5:フィナーレは天使のささやきで


 歓迎ディナーは、誰もが今までに見たことがないほどの豪華さだった。

 特に、デザート。自国にはないフルーツが多く使われていて、全員の視覚も味覚も楽しませてくれた。彼らは、改めてザンカンが自然に囲まれた国であることを認識する。


「はー、もう食べられない!」

「美味しかったです!」

「南国のフルーツって見た目すごいけど、食べると美味しいんだね」


 と、3人は大絶賛。

 座り心地の良い椅子に深く腰を下ろしながら、お腹をさすっている。食べ過ぎたらしい。


「今日は、こちらに泊まりなさい。親御さんには、こちらから連絡を入れておくから」


 そのタイミングでマナが、後ろに居た風音になにやら用紙を渡している。

 それは、この国の最上級に当たる高級旅館の宿泊許可書。断る理由もなく、


「ありがとうございます」


 と、風音が感謝の意を込めて頭を下げた。急いで、まことたちも立ち上がり彼に倣って頭を下げる。


 この食事会で、彼女がどれだけ偉く尊い方なのかを改めて知った。

 それを実感したのは、食事の内容だけではない。料理長や執事、メイド全ての注目の的である皇帝。彼女を中心に動いている現実を魅せられた時間だった。それでいて、「客人をもてなす」という態度は変えない。その絶妙なさじ加減は、人の上に立つにふさわしい人格であろう。

 まあ、風音とのやりとりを事前に見ていた3人は、それが同一人物であるのかいまだに疑ってはいるようだ。無理はない。


「さてと、満足していただけたかな」

「美味しかった~」


 と、いつもの調子で話すななみ。

 彼女の目の前に重ねられた皿の数だけ明らかにおかしい。大人3人前以上は確実に、その細い身体の中に収められている。しかし、それは見た目からはわからない。キュッと締まったウエスト周りに目が行ってしまったまことは、その行動にハッとして頬を染める。


「よかったよ」


 と声を発する風音は、食事をとっていない。マナのそばで、給仕に徹底していた。

 彼には、ガスマスクを外せないという理由がある。その奥に隠されている刺青は、人を威圧する魔力が込められているのだ。下手に見せないほうが良いだろう。それを、マナは知っている様子だった。

 故に、食事を運んだり飲み物をついで回ったり。彼は、手慣れた感じでそれをこなした。


「君たちと同じ国から来た下界魔法使いが、数チーム滞在しているはずだ。任務をこなしつつ、交流すると良いんじゃないかな」


 少しアルコールの入っているマナは、にっこりと笑ってまことたちを見た。

 その視線は、とにかく色気がすごい。アルコールで頰が赤くなっている程度なのに、女性としての魅力を十分に引き出している。これも、容姿故か。それとも、その露出の多い服のせいか。判断はつかない。


「はい!」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます」


 そうは言えども、それを感じ取れるのは大人だけ。よくわかっていない3人は、元気よく返事をした。

 お礼を言うと、早速全員でマナの取ってくれた宿に向かうためその広いダイニングを後にする。ななみも、それについていった。


「ごちそうさまでした」


 3人とも、満腹でまぶたがトロンとしている。この状態なら、宿のベッドに入ればすぐ眠りにつくだろう。

 マナは、その場で子どもたちと風音の姿を微笑みながら見送った。


「……あいつらが、ななみを支えてるのだな」


 その声は、誰にも聞こえないほど小さいもの。しかし、その表情は誰が見ても優しい微笑みに見えただろう。慈愛に満ちた表情で、今まで子どもたちが座っていた席を見ていた。


 時間を確認すると、すでに時間が23時を回ってる。客人がいなくなると、


「さて、二次会と行こうか」


 そう言って給仕に回っていたメイドたちを集め、食事を消しアルコールを魔法で並べていく。

 使用人も、人間。同じ席同じ食事を与えるのが、マナのやり方だった。


「ありがたきお言葉」


 料理長が、マナの手の甲にキスをし席に着くと、他のスタッフもそれにならう。いつの間にか来ていたサキも、その宴に加わりアルコールやつまみを美味しそうに食べていた。

 まだ、夜は長い……。




 ***




 全員が寝静まった頃。昼間に魔力交換をした広場に、刺青をさらけ出した素顔の風音の姿が。そこで一番大きな木に背中を預け、腰を下ろし月の光をボーッと見ていた。マスクは、その足元にある。

 そんな彼の周りには、独特の雰囲気を醸し出すような何かが漂っていた。


「……」


 光を浴びながらも、その瞳に月は見えていない。


「……~♪」


 隣では、真っ白なワンピースに着替えたユキが歌っている。その歌声は、今まで聞いたことがないほど澄んでいて、どこか儚げだった。お見舞いに行った時に聞いたあの曲とは少し違う。

 風音は、そんな音色に聴き入った。


「~♪」


 それは、子守唄にもなる。しかし、寝るにはもったいないと思わせる。そんな曲だった。

 高音が、彼の耳を心地よくくすぐってくる。その綺麗なビブラートは、そのまま空に向かって軽快に飛んでいった。


「……こんなことしかできませんが」


 そう言って、歌い終わったユキは彼の方を向く。地面に添えていた手を少し動かすとガスマスクに当たってしまい、カシャンと大きめの音が鳴り響いた。しかし、返答はない。


「……」


 風音は、穏やかな表情で小さな寝息を立てていた。寝付きが良いらしい。それを見て、微笑むユキ。

 魔力を少量練りこんだ声で歌えば、回復効果が期待できる。ユキの魔力量が多いのもあり、彼が先ほど負った手のただれは完治していた。

 ユキは、そんな彼の寝顔に顔を近づけ目線を合わせて見つめる。うっすらとではあるが、その周囲に魔力が集まってきているのが確認できた。それで、彼の魔力回復が「睡眠」であることを知る。


「……調子は良さそうだな」


 そこに、マナがやってきた。

 来ることがわかっていたのか、ユキは驚かず。ひたすら風音の顔を見続ける。そして、


「……先生を巻き込んで、私は何をしているのかな」


 そう、震えた声でポツリとつぶやいた。決して、マナに聞こえていないだろうその小さなつぶやきを、


「それが運命だったのだろう」


 と、彼女は拾ってくる。

 風があるので、声が乗りやすい。この拓けた広場は風の通り道になってるので、小さな声で会話しても十分に聞こえるのだ。


「ただの疫病神なのに、みんな優しすぎるよ……」


 そう無理に顔を歪ませ笑うと、一粒の涙をその小さな頬に伝わせた。涙がこぼれ落ちるのを止められないユキは、必死に泣き止もうとするも難しい様子。笑えば笑うほど、その頬には堪えていた大粒の涙がこぼれる。


「お前が歩み寄ってるからだろう?みんな、お前の力になりたいと願ってるんだよ。もちろん、私も例外じゃない」

「……どうだろうね」

「……人が信用できないのか?」

「わからない。私に、その判断はできない」

「子どものくせに考えすぎなんだよ」

「マナだって、色々背負いすぎだよ……」

「……どこまで知ってるんだ?」

「さあね……」


 マナは、月明かりを背に立っていた。その強調されたボディラインが、誰が見ても美しいと感じられるほど神秘的に映り込んでくる。どんなにユキが背伸びをしようともがいても、女性らしさは彼女に到底敵いそうにない。きっと、その余裕そうな態度も、周囲に向ける優しさも。


「お前も私も、互いの力に気づいているのにそれを口にすることが許されていない。難儀だな」


 逆光で、その表情は見えない。声だけでは、どんな表情をしているのかはわからない……。


「そうですね……」


 涙をぬぐうと、鼻筋の通った、そして、顔立ちのよく似た2人を交互に見る。それは、見れば見るほど同じ特徴を見せつけてくるもの。しかし、彼女が口にしない限り、その事実を風音に伝えることはないだろう。

 ユキは、眠っている彼の安心しきった顔に再度微笑んで、その頭をゆっくりと撫でた。これ以上、彼の前で弱みを見せるわけにはいかない。


「……敵には回したくないよ」


 マナの皇帝として受け継がれている能力は、時間軸を固定すること。この瞬間も、時間を止めて……と言うよりは時間の狭間に潜り込んで会話をしているのだ。故に、能力を切ると少々時間が先に動いている。とはいえ、コンマの世界。魔法によって引き伸ばされた時間は、もっともっと長い体感時間を与えてくれる。

 この力は、この国の皇帝が継ぐのがしきたりになっているもの。もちろん、そんなことユキにもできない。

 それは、レンジュに受け継がれている「時間軸移動」と同じ類の強力な魔法だ。


「お互いそう思っているんだろうね」

「そうだな……」


 そう言うと、再び歌い出したユキの歌声に耳を傾けながらマナは時間を進めた。すると、少しだけ月の位置が移動しているのが見える。しかし、響く歌声は変わらず聴いている人を癒してくれるものに違いはない。その差を微笑むマナは、続けて


「ユキ。あいつが城で待っている。少しだけ相手をしてくれ」


 と、ユキに向かって話しかける。しかし、返答はない。それをわかっていたのか、さほど反応は見せず。

 そのまま、眠っている風音に近づき少しだけ屈むと、


「やはり、性別が違うと呪いの気配も変わるもんなんだな」


 と、指で刺青をなぞった。彼がその行為に、くすぐったそうに眉間にしわを寄せるが起きることはない。


「……ふふ、一度できた縁だ。いつでも頼ってくれ」


 そう言って、マナは来た道を戻る。

 城に戻る途中も、そよ風にのって綺麗な歌声が響いていた。それは、今宵の月と良く合う。



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