03:レンジュ大国管理部メンバー、ここに見参!

1:風に流されて


「ハローハロー……違う」


 少年ユキは、道のド真ん中を歩きながら鏡を見て何かをしていた。


「はろはろりん☆……違う。なんかもっと、こう……」


 片手に鏡を持ちながら、まるで魔法少女のように呪文らしい言葉を唱え……。あぁ、ユキも一応魔法少女か。

 魔法少女であるユキは、アカデミーへと向かっていた。ただ、今はちょっと性別をごまかしちょっと容姿をいじり遊んでいる……いや、任務をしているだけであって、彼女はれっきとした少女なのだ。


「ハローンロン♪」


 ……なんだろう、この近づきにくい空間は。

 アカデミーに向かう途中の道でやるものだから、目立つこと目立つこと。偶然隣を歩いていたアカデミー生徒らしき男子は、今にでも魔警に通報しそうな目でユキを見ている。


「よし、これでいこう」


 何を基準に、どう決めたのだろうか。

 満足そうな表情になってポケットに鏡をしまうと、ユキはスキップしながら歩き出した。


「……春は変な奴が多いな」

「……顔は良かったのにな」


 後ろでその様子を見ていた男子たちが、目の前を優雅に闊歩する珍獣を見ながらこそこそと話していた。

 そう、……春は仕方ない。仕方ないのだ……。


「ハローンロン☆」


 いや、ユキに関しては年中か。




 ***




 ユキはアカデミーの演習場入口に立つと、


「ハローンロン☆」


 と、発言する。先ほどは、この練習をしていたらしい。……ホント、何やってんですか。


「きゃ―――――、ユキ様よ!」

「ユキ様――――――!!」

「ちょっと押さないで!」


 その声にどこから湧いてきたのか、集まってきた女の子が押し合いを始めてしまった。そんな様子を物ともせず、


「俺の瞳って、綺麗だよな」


 押し寄せる女の子に向かって、笑顔でそう聞くユキ。

 推測だが、集まってきた女の子たちはユキの言葉ではなく顔しか見てない。少々まぶしすぎるそれは、見ている人たちに十分すぎる魅力を与えている。その証拠に、


「はい、もう宇宙です!」

「ビックバン並みに!」

「むしろあなたが宇宙です!!!」


 と、まあ良くわからない回答が返ってくる。


「ありがとう、君たちの瞳も綺麗だよ」


 それでも、ユキが会話を拾い上げてさらに笑うものだから、先日のように倒れる女の子がちらほら。

 本当、ユキのどこが良いのだろうか。小一時間問い詰めてやりたいが、まあ答えは「顔」なんだろうな。


「はー、俺って罪な奴」


 女の子を介抱しながら、ため息をついている。自分で言ってりゃ世話はない。


「はいはいはいはい、解散―」


 そこに、チームメイトであるゆり恵がやってきた。騒ぎの中心にいるユキの手を掴むと、強制的に集合場所へと引っ張っていく。

 そう。今日は初任務で、メンバーたちで待ち合わせをしているのだ。


「なに、あの女!」

「私のユキ様に触れるなんて!」


 その様子を見た女の子たちが、一斉にゆり恵を睨みだした。それでも笑顔を崩さないユキが、ゆり恵に引かれながら、


「みんな、仲良くしないと。俺のために、さ」


 と、ウィンク炸裂。

 すると、女の子たちはゆり恵を睨まなくなる……。なんて単純で平和な世界なのだろうか。


「ゆ、ユキ様がいうなら」

「ねえ」


 ゆり恵は、その隙にどんどん手を引いて演習場の中へ入っていく。女の子たちは、それを静かに……いや、ユキの姿をスマホにおさめようとレンズを向けつつ見送っていた。


「もう!集合時間なんだから、早く来てよね」


 入口でしゃべっていたのを見ていたのだろう。彼女は、怒ったような口調でユキの手を引き集まっている人たちの間をぬって待ち合わせ場所に進む。

 演習場には、下界になりたての魔法使いだけでなく、もちろん授業中のアカデミー生もいる。


「ごめんごめん。許してね」


 ユキは、そう言いながら手を引かれるまま。その明るく爽やかな言葉に反応し、彼女の顔は真っ赤にする。

 ゆり恵は、見たらどうなるのかわかっているのか決してユキの顔を見ずにどんどん進んでいく。見てしまえば、気絶する勢いで惚れ込んでしまっているということか。


「……きゃっ」


 そして、今まで手を握っていたことに気づかなかったのだろうか。ゆり恵は、早苗とまことの姿が見えてきたところでそれに気づき、素早く手を離した。パッと手が離れると、


「え、もっと握っていていいよ」

「え、あ?……え?」


 ユキが、面白そうに再度手を握るものだから、彼女の頭からプシューっと煙が。どうやら、限界が来たらしい。


「ユキ君、ゆり恵ちゃんをからかっちゃだめだよ」


 集合場所で先に待ってた早苗が、ゆり恵の赤面具合を見て笑ってきた。


「からかってないよ、本音だもん。ね?」


 茹でダコのような顔をしたゆり恵は、ユキの言葉にコクコクと頷く。きっと、意味は分かっていないだろう。

 早苗の隣に居たまことも、つられて笑う。


「おはよう、ユキ」

「おはよう、まこと」


 みんな、遅刻せずに来られたようだ。

 向こうから、担当主界の風音ユウトの姿も見える。やはり、ガスマスク姿はよく目立つためか、4人ともすぐに見つけられた。

 これからこの新メンバーで、下界任務の受け方や実際の任務が始まろうとしている……。




 ***




「こちら、ナンバー3の任務になります」


 アカデミー内にある下界任務の受付には、任務の内容を記した用紙が積まれていた。その用紙の高さと言ったら。

 よく、崩れ落ちないなと見た人誰もが感心するだろう。それだけ、任務が溜まってしまっているということでもある。下界昇格者たちが総出で寝る暇を惜しんで任務をこなしても、数ヶ月は無くなりそうにない。


「No.3の任務はこちらです」

「ありがとう」

「内容を確認しましたら、受け取りのサインをお願いします」


 風音は、受付嬢から用紙を受け取るとペンを持ちサインする。

 それを後ろから見ていたまことたちは、受け取り表を見てその任務の数に驚いた。上の日付が本日のものなのに、既にその用紙は受け取りサインで埋まりそうな勢いである。

 そのまま、受付の人の確認を待たずに


「行くよ」


 と、これまた眠そうな声で彼が促すと、4人は慌ててその跡を追う。……わけがない!


「お姉さん、美しいね」


 ユキは、先ほど受付をしてくれた受付嬢に声をかけていた。

 どこから取り出したのか、その手には薔薇の花が一輪。ご丁寧に、トゲは取り除かれている。


「……おい、天野」


 ですよね。そりゃあ、注意しますよね。初日から本当すみません。


 風音は、そんなユキの行動を見てため息をつきながら呼び止めた。


「その受付嬢は、既婚者だから犯罪になるよ。声かけるなら、その隣の女性にしな。独身で彼氏募集のはず」


 ……風音さーーーーーーーーーん!そういう問題じゃありません!!


「先生、サンキュ♪」


 薔薇の花を渡したユキは、風音の言葉通り隣の女性に話しかけている。その手には、やはり薔薇の花が。……何本持っているのだろう。

 こんな主界で良いのか。

 ユキ以外の3人は、全く同じことを思いながらその異様な光景を眺めていた。さすがのゆり恵も、突っ込む元気がないらしい。なんなら、その様子を見ていた他の下界チームの人たちが哀れみの目をむけている……。


「で、任務の受け方だけど」


 若干1名を無視し、人の邪魔にならないよう端に移動した風音が話し始める。唐突に始まったので、3人は慌ててメモを取る準備をした。

 ペンを忘れたらしいゆり恵がソワソワしていると、先ほど受付で使っていたペンを風音が貸してくれる。


「ありがとうございます」

「オレもよく忘れるから」


 そう言って、彼女の頭をひと撫ですると説明を始めた。その自然な動きにゆり恵の顔が再度赤くなったのは、言うまでもない。


「任務は、ここで受けるのが基本ね。しばらくはチーム番号を言えば用紙を貰えるけど、慣れてきたら好きな任務受けられるって感じ。で、用紙をもらったらさっきみたいに1人だけサインしてね」


 淡々と話すので、聞き漏らしが出てきそうだ。3人は、必死でメモを取っている。


 ユキは?

 いまだに近くで、受付嬢とおしゃべりをしている!

 受付の列がなくなったとはいえ、相手は仕事中。なのに、目をハートにしてユキのことを見ているので報われない。上司に怒られるだろうなと思いきや、その上司らしき人も奥で目をハートにしているものだからさらに地獄絵図である。


「ユキ君、聞かなくて良いの?」


 早苗が、おしゃべりに夢中になってるユキへ話しかけると、


「そうだね。聞かないと」


 と、さもこれから説明が始まるという感じで、チームメンバーの方へと来た。受付嬢が寂しい顔をしているのが3人の場所からはっきりと見える。そこに投げキッスをしているユキは、さすがといったところ。

 これでやっと、メンバーがそろった。


「ユキ君、聞いてないと任務受けられないよ」


 と、ゆり恵が心配するも、


「大丈夫、聞いてたよ。任務受けてサインした後、書いてある文字だけを浮かして用紙を返却するんだよね」


 今まで話を聞いていたかのように、説明をするユキ。その言葉に、ぽかーんとしたのはまことたちだけではない。


「天野、なんで知ってんの?」

「……へ?」

「まだサインまでしか話してない」


 無論、まだ説明途中だった風音までもが驚いている。とはいえ、あまり表情は変わらないが。


 こういうことがあるんだから、ちゃんと人の話は聞かないといけないんですよ、ユキさん?

 ここに今宮がいたら、そう言ってゲンコツを3発は確実に食らわせているに違いない。


「(うそーーーー。まだそこまで言ってなかったのーーー)」


 ユキは、本当に話を聞いていなかったようだ。今までに見たことがないほど慌てて、両手を前に出してブンブンと振って否定のポーズを取る。


「いや、知らない!文字を浮かしてなんて言ってない!そ、そうだ!宇宙人のこうちゃんに言わされたんだ!そういうことにして!!」


 こんな下手な誤魔化し方があるのだろうか。「こうちゃん発言」の時もそうだったが、ユキは突発的な誤魔化しが苦手らしい。


「……サイン後、文字を浮かして用紙だけを受付に返すって流れね。ここに書かれてる文字は、見ただけじゃ読めないように魔法がかけられてる」


 先ほどの説明に納得したかどうかはさておき、風音が説明を続ける。彼が持つ用紙には、暗号化された文字がびっしりと書かれていた。


「読めない文字を、どうやって読むんですか?」


 まことが質問すると、


「見てて」


 彼は魔法で浮かせた用紙に両手をかざす。すると、文字が用紙から綺麗にはがれていった。


「わっ!浮いた!」

「まあ、いつもはもっと簡易にできるんだけど、初回だけは原理も知ってほしいからこうやって取ってるってのも覚えといてね」

「へえ、すごい!」


 その様子を初めて見た3人は、驚きと興奮の表情を向ける。


「この文字は、体の中に吸収されるようにできてんの。そうすれば文字が読めるようになるし、任務遂行まで目的を忘れないでいられる」


 そう言いながら4人の目の前に文字を浮かせたまま、受付横に設置された返却ボックスへ行き用紙を返却する風音。ボックス自体が魔法で管理されているらしく、入れた瞬間紙が溶けるようになくなっていく。

 その間、好奇心旺盛なゆり恵が目の前に浮かんでいる文字に手を触れたが、掴めなかった様子。見るもの全てが新鮮に写るためか、目がキラキラと輝いている。


「んでもって、用紙は受付隣のボックスに返却ね。特殊な用紙なので、持ち出しは不可。……触ってて大丈夫だよ、危険なものじゃないし」


 戻ってきた風音が話し始めると、文字にかざしていた手をゆり恵がサッとしまう。その素早さに笑いながら注釈を入れると、浮かせていた文字に手をかざす。再度赤面したのは、言うまでもない。


「じゃあ、後藤。受け取って」


 風音は、そのまま早苗の身体に文字を吸収させる。一瞬の出来事だった。文字は、メモ帳を持ってきょとんとしていた彼女の身体に消えていく。


「どう?」


 あっけにとられている彼女に、風音が様子を聞く。他の人の注目も浴びてしまった早苗は、あたふたしながらも


「え、あ……データが頭に入ってきています」


 と、しっかりと受け答えする。

 その答えに満足したのだろう。優しく頭を撫でながら笑顔で頷くと、


「よし、じゃあ実際任務をやってみようか。本当は、テレパシーで伝えるんだけど今回は口頭で良いよ。後藤、任務の内容をみんなに教えて」

「はい」


 風音に促された早苗は、深呼吸をしてから他メンバーの方を向いた。まこととゆり恵は、メモ帳とペンを握りしめ真剣な表情で彼女を見る。何も持っていなかったが、ユキも同じ方を向いた。


「今回の任務は……――――」


 早苗はさらに一呼吸おくと、落ち着いた声でこう続ける。



「中央の魔法特殊警察に出向き、捜査チームの補佐を行うこと。―――以上」



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