2:秋の気まぐれ、あまねく季節



 魔法特殊警察。通称、魔警。

 そこは、国の秩序を正すべく、法の下に結成された組織が集う場所。

 魔警本部には、休みという穏やかな時間は存在しない。常に、危険が隣に潜んでいる。


「これ、3課に回して」

「こっちは2課」

「待って、この書類ハンコない!差し戻し!」


 魔警本部の一階では、一般窓口と、課ごとの受付が設けられている。

 一般受付には、年に1度ある魔法免許更新や罰金を科せられた人たちでいっぱいだ。受付に座っている人は穏やかな表情で対応するが、その後ろは鬼の形相のような顔で走る人ばかり。

 魔警の人手不足は、年々深刻化している……。


「今回の任務先は、魔警の2課と3課ね。2グループに分かれてもらうよ」


 ざわざわとした魔警本部一階に到着した5人は、仕事の邪魔にならないよう隅の椅子に座って任務内容の確認をしていた。辺りを見渡すも、他の下界チームは見当たらない。


「何をしている課なの?」

「そうだな。大まかに言うと、2課は違法魔法の取り締まり、3課は強盗や窃盗などかな」


 風音の言葉に、3人はメモを取る。おっと、珍しくユキもメモを取っていた。


「まーるかいて~♪」


 ……いや、絵を描いていた。


「まずは、後藤と天野。お前らは2課に行け。桜田と真田は3課。それぞれ現場で説明があるから、ちゃんと聞いてね」


 風音が発表したチームごとに集うと、


「1課が一番大変そうですけど、なんで2・3課なんですか?」

「確かに。一番大変なイメージあるの1課だよね」


 と、まことが質問をする。それにうなずく早苗とゆり恵。一斉に、風音の方へ視線が集まる。


「1課は、下界には務まらないから。殺人扱ってるし、ここで負傷されると今後の任務に支障をきたすでしょ」

「そんなの魔法で治せるんじゃないの?」


 持っている書類に何かを書き込みながら、まことの質問に淡々と答える風音。


「んー。正確には、危険な指名手配犯や殺人犯、組織ぐるみの犯行を追うのが仕事なの。そこに、魔力の低い下界がいても足手まといなんだよね。回復にいちいち魔力を使ってる時間がもったいない」

「確かに、今の僕たちが行っても足をひっぱるだけだね」

「うーん、早く強くなりたい!」

「そ、そうだね」

「まあ、俺の美貌は捜査の邪魔になっちゃうよね。見とれてて犯人逃したら大変だし」


 そ う で す ね 。


「まずは数こなして立派な魔法使いにならないとね」


 と、風音の強めの言葉にもめげない3人。むしろ、その言い方に納得したのか、気合を入れ直すかのように頬を両手で叩くまこと。パンッと良い音が響いた。……なお、ユキの発言はゆり恵の早苗のツボをついたようで2人の肩が震えているのも記載しておく。


「そうそう、まずは数。今週1週間は、魔警で国の現状も勉強できるから」

「へー、それは面白そう」

「テストには出ないけど、今後役立つよ。他国に任務行くこともあるし」

「なにそれ!行きたい!」

「おいおいね」


 そう言うと、風音は手に持って記入していた書類をまことと早苗にそれぞれ渡そうと腕を伸ばす。

 と、その時だった。


「あれ?」


 ツインテールの年齢不詳女性が、5人に近づいてくる。白衣に包まれた彼女は、独特の雰囲気を醸し出してこちらを凝視していた。

 瞳孔が見開かれているせいで、その雰囲気に殺気のようなものを感じてしまう。3人は、後ろに一歩ずつ下がる。


「千秋」


 風音が、その女性の名前を呼んだ。どうやら知り合いらしい。


「……ユウトも居る。何なの?」


 千秋と呼ばれた女性が首をかしげると、髪の毛が揺れる。艶のあるそれは、建物の電球を通してきらきらと輝いていた。

 しかし、目の下にできた深いクマとの相性が少々よろしくない。アンバランスさが、見ている人たちにも不気味に映った。その証拠に、周囲の魔警職員たちも彼女を避けるように廊下を歩いている。


「下界の引率。これから初任務で」

「あー、そうか。下界引率になったんだよね」


 千秋は、4人の顔を瞬きせずにまじまじと見つめてくる。その瞳は、今にでも眼球が取れてしまうのでは?と心配するほど不気味な大きさ。それにクマもプラスされ、やはり物騒なイメージしか沸かない。

 きっと、何日も寝てないのだろう。それが、一層気味の悪さを引き出していた。


「で?なんで君もここにいるの」


 そう聞く千秋の目は、ユキに向いている。彼女に会ってからなんだか大人しいと思えば、どうやら知り合いらしい。物凄い勢いで目を泳がしている。


「ひ、人違いでは? (なんで気づくの!?)」

「え、だって君あま「天邪鬼!」」

「あま「アマ……テラス大御神!」」

「ユ「由々しき事態!」」


 千秋の言葉にかぶせるように、ユキは思いついた単語を叫んでいく。いやいや、名前ならバレても大丈夫でしょうに。

 ユキは、そんな判断もできないくらい焦っている。その様子を見た彼女は、興味を失ったのか


「まあ、いいや。あたし、これから刃物屋行ってくるの」


 と、手で何かを斬る真似をしながら風音に向かってニヤつきながら話し出す。その手の動きは、しなやか。まるで、オーケストラのタクトを振っているかのような印象を与えてくる。


「(助かった!)」


 ユキは標的が外れたことで、珍しく冷や汗をかいていた……。


「千秋、また折ったんでしょ」


 話しかけられた風音は、そんな彼女を見て珍しく笑い声をあげている。かなり親しい仲らしい。

 彼の笑顔を見たことがなかったNo.3のメンバーたちが、少々驚く。


「だって、硬くて。しょーがないじゃん」

「何をしている人なんですか?」


 2人の会話を聞いていたゆり恵が、彼女の方に質問する。すると千秋は、質問してきた彼女の顔を見ながらニヤッと笑った。その笑いに、ゆり恵は一歩下がる。いや、まことと早苗も。やはり、近寄りがたいオーラがあるのだ……。


「何って……解剖だよー、人間の。君たちもやる?ハマるよ」

「……」

「……」

「……あ、はい」


 それを聞いた3人は、すぐさま苦虫をかみつぶしたような顔をした。ということは、先ほどタクトを振っていた動きは人間を切る動作だったのか。

 きっと、全員が「聞かなきゃよかった」と思ったことだろう。死体を間近で見たことがない3人にとっては、衝撃的な話だったようだ。

 そう。彼女は、1課の死体解剖チームに所属する魔警職員。通称「解体部」のリーダーとして、魔警で働いている。

 そして、医師免許も保持しているため、管理部メンバーの体調管理をするのも彼女の仕事だ。しょっちゅうユキとも接点があるので、気づかれない方がおかしい。しかし、彼女はユキが苦手とする人物の1人。少女姿で過去に一悶着あり、2人きりになることはそれ以来避けている……。


「ふふふ。じゃあ、また会いましょー」


 みんなの反応を面白そうに眺めながら大あくびをすると、そのまま建物の入口へと消えていってしまった。やはり、彼女が歩くと周囲の人が避けて行く……。


「……ユキくん、知り合い?」


 早苗は、千秋の後姿を見ながらキョトンとした表情になってユキに聞いてきた。一難去って安心しきっていたためか、肩がピクッと動く。


「なんか、知ってる風だったよね」

「い、いや、テレビで俺を見たんじゃないかなあ。ハハハ」

「そ、そうね。そうよね!」


 そう言うユキの額には、誰が確認してもわかるほどの汗が浮かんでいた。これ以上聞いたらいけないと気を利かしたのか、ゆり恵が終止符を打ってくれる。意外と気遣いタイプらしい。


「(もー、後で千秋ブッ飛ばす!!!)」


 と悪態を心の中でついても、出来はしない。

 一度、生きたまま解剖されそうになったユキは、彼女と2人きりにならないよう行動しているためだ。ユキにも、勝てないものがあるらしい。


「まあ、とりあえず、これ。担当の人に渡しておいて」


 と、区切りの良いところで風音が先ほど渡そうとした紙を差し出してきた。


「これは?」

「許可書。こいつら1週間貸すんで好きに使ってくださいって」


 その書類には「借用書」と書かれていて、それぞれに名前が記されている。彼の字は、眠たそうな顔に似合わず達筆だった。


「ちょっと!俺の借用書は事務所通してよね!!」


 調子が戻ったユキは、借用書をのぞき込みながら風音に文句を言う。言われた彼は、無表情に


「お前、この中で一番成績優秀なんだからしっかりコキ使われて来い」


 と、背中を軽く叩いてくる。その言葉に唖然とする他3人。周囲の空気が一瞬だけ止まった。なぜなら……。


「え?ユキくん、まことより成績上だったの?」


 今回の卒業試験、まことは100点満点中95点の高得点を叩き出している。この数字は、アカデミー始まって以来の得点と騒がれていた。それを知っているゆり恵が、びっくりしたような顔をしながら聞いてくる。


「へ?あ、そ、そうみたい (こうちゃんの話聞いてなくて、合格点数わからず満点叩き出したなんて言えない)」


 もちろん、カッコの中は聞こえていない。


「こいつ、満点で卒業試験を通過しているよ。ちょっとアレだけど、成績は良い。安心して任務遂行してきて」

「すごいね、ユキくん」

「後で、いろいろ教えてよ」


 満点の話を聞き、3人のユキを見る目が変わる。


「それより、この美貌を褒めてよー」


 ユキとしては、その話題にあまり触れてほしくない。なんせ、満点出して今宮にこっぴどく叱られたから。

 なんなら、「時空を遡って試験を受け直してくるまで帰ってくるな」という無茶振りをされる始末。いくら万能な魔法使いであれど、そんなことはできっこない。


「ユキくんって、弱点なさそう」


 あります、頭です。

 今宮がいたら、そう即答するだろう。

 ゆり恵はユキを更に尊敬したらしく、ポーッとした表情で見つめている。


「元々、このチームは成績上位者を集めてるんだよね。期待度も高いから、頑張るように」


 その言葉に、4人は改めて頷く。

 これから、新しい任務が始まるのだ。3人にとっては、初めての。そして、ユキにとっては護衛任務の始まりでもある。


「(大丈夫、みんなは私が守る)」


 ユキは魔警のロビーでざわつきが聞こえる中、そう心に誓った。


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