2:青色の光は


 アカデミーの中央棟に位置する放送室では、人の出入りが激しくあわただしい雰囲気が続いている。


「組織1名死亡、13名負傷、5名無傷捕獲しました。現在、リーダーが屋上へ行ったとの報告が来ています」

「うぬ、了解した。影にそう伝えよう」

「リーダーは、ナイトメアの一員と思われます」

「……そうか」


 生徒たちの避難が終わったことを見届けた皇帝が、放送室に行き情報を確保していた。魔警の報告を真剣や表情になって聞いている。出動している影に、正確な情報を伝えないといけないのだ。

 皇帝は、「ナイトメア」の言葉を聞くと少しだけ表情を曇らせる。


「皇帝、八坂先生のデータを拝見しました」


 魔警と入れ替わるようにして、今宮が放送室に入ってくる。その手には、数枚の書類が握られていた。


「どうじゃったかな」


 今宮は、小声で皇帝に話しかけた。


「やはり、隣国出身です。麻薬組織の情報が魔警に入って1か月後にこちらへ来ています。ナイトメアのメンバーと思って間違いなさそうです。麻取とも裏が取れました」

「うぬ。黒と見たほうがよさそうじゃな」

「ええ。ただ、末端の人物なのでどこまで情報を聞き出せるか……」

「そこは、流れに任せるしかないのう」


 「ナイトメア」とは、黒世を引き起こした組織として悪名高い。規模は定かではないにしろ、小さな国なら1つは確実に滅ぼす力を隠していると言われていた。しかし、組織について何ひとつ得られないためこうやって少しの情報でも欲しいのだ。

 皇帝は、目の前にあった椅子に腰を下ろし、


「今、八坂先生はどちらに?」


 と、放送を担当していた1人の教師に問う。質問された教師は、マイクの電源をオフにし、


「本日はお休みと伺っています。何かお伝えすることがありましたら、おっしゃってください」


 と、皇帝の顔を見て真剣な表情で答えた。

 アカデミーの緊急事態に戸惑いを隠せないのだろう。その教師の手は小刻みに震えている。


「何、大丈夫じゃ。影が来ておる。アカデミー生、職員を含め、命の危険はなかろう」


 それに気づいた皇帝は、震えている教師に向かって微笑む。教師は、それで気が軽くなったようで、


「すみません……。八坂先生はお休みですが、先ほど下界チームの発表がされていた部屋付近で目撃されています」


 と、続けた。教師の発言に皇帝と今宮は、すばやく視線を交わす。それだけで言いたいことが分かったのか、今宮はそのまま無言で放送室を後にした。


「感謝じゃ。おぬしはこのまま、情報を館内に流していてくれ。わしは魔道館へ向かう」


 怯えている教師に礼を言うと、皇帝も放送室を出る。

 相変わらず、放送室では人の出入りが激しい。皇帝が居なくなると、引き続き放送で情報を流す教師。だいぶ気分が軽くなったのだろう。もう、手は震えていなかった。




 ***




 まことたちを講堂に届けたユキは、そのまま屋上に向かっていた。講堂から、人影を確認したからだ。屋上に着くと、数人の麻薬組織らしき人とここの教師らしい人が居た。麻薬組織のやつらは、壁際へと追いやられている。

 風で、柵が大きく揺れる。麻薬組織の人たちが少しでも動くと、真下へ落ちてしまいそうだ。ここは、屋上。そのまま落ちたら、命はない。

 スーツに身を包んだ教師らしい人は、ユキに背を向けているため、誰なのか確認ができなかった。


「…… (まだ魔警も来てない)」


 ユキは、ゆっくりと人の居る方へ向かった。辺りを見渡すが、魔警も麻取も影すらもいない。どうやら、ユキが一番乗りだったようだ。


「影ですか?よかった」


 ふいに、教師が振り向く。その顔を確認したユキは、固まった。


「(八坂先生……!)」


 その教師は、八坂本人だった。強めの風に髪をなびかせ、背筋を伸ばして立っている。


「アカデミー内に数名いたので、ここまで誘導しました。後はお任せします」


 そういうと、彼は一歩後ろに下がりユキに道を作ってくれた。


「(どういうことだ?なぜここに?)」


 八坂は、信用してはいけない。前回の取引を見ていたのでそう思うも、彼の表情に偽りはないようだ。少し怯えてはいるものの、自身の役割をしっかりと把握して行動している使命感らしいものがユキの瞳にうつる。


「(仲間を売るのか?)」


 こんなことがあるのだろうか。人違いだったら取り返しがつかないため、ユキは安易に動けなかった。


「(どうする……)」


 虚ろな目をした組織の人たち。抵抗するようには見えない。

 ユキは、思いついたように魔法で縄を作り組織の人たちを縛ろうと近づいた。しかし、


「…………(おや)」


 近づくと、組織の人たちの魔力が薄いことに気づく。大人で、これだけ薄いのはおかしい……。


「いたぞ!」


 そこに、魔警が数人走ってきた。魔警は、八坂に敬礼すると組織の人に……ユキに近づいてくる。

 気絶させるべく、魔法を唱える魔警。補助魔法であるオレンジ色の光が、組織の人たちを狙った。


「ぐっ……」


 しかしユキは、それをフィールドで跳ね返す。魔警が発する魔法は、増幅魔法によって通常人の倍も威力がある。それを、歯を食いしばってはじき返した。

 その行動に、唖然とする魔警。


「おい、邪魔するな!」


 すぐに、怒鳴り声が屋上に響いた。

 ユキは、それに動じずフィールドを解除させると、無言で組織の人たちに手をかざす。淡い青色の光が捕われた組織の人たちを包み込むのを、不思議そうな目で魔警は覗いていた。そして、


「……なんだって!?」


 光が消えると、そこにいたのはアカデミー生。全員意識のない状態で、床に倒れていた。

 数人は、見てわかるほどの怪我を負っている。あの、魔力不足で不合格となった女の子もいた。

 魔警は、アカデミー生に近づき生存確認を行う。その後ろからは、遅れて麻取の職員も数人。胸に、麻取の紋章を光らせている。


「全員無事だ!病院へ搬送しろ!」

「待って、解毒を先に」

「お願いします!」


 それからすぐ、屋上は救急隊員や魔警、麻取でいっぱいになった。担架が担ぎ込まれ、解毒の済んだアカデミー生が乗せられていく。

 察するに、八坂がアカデミー生に身体変化をかけたのだろう。きっと、まことたちもあのままにしていたらこうなっていたに違いない。

 その光景を見ながら、ユキは、八坂がいなくなっていることに気づく。


「(逃げたのか?)」


 辺りを素早く見渡すが、それらしき人物はいない。


「ユキさん」


 すると、後ろから声がする。振り向くと、スーツ姿の今宮が立っていた。


「八坂先生、いなくなった。探した方が良いかも」


 彼は、この影がユキだとわかっている。ユキは、屋上に来た時の様子を小声で聞かせると、


「ここにいたんですね、皇帝に伝えておきます。引き続き八坂を追ってください。彼は、ナイトメアのメンバーです」

「……やっぱり。……今宮さん。皇帝に、空間移動で黒世飛んでって言っておいて」


 と、今宮に向かって別のお願いをした。何か、考えがあるらしい。


「……わかりました。搬送が終わり次第、合流します」


 それぞれの国には、皇帝しか使えない魔法がある。それは、「空間系魔法」。レンジュの皇帝には、「空間移動」で未来と過去を見ることができる魔法が代々受け継がれている。

 が、それを知っているのはユキたち側近のみ。周囲に知られると、悪用されてしまうためだ。

 ユキの真剣な言い方に、理由は必要ないと判断した今宮がその言葉に頷く。それを見たマントに身を包んだユキは、屋上を素早く出ていった。


「アカデミー生を優先して病院へ運んでください」


 後ろから、今宮の声がした。

 ユキを追い抜いて、担架がいくつか通る。担架に乗せられた生徒のほとんどが、真っ青な顔をしていた。きっと、あのアカデミー生たちは麻薬を飲まされている。中毒にならないと良いが……。

 ユキは、この事件を計画した彼に激しい怒りを覚えた。


「(あんなやつが、教師でいて良いはずがない)」


 状況を見る限り、あの屋上にいたアカデミー生を操ったのは間違いなく八坂だ。それも、麻薬を麻薬と言わずに無理やり飲ませて。

 拳を強く握ると、彼の気配を追って走り出した。


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