はないだろう。ただ、そう言われても仕方ないくらいがっしりとした体型の男性だった。


「そんなわけないでしょ。武井がデカいの」

「そうそう。先生がデカいんだってば」

「先生、可愛い」


 吉良に突っ込まれ、困ったように頭をかいている武井。それを見て、ミミとユイが同時に笑った。


 このチームも、同国の下界魔法使い。出身アカデミーが異なるため、互いに知らない存在だったらしい。同ランクの同期でも、交流の場が少ないためこのようなことが起きる。


「可愛いといえば!今日もななみさんは美しいな!」


 標的にされていた武井は、話題を変えるためななみに近づいていく。その手には、いつの間に出したのか1本の真っ赤な薔薇が。とてもマメな男らしい、トゲは取り除いてある。

 それを、それ以上に真っ赤なワンピース姿のななみに手渡した。


「ありがと。でも、私にはユウトがいるから……」


 と、まあよくわからない断り方をしつつ、ななみは薔薇を受け取りにっこりと笑う。その笑顔が、また魅力的で……。


「うおおおお!おい、吉良、ミミ、ユイ!受け取ってくれたぞ!今日は記念日だ、ステーキだ!!俺が奢る!!!」


 記念日=ステーキらしい。その思考はよくわからないが、それほど嬉しかったのだろう。

 にしても、なんとテンションの高いこと。まことたちは、そのテンションの高さに唖然とするしかない。いつものことなのだろう、風音と吉良たちは苦笑いを見せる。すると、


「じゃあ、私はユウトに何をあげようかな」

「なんもいらないよ」


 調子にのったななみが、風音の方を向いて何やら考えるポーズを取り始めた。

 それを見て何かを察したのだろう、彼は素早く断りを入れる。が、


「うーん、今所持品ないからこれあげる」


 と、風音の話を聞かずにもらった薔薇を受け流した。本人の前で良いんですかね……。


「おおおお!早速俺があげた薔薇が役に立ってるぞ!!!」


 ……良いらしいです。

 その発言に、嘘はないらしい。その証拠に、本当に嬉しそうな顔をして頬を紅潮させている。どうやら、単純な人のようだ。


「……いらないんだけど」

「ななみさんからの贈り物だぞ!大事にしろよ!」

「じゃあ、あげる?」

「はあ!?男からもらった薔薇なんぞ、速攻ゴミ箱行きだ!」

「……そっか」


 と、ツッコミどころ満載の発言をする武井。

 そもそも、その薔薇は彼から流れてきたもの。ということは、ゴミ箱に入れて良いということだろうか。

 風音はいつも通りため息をつきながら、その薔薇を腰のベルトにさした。綺麗に咲き乱れた薔薇を、捨てる気にはならなかった様子。


「……早速だけど、今日は自由任務受けてみようか」


 そして、何か誰かに話される前に、素早く話題を提供する。下界用掲示板に用がある人が少ないにしても、長居をすべき場所では無いため。そして、それを気遣える人物が自分しかいないとわかっているため……。


「昨日言ってたこれね」

「そうそう。せっかくだから、2チーム合同で受けてみよう」

「嬉しい!」

「やった!」

「ってことで、良い?武井」


 ゆり恵が、自由任務が貼ってある掲示板を指差すと、全員がその方向を向いた。そこに貼られた用紙は、昨日見た時よりも多くなっている。やはり、報酬面を懸念してか受ける人は少ない様子。しかし、こんな交流には持ってこいな任務だ。

 みんなが乗り気になったところで、武井に確認を取ると、


「なんだと!今日はななみさんとデートだと!?」

「いや、デートじゃn「よし、お前ら!俺はななみさんをエスコートするから、任務頑張るんだぞ!」」


 と、ななみの前に跪き、話を聞いているのかなんなのか差し出された手にキスをする武井。完全に引率をする気が無いのは確かだ。


「えー、私はユウトとデートしたい」

「はいはい、今度な」


 まあ、ななみもノリノリだから仕方ないか。この2人がいるところで真剣な話はできないと、風音は学習しただろう。

 2人を軽く受け流した彼は、掲示板の用紙を1枚抜き取る。


「そんな簡単に取って良いものなんですか?」


 昨日は、ななみが受付に向かって用紙をもらっていた。それを見ていた早苗の質問に、


「特別任務じゃなければ、勝手に取って大丈夫だよ」

「任務受けるの初めてなの?」

「うん、昨日はななみちゃんが取ってきてくれてたし」

「そうそう、皇帝と話していたし」


 と、メンバー同士の交流が進んでいく。

 こうやって、同年代と交流できるのは良い傾向だ。同期なら、ライバルにも協力者にもなってくれる。人脈を広げる大切さを学べただけで、双方のチームにとって今日の収穫と言えるだろう。


「え!皇帝と話したの?」

「いいなあ!」

「いや、俺はななみさん一筋だぞ!」

「先生に聞いてないよ」


 昨日の出来事をまこととゆり恵が細くすると、No.2のメンバーたちは羨ましがった。なお、ここぞとばかりに一途さアピールをした武井は、ミミからの直球にグサッときたらしく端の方でイジケている。大丈夫か、この教師。


「……とにかく。今日はよろしく」

「よろしくお願いします!」

「よろしくね」


 と、やはりまとめ役は風音になる。その声に2チームのメンバーが便乗し、賑やかに任務がスタートした。



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